裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

金曜日

鞍馬から牛若丸がいでまして、その名をハルク・ホーガン

 うむ、アックス・ボンバーにしておけ。朝、7時45分起床。朝から暑くてベッドでねっとりとした汗をかく。ベッドで『犯罪と猟奇の民俗学』読む。どの項目も相当に面白いが、やはり圧巻は明治四三年に起きた有名な殺人事件『お艶殺し』の顛末を語った道行文であろう。
夢か現(うつつ)か恐ろしや  世に殺人の大罪を
帝都に長くうたはれし お艶殺しの犯人は
その名を渡邊乙松と 世の人々に知れ渡る
(中略)
覚悟はよいかこれお艶 互に寄添ひ抱(いだ)きつき
抱きしめてぞ顔と顔 打見守れば眼を閉ぢて
観念面に現はせり これが此の世の見納めと
熱き涙をはら々々と 落つるを拂ひ短刀を
抜けば玉散る氷の刃 雪を欺く艶の肌
刺さんとしても手が鈍り 斯くてはならじ後るゝと
頸部めがけて突通す 一聲洩らす時鳥(ほととぎす)
(後略)
 これを綴ったのが、当の殺人者である渡邊乙松自身というのが凄い。

 当今の殺人者の代表と言えば宅間守であろうが、その宅間に昨日、死刑判決が下ったとの読売の記事。もう2年2ヶ月も前の事件だったのか、と改めて月日の経つのの早いことに驚く。いまだに毎月、村崎百郎と私は宅間守の名を対談で出している。変なはなしだが私たちのような商売のものは彼に“お世話になっている”のである。世の因果というものである。新聞にまた、カメラのドイ破綻の記事。渋谷から撤退した後が今のナカヌキヤになっている。最近では採算のとれないカメラ部門からは撤退していたとか。それではカメラのドイではないではないか。

 K子は仕事場の拡張にともない、寝具をアシスタントに家から運ばせている。誰か地方からでも出てきたときの宿泊用である。私はクルー原稿の資料読み。ここらへんにあるんじゃないか、と思ったネタがちゃんとその資料中にあるという快感。1時にどどいつ文庫伊藤氏来る予定なので、先に飯を食う。パックご飯を温め、キンキ干物半尾と厚揚げを焼いて。それと大根とワカメの味噌汁。日本人の昼食という感じ。

 1時キッカリに伊藤氏。アメリカの“お砂遊びのバケツ”コレクション、香港の昔の薬のラベル集など、郷愁を誘われる(アメリカや香港の昔を知らなくても、日本と共通の時代の雰囲気というのは感じられる)写真集の他、南京大虐殺肯定派の人でも“こりゃトンデモだろ”と呆れるような内容の日本軍残虐記録集などなど、今回もま たユニークなもの盛りだくさん。

 原稿にかかり、3時までに『クルー』原稿アゲ。題材の奇抜さとそのまとめ方、こう言ってはなんだが会心の出来の原稿。自分で読んでクスクス笑ってしまった。とはいえ、時間が押してきている。あわただしく雑用を片付ける。某知人から、昨日の岡田さんとM氏の件、ちょっと事実の誤認、というのではないが情報の偏りがある旨を知らされる。なるほど、と思い、こっちの思い込み部分を一部修正。ま、いずれ岡田さんのことだから主観もかなり入った言ではあったろう。もっとも、事件そのものへの基本的認識はあまり変わらない。なんでそんなに怒るかなあ。私なんか、もっとひどいことをいまだにあちこちで言われているが、少なくともそれで仕事が激減したとかいうことはまったくない。

 渋谷区役所内の銀行で振り込み一件、そこからタクシー跳ばして四谷曙町。井上デザイン事務所で井上くん、サンマークT氏と打ち合わせ。コンビニ置きの本を作るのは初めてなので、いろいろと新鮮な話、多し。案外大手と結んでいるみたいなので、部数などの点、T氏にハッパかける。さくら出版の雑誌がいくつもデスク上に置いてある。とりはぐれたデザイン代の算出をしているとか。打ち合わせ中にベギラマから 電話、明日のうわの空ライブの件など。

 打ち合わせ後、都営新宿線で新宿に出て、T氏と別れ、ちょっと三省堂書店に立ち寄る。『裏モノ日記』をここでは『トリビアの泉』と並べて平積み。わかっているねえ、という感じ。それから山手線で渋谷まで。東急大古本市、本日初日なのを回る。B級本コレクターでよかったと思うのは、夜討ち朝がけで列に並んで開店開場と共に猛ダッシュ、という争奪戦から解放されていること。あれだけはどうにも精神的に苦手なのだ。私は古書の浮世離れぶりを愛しているのである。カスミ書房さんに挨拶。ぶらりと場内を回り、ちょっとB級雑誌系でいいのを発見。仕事にからむかも知れないので、詳細は書かない。

 K子と待ち合わせ、東横線で武蔵小杉まで、そこから各駅停車に乗り換えて元住吉まで。今日はK子のフィン語仲間のみなみさんが、行きつけのおいしい店を紹介してくれるというのである。改札でみなみさんと待ち合わせ、歩いてその店へ。しかし、これが遠い。歩きながら、うまいものを食うのも苦労が多いなあ、と我ながら苦笑。たどりついたのは、居酒屋ふうの小体な『おれんち』という店。奥の小あがりに今まで大勢さんがいて、片付けるまでしばらくカウンターで待つが、メニュー中に“ぎんぽの天麩羅”というのがあるのにK子が目を丸くする。その他、さるえび、ヤガラなど、あまり他の店では食べられない食材、冷や汁やオクラの炭火焼きなど、あまり他の店ではみない料理、ベルギーのヒューガルデンビールの生、イギリスのスタウトな ど、失礼ながらこんな田舎の居酒屋とは思えない品揃え。

 ベートーベン『第九』の練習から帰ったというモモさんも来て、乾杯。オクラ炭火焼きが美味、それからお造り盛り合わせが黒ムツ、ソイ、ヤガラ、甘エビ、イワシ、カツオの湯引きと炭火炙りなどの盛り合わせでいずれも秋口で脂がのって、うまいことうまいこと。さらにK子が意気込んでたのんだぎんぽの天麩羅と揚げ出しも、専門の天麩羅屋のものに比べれば揚げ方などは粗野だが、ぷりぷりもちもちした風味は抜群。モモさんお勧めの白レバー刺し、特製燻製卵、アジ炭火焼きと、コレハとばかりに味わった。私のイチオシはご飯がわりの冷や汁、アジの身をすり下ろしたものと各種野菜にダシをきかせて、これまであちこちで食べた冷や汁中の傑作と言える。酒は最初にみなみさんご推薦のヒューガルデン、それから私の好みのスタウトにしてみたが、このスタウトがまた絶品、サミュエルスミスだったか何だったか確認し忘れたが(ギネスではなかったと思う)、ドライスタウトで口あたりがよく、まさに飲んですぐ血になる、という感じ。K子食べながら大満足、やはりさんなみもそうだったが、うまいものを食うというのは、ある程度の距離をエンヤコラと越えて来るというとこ ろでありがたみが増すものらしい。

 すっかり腹もくちく、アルコールも回り、酔い覚ましにと武蔵小杉まで歩く。雑談しながら行くとアッという間につく。途中、商店街の駐車場で、松葉杖のおじさんがひッくり返って大イビキをかいていた。ちと心配になったので、みなみさんが救急車を呼ぶ。助け起こされたおじさん、“ウン? 大丈夫、モウ大丈夫”と言いながら、“ココ、ドコ? 小杉? ……エエッ、小杉?”などと驚いていた。かなり酔ったのであろう。さっきも『おれんち』で、酔ったおじさんが起きあがれなくなり、救急車 を呼ばれていた。金曜の夜、武蔵小杉の救急隊員大いそがし。

 みなみさん、モモさんをK子がからかって別れ、各駅の東横線で中目黒まで。そこからタクシー拾って帰宅。車中、みなみさんが今度の会社(在名古屋)に合格して入社したら、名古屋オフでもやるか、と話す。大須で獅篭の落語聞いたあと、鳥久行って、と。さすがに帰宅は12時半。酔っていると難なくついたように思うが、やはり遠いトコロなんだな、と思う。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa