22日
金曜日
アル・パチーノ城下町
好きだとも言えずに歩く川のほとり(クルージング)。ひさしぶりに夜、暑苦しく冷房を入れるが、冷えすぎて覿面に冬の札幌の夢を見た。6時に目が覚めて、7時過ぎ起床するまで、エレン・ラペル・シェル『太りゆく人類〜肥満遺伝子と過食社会』(早川書房)読み続け、読了。先日『デブの帝国』を読んで、このセンのものをもっと読んでみようと思ったのだが、こっちの方は『デブの帝国』にくらべるとインパクト不足。前半では肥満遺伝子理論が提唱され認められていくまでのことを、肥満研究家列伝という感じで描き、後半ではファーストフードのマーケティング戦略について述べるという構成だが、そのつながりが明確でなく、本の論旨のベクトルが乱れる。
前半ではこれまでの常識と異なり、デブになる人の多くは母親の胎内ですでに肥満の運命が決定づけられているという驚愕の事実を示し、過食を意志の弱さとして過剰に攻撃することも、ダイエットを過剰に信奉することも共に間違いだ、ということが語られるのだが、後半三分の一になると、急にファーストフード業界糾弾の筆致となり、子供たち(ばかりでなく食欲を抑制できないオトナたちも)が太るのは彼らの利益優先の企業戦略にある、とその事実を暴いていく。科学雑誌などになじんでいる読者は前半の個性的な科学者たちの群像描写に興味を持つかもしれないが、いま現在の私としては後半にやはり、企業小説プラスユニークな世界破滅もののポリティカル・フィクションの知的興奮を感じて、全編をこれで通せばよかったのに、と思ったこと である。
朝食、トウモロコシと豆モヤシのサラダ。熊谷の拉致殺傷事件で逮捕された尾形容疑者、似顔絵が逮捕の決め手になったとのことだが、似顔絵より実物の方がディフォルメのきいたマンガ顔なのが凄い。ネット巡回。植木不等式氏がbk1の書評コラムで私の『壁際の名言』を取り上げてくれているのを発見。これで今日一日、うれしい気分で過ごせる。取り上げてくれている言葉の選択も植木氏らしいが、この本の感想を伝えてくれた人が一番多く言及するのは、やはりグルーチョ・マルクスの“私を見なさい。無一文から身を起こして、独力で今の極端な貧乏にまでなった男だ”であるようだ。冒頭にこれを持ってきたのは正解か。ちなみにこの台詞はマルクス兄弟初期 の映画『いんちき商売(Monkey Business)』からのもの。
「look at me,I’ve worked myself up fromnothing to a state of extreme poverty」
が原文で、私がこの台詞を気に入って(どこで見つけたんだったか)訳したのは高校生のときだった。この訳もそのときのものそのまま、である。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_top.cgi/3ea0e5de1caaf0106cc7?aid=
(↑わかりづらいがここの『セレクトショップ』から『コラム一覧』へ)
昼は外出してセンター街の江戸一で回転寿司。それからユーロ・スペース方面まで歩くが、汗がボタボタと垂れてくる暑さ。駅前の交差点で、いかにもジゴロ、という感じのラテン系がたっぷり入った兄ちゃんが、これまたいかにも夏休みで田舎から出てきました、という感じの、せいいっぱいオシャレな格好している(しかし田舎くさい大型バッグで全部台無し)お姉ちゃんに、クソ暑い中体をひしと寄せて、ディープキスはするわ乳はもむわと、凄まじいエロ行為を堂々と行っていた。お姉ちゃんの方はもう、ああ、ワタシもやっとシブヤを体験することが出来たノネ、という感じで、頭の中が真っ白けの、笑い泣きみたいな表情になっている。ここからラブホ街にでも連れていかれて、さんざもてあそばれた末に有り金巻き上げられて、それでも夢見心地でポーッとしたまま、最終電車で田舎に帰っていくのであろう。
ユーロスペース近辺を少しブラつく。ここの通りというか坂道の飲屋街を、今度取材しようと思っているので、そのロケ・ハン。だいたい頭に入れて、六本木までタクシーで出て、雑用、買い物。ABCでひさしぶりに本を大量に買い込む。帰りの車中で週刊文春8月28日号を読んだが、巻末で“夏休み自由研究企画”と称して、『水は答えを知っている』の江本勝氏の水結晶写真を二見開きにわたって特集している。一方で『新聞不信』のコラムでは八月六日の広島市長の露骨な反米発言を新聞は批判精神ゼロで報道している、などと苦言を呈している(これには私も賛同するが)一方で、水の結晶にモーツァルトを聴かせるときれいな結晶が出来る、というような説を 批判精神ゼロで載っけるのはいかがなものか?
家に帰って体力使い果たし、しばらく寝転がって休む。光文社文庫から昨日の件で打ち合わせ日取りと装丁の件でメール。装丁は井上デザインに、というこちらの推薦にOKが出たので、井上くんに電話して依頼。あと、K子からWeb現代用の写真が メールされてきたが、これが重い々々。
6時半、家を出て新大久保。駅前でサンマーク出版T氏と待ち合わせ。さっき“いかがなものか”と思った『水は答えを〜』の出版社と、今度は自分の本の件で打ち合わせ、というのも皮肉なものであるが、そこらへんは大人の事情、というもの。この出版社はトンデモ本も出す一方で、SFマガジンでも有名な橋本淳一郎先生の量子力学や相対性理論の解説本といった、科学系の良書も出しているのである。
K子と三人で、新大久保『ハンニバル』。いつものように“ハーイ!”と出迎えてくれたモンデール、髪の毛を刈って何かスッキリした。金曜日で客がカウンターにまでゴッタ返していて、ややサービスが遅れがちだったが、それを利用して出版の打ち合わせ、しばし。とにかくこういうものは早く刊行したいということには異存なし。あと、これは装丁で決まる本だな、と思うので、やはりこういうことに慣れている井上デザインにお願いしましょう、とまとまる。井上デザインには一日のうちに二件も お仕事を頼むことになる。
料理はいつものメシュイという、焼き野菜のペーストサラダ、それからチュニジアぎょうざのブリック、カレー風味の魚のスープ、それからK子が予約しておいたホロホロ鳥のロースト。チキンよりあっさり、七面鳥よりコクのあるいい味わい。ワインは新入荷のシロッコというやつ(ちょっと濃厚)と、ランペリアル・マグナス(ややあっさりのさわやか風味)というやつ。例によってヨタ話いろいろとばして、T氏、聞きながら何度も“へぇ〜!”とトリビアの泉状態になる。クスクス食べて、デザートは胡麻のムースとティバリン(ナツメヤシのリキュール)。お代をT氏が支払ってくれたが、ホロホロ鳥が特別注文のせいか、ちといつもより高くついていた。申し訳なし。モンデールに“スバル(生まれた赤ん坊)によろしくね!”と言葉をかけて帰 宅。