裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

金曜日

死後カバキにあう

 死んでからもあんなレイプ犯と。一昨日からエアコンは止めているのだが、今朝はそれでも肌寒さを感じる。蕭々たる霖雨。辞書で長雨を引くと、“淫雨”という語のあることがわかるが、もう少し暑くないと淫の字は使いずらい。今日からコミケだが雨のコミケとなるか。数年前の夏コミで台風の直撃を受け、開場前に並んでいた人たちなのだろう、グショグショに濡れた札で支払っていく人が連続したことがあった。“アメ買いに来た幽霊みたいだ”と志水さんなんかと話して笑ったものである。

 しかし、雨はいいが気圧で体も頭もピクとも動かない。最近ますますひどくなったような気がする。ニューヨーク市全域で大停電のニュース、母はどうなっているかと心配になるが、電話かける気力もないのである。まあ、死傷者が出たとかいう報道も ないし、と、そのままにする。

 寝転がって、土屋春堂『善悪応報 因果物語集』(大正15年・神宮館)を読む。三夜続けて怪談ばなしを聞いたから、というわけではないが、書庫にこんなのがあったのを見つけてちょいと読み始めてみた。グロなエピソードがいっぱい出てきて面白い。子供のいない金満家の老夫婦に巧みにとりいった近所の若夫婦が養子縁組をして財産が自分たちのものになると決まった途端に態度をコロリとかえ、爺さんが頓死した後婆さんにつらくあたり続け、とうとう婆さんは細引で首をくくって死んでしまった。その後夫婦は贅沢三昧に暮らしていたがやがて身重になり、難産の末に産み落とした子供を見ると
「その子は世にも珍しい奇形児で、一つの躰に頭が二つもついて居た。両親は驚いてその顔を見ると、一つの頭は死んだ爺さんの面貌に似ており、他の一つの頭はお婆さんの面貌に似て居るのみかその頸には明かに深く細引の痕が喰い入つて残つてゐるので、これを見ると産婦は餘りのことに驚き、アッと叫んだまゝ床の上に引繰り返り、ウンと手足を伸ばしたまゝ人事不省になったが、これと共に産婦は全身が燃えるやうな大熱で、約一週間悩み通した揚句、世にも恐しい死態をして死んでしまつた」
 なんて話がゾロゾロ。悪人が一時栄えると
「近所の人達は、今、目前に天理に反した、この奇怪きはまる現象(ありさま)を見て、眉を顰め悪因悪果といふ人間自然の理法に向つて窃かに懐疑(うたがひ)の念を抱き」
 とか
「恐しい罪を犯した主人夫婦の者も其の後何の悪い報(むくひ)を享(う)けなひのを見て、土地の男女は皆窃かに善因善果悪因悪果といふことは、あれは法を説く方便であらうと、今は(犯人夫婦を)羨む者すら出来て来た」
 などという決まり文句が語られ、その後に
「何時までかゝる不正漢を天が許しておく筈はなく、恐る可き自然率、即ちこの世に於ける峻厳な因果応報の理法の制裁が彼の頭上に向つて一大鉄槌を加へらるゝやうになつた」
「こんな人の道に背いた振舞をして、人の身の行く末が無事平穏に済だものならば、吾等人間にどんな無情な振舞をして世の中を渡つてもよいのであるが、天網恢々疎にして洩さずの金言の通り、かやうな極悪非道な人非人に、早晩(おそかれはやかれ)何時かは、自然の法則に罰せられるゝことがあるものである」
 などとくる。当時だって善因善果、悪因悪果なんてウソッパチであることはみんな知っていたであろうが、それでも(それだから)人はなお、こういう因果を語り、信じ込むことによって世の中の規律を守ろうとしてきたのだろう。ウソを許容できない のが現代人の限界である。

 昼は青山に出て、志味津でショウガ焼き定食。外人のカップルがトンカツを食べながらなにやら大議論していた。紀ノ国屋で今夜の買い物。帰宅して、なんとか調子も出てきたので母にメールし、さらに講談社Web現代の原稿書きにかかる。ネタはよし、面白くはなるが体調、書いているうちにどんどんゲージが下がってくる感じ。途中で放棄して、新宿へ出てサウナとマッサージ。サウナと水風呂は独占で気持よし。マッサージ、例によって拷問かと思われるほど揉まれるが、それが気持ちよくて、ウトウトしてしまう。休息室でCNNのニュース、ニューヨークの停電のこと。スタジオのキャスターも現場のレポーターも、何かニコニコとした笑顔で伝えているのは、これだけの大トラブルにもかかわらず、犯罪の多発も暴動の発生もなく、現政権下でのアメリカ人のモラルの高さが示された(77年の大停電の際には多くの犯罪事件が勃発した)ことによるものか、さもなければ敢えてニコニコと報道することで、国民に不安を与えまいという計算か。この事故で最も儲けた男というホットドッグ売りの男は、“こんな事故は屁でもないさ、なにしろ俺たちゃ、あのテロを経験しているん だからね!”と言っていた。

 帰宅、メールのみチェック。夕飯の支度をする。つくね鍋、鮎ご飯、それと水茄子とジャコのサラダ。鮎は小さくて柔らかいので、それほど丁寧に骨抜きすることもないだろうと思い、水茄子も新鮮なので、あまりアク抜きして風味を損ねることもないだろうと思ったのだが、K子が、骨が多い、アクがある、と文句をつける。どんどん舌がゼイタクになっていくなあ、この女は。ビデオでジョン・バリモア(ドリュー・バリモアの祖父さん)の『悪魔スヴェンガリ』。バリモアのオーバーアクトの楽しさを堪能。ヒロインのマリアン・マーシュが無茶苦茶に可愛い。服装センスとかは、現代でも充分にポップであろう。小悪魔的なところが、ちょいと宇多まろんに似ている と思った。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa