20日
水曜日
ビートルズがぼったくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!
もう、オールド・ファンをねらって最近高額商品出しまくり。朝7時15分起床。朝食はトウモロコシと枝豆。梨(二十世紀)、三越で買った500円のものと、伊勢丹で買った600円のものを半分づつ、食べくらべて見る。甘さは互角だが、伊勢丹のものは食感がソフト。この上品さが100円分、ですか。
ネットニュース巡回。こないだジャック・ドレーが死んだが、そのドレーの映画にしょっちゅう出ていたジャン・ポール・ベルモンドはどうしたろう、確か数年前に脳溢血で倒れて半身不随の身の筈だったが、まだ余命を保っているのだろうかと検索してみたら、余命を保つどころか、リハビリ中の身ながら、しかも70才ながら、ちゃんと若いカミさんとやることをやって、子供まで作っているのであった。やはりフランス人てのは助平だなあ、と感心。しかし、このサイトで心霊写真のようにベルモンドの後ろに写っている人の目が怖い。
http://www.asahi.com/culture/update/0818/003.html
朝10時、アスペクトからサイン用の本がどさっと80冊、届く。10時の時間指定便だったが、1分くらいしか違わないのが凄い。荷物もうひとつ、フジテレビから『トリビアの泉』のビデオ。前回放送分のものが送られてきていない、と電話したら速攻のバイク便で送ってきた。さすがフジ、金を惜しまないことである。昼はパックのご飯を温め、冷蔵庫の中のクズ野菜を炒めたものと塩ウニで飯。それにモヤシの味噌汁。塩ウニも、もうビンの中で固まってしまったようなものだったが、さすがにウ ニでうまい。
食い終わって、シコシコとサインを開始する。2時、アスペクトK田さん来。残り20冊を持ってくる。雑談しながら、せっせとサインをする。『愛のトンデモ本』が18日のBK1でベスト10に入ってましたねえ、というような話。この『裏モノ日記』も書店などの注文状況がかなりいいとのこと。サインする手にも力が入る。1時間半ほどで100冊にサインし終える。書いた文句は日記サイト冒頭にも記してある“今日も元気がデンパが強い”だが、一冊だけ、“今日も元気だデンパと一緒”という文句になっているやつがある。それが当たった方は私あてメールを下さい。記念品 を差し上げます。
80冊を段ボール箱につめ、20冊を紙袋に下げ、社にK田さん帰る。コミケで使用したキャリーに箱をくくりつけて階下まで運び、タクシーを拾うのに路上まで出るが、箱が大きいのでしょっちゅうひっくり返り、紙袋はすぐ、持ち手のところがちぎれてしまい、さんざんである。なんとか空車を捕まえて、送り出した。たかが100冊でこの騒ぎである。コミケのベテラン参加者の、本運びの手慣れぶりは凄まじいも のがある。
資料本など読んで、いろいろと連絡。〆切破りのあやまりメール、打ち合わせの連絡電話などなど。西原理恵子から次の原稿のネームFAX。私が登場するからであるが、あのサイバラの作品であっても、私の顔というのは“あの”唐沢俊一の顔になってしまう。記号化もここまでくればチャップリンやグルーチョ・マルクスなみか。朝 電話したフジのディレクターからまた電話、ネタデータの件。
6時、紀ノ国屋東急店で買い物、帰宅したらロフト斉藤さんからの電話。9月のロリコンイベント2のタイトルをどうしましょうという件。『ロリコンナイト・リローデッド』とかといいかげんにつける。8時、食事の用意。今日の献立:カタクチイワシの酢漬け、マトンと野菜の蒸しもの、里芋と蓮根の煮物。ご飯は炊かず。テレビで 『トリビアの泉』。オンエアで見るのはこれが初めてだったかも。
自分がスーパーバイザーやっている番組に関しては言いづらい(仕事の秘匿義務上言えない)ことも多々なのだが、見るたびに“しかし、ウスい番組だなあ”と、感心する。勘違いしないで欲しいが、“憤慨”ではない。感心、である。なるほど、テレビというのはこう作らなければいかんのか、と毎度思う。私には絶対に出来ない。これを作れと言われても無理である。テレビの世界に行かなくてよかった、と、胸をな で下ろしているのである。
この番組が高視聴率をキープし続けている理由というのは、一にかかって、視聴者のレベルを知りつくした、その内容の希釈の度合いにある。先日、コミケで同人誌を買いに来たオタク体型の客が、“あの番組、ウスくないですか”と話しかけてきたとき、K子が間髪を入れず、“ウスいからウケてるのッ!”と切って捨てた。今日の番組でも、“トリビアの種”コーナーなど、あのネタでここまで引っ張れるかと、そっ ちの方が、私にとっては“へぇ”であった。
ミスター高橋の『マッチメイカー』という本(ゼニスプロダクション)の中に
「プロレスの成功というのは興業の成功でしかない。例え猪木さんが世界一強いとしても、そんな称号は何の役にも立たない」
というシビア極まる一文がある。そのデンで言うなら“テレビの成功というのは視聴率の成功でしかない。例え世界一内容の充実した番組を作ったとしても、そんな称号は何の役にも立たない”ということになる。そこに徹せられない制作者はいくら通ぶったことをしようと所詮、素人にすぎない。『マッチメイカー』で、その文章の前に、ある知り合いのプロレスライター(たぶんマニアが高じてライターになった人物なのだろう)が猪木にインタビューして、今まで対戦した中で、もっとも印象に残っているレスラーの名を訊いたとき、その答がタイガー・ジェット・シンだったのに、 ちと納得がいかない、という風に著者に語る場面がある。
「だってプロレスファンとしては、もっと玄人好みするレスラーの名前を聞きたかったじゃないですか。タイガー・ジェット・シンなんて色物じゃないですか!」
著者は笑いながら、“だがあいつが新日本プロレスに来日した外人の中でいちばん稼がせてくれたんだよ”と答えるのである。これはどの世界であっても、大衆を相手にする産業におけるプロたちの声として最も正直なのは、“マニアはいらない。ファ ンが欲しい”なのではないだろうか。
私は我人共に認めるマニア人種だし、オタクである。そのことにいささかのアイデンティティも賭けている。この番組だって、こう言っては口幅ったいが、私の著作がなければ企画されなかった番組(このことは制作スタッフもちゃんと明言してくれている)である。しかし、私の一行知識の本が数万部にとどまり、この番組の公式本が70万部を軽く突破していることも事実だ。そこらへん(マニアでこれからもあり続けるためにも)自分の限界として、きちんと押さえておかないといけないな、と自戒する。夜郎自大になったマニアほど醜いものはない。……ところで、ビデオでチェックしていると、いつでもネタだけを確認してスイッチを切ってしまうので気がつかなかったが、エンディングロールで私の名前というのは、かなり前の方の、いい位地で出してもらっているのであった。もっと、うっかりしていると他の音響とか照明さんに混じって見過ごしてしまうような最後の方に出るだけかと思っていた。