裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

火曜日

代官所、代官所で半年暮らす

 年貢延納の嘆願に代官所へ通いつめて、もう六ヶ月めじゃ。朝、7時15分起床。なかなかゆうべは寝付けず、何度も寝返りをうったりして苦しい一夜だった。朝食、豆。果物はイチゴ。窓から見る朝の通勤者たちの三分の一が大きなマスク姿である。私の今年の花粉症の症状の軽いこと、ウソみたいだ。何が理由か。別に健康にいいこ とと言っても何もやっていないのだが。

 午前中はずっと、『クルー』原稿。資料本を探して読んでいたのだが、面白くて読みふけってしまう。倍の枚数を書いて、半分に縮める。書き上げてメール、少し横になったらグーと寝てしまう。ゆうべ、あまり熟睡できなかったのは、酒をそれほど飲まずに、喫茶店でエスプレッソなどを飲んだせいかもしれない。

 2時ころ、外出。江戸一で回転寿司。エンガワ、サーモン、鉄火巻にシャコ。寒風強し。寒い々々。西武地下で食品買い込み。帰宅して牛乳一本。ゆまに書房の原稿、書き足しをはじめる。削って落とした、少女小説の消滅あたりのことも書き込めて、私は基本的に原稿は削れば削るほどよくなる、という主張をしているものだが、今回は内容に遺漏なきを期すことが出来、枚数が増えてよかったと思う。『週刊現代』ライターM氏から電話、例の熟女ヌード写真批評のインタビュー、企画が立ち消えたとのこと。ここ、連続二回、これで立ち消え。しかし不思議なのは、最初の立ち消えのとき、時間差でゆまに書房から、いま書いている原稿の依頼の手紙が届いたのであった。で、その原稿の執筆中にまた、同じところから企画立ち消えの電話が。西手新九郎凝りすぎ。

 読売夕刊にホルスト・ブッフホルツ死去の報。69歳。『荒野の七人』がこのところ、コバーン、デクスターと次々逝く。演技力ある青春スターとして、一時はあのビリー・ワイルダーの映画(『ワン・ツー・スリー!』)にも出演したが、ドイツ出身らしく華やかさに欠けたせいか、中年以降どうもパッとせず、アーウィン・アレンの駄ッ作SFTVムービー『アトランチスの謎』(けっこう好きだったりするんだが。悪役はバージェス・メレディスだし、ホセ・ファーラーとメル・ファーラーのチャンバラ対決、なんて珍なものも見られるし)ではアトランチスの王子という情けないマンガチックな役で登場。『アバランチ・エクスプレス』では、どこに出ていたのかも思い出せない薄い印象でしかなかった。

 エロ小説朗読の台本を作る。長さを調節して、アブ雑誌特有の難しい言い回しは出来るだけ簡単にする。本ネタは昭和三十四年の『奇譚クラブ』だが、この時代は時代劇映画全盛で、緊縛ファンには、トップ女優たちが時代劇でしょっちゅう悪人にさらわれ、縛られたり猿ぐつわをされたりするシーンの楽しめる、いい時代であった。毎号、今月の女優緊縛シーンの批評などが載っているのである。例えば市川雷蔵の『弁天小僧』の評では、天下の雷蔵のことなどには一言も触れず、“近藤美恵子は相変わらず美しい緊縛姿を見せてくれる。彼女としては天然色で縛られるのは二度目であるが、最初の『赤胴鈴之助』では青い手拭の猿轡。この『弁天小僧』では赤い手拭の猿轡と、いつも違う色の手拭を使っている。映画の猿轡と云えば、豆絞り松葉散し、白布、黒布と相場は決まっていたのであるが、彼女は今まで四回、猿轡をされたが通俗的なこれ等の猿轡を使用したことがないのは、自分の顔に似合う猿轡を意識しているのであろうか”などと、映画で女優がどんな猿轡をされていたかをいちいちチェックしているマニアックぶりである。

 出来た台本を声ちゃんにFAXしようとしたが、受信設定になっていないのか、届かず。時間が迫ったので仕方なく、中野へ。アニドウ定期上映会。芸能小劇場がほぼ満席の盛況。毎月きちんとやっていると違うものだ、と感心。しかし、アートアニメ流行の昨今のこと、もっと若くてアーチストな連中が来ているかと思うとそうでもなく、昔の客がそのままスライドしているような感の方が強いのも、落ち着くところで はある。

 なみきたかしには“やっぱりカツカレーは食いたいよねえ!”とカマされた。しかし、細かく日記をチェックしているな。しばしカツカレー論議となる。と学会で、あれはコロモを外せばかなりカロリー的には落とせるという知識が出たという話から、私は浅草の快楽亭ひいきの店のポークソテーカレーの話、なみきは町田で食べた有名カツカレー店の、うるさい親父の話。……いい年をしてナニ馬鹿々々しい話で盛り上がって、とお思いかも知れないが、われわれくらいの年齢になると、カツカレーなんて脂ぎった食い物は、もう、あと一生で何回食えるかという、貴重なものになってくるのである。

 作品名は書くなというのが原則なので書かないが、書いてしまうとこの間から一本づつ日本のTVアニメを上映している。今回は『ベルサイユのばら』総集編。いやあやっぱり今のアニメは違和感あるなあ、と思って、考えてみればこれだって1980年、もう23年も前の作品なのであった。今どころではない。なにせ他の上映作品が1914年の『恐竜ガーティ』だとか、24年のスタレービッチ『二人のキューピッド』だとかなので、調子が狂う。48年のテックス・アヴェリー『眠いウサギ狩り』など、新しいこ新しいこと。『ビン坊の結社加盟』(31)は、初見が確か83年の10月31日。なんで覚えているかというとちょうどハロウィンの日だったからで、会場に来ていた森卓也氏と“あれ、『トワイライト・ゾーン』のジョー・ダンテのやつの中で出てきた作品ですよね”とか話したのを覚えている。もうあれからもすでに20年。

 初見のものでは『トラちゃんの冒険』(55)があった。正岡憲三の『すて猫トラちゃん』シリーズの五作目だとかで、正岡はタッチしておらず、湯原甫演出、大工原章作画監督。詩情も才気もない、ドタバタだけの凡作という評価なのだが、いや、しかし今見ると、これが実に心地いいんですよね。ヘリコプターがうねくるように変形しながら飛んでくる描写といい、『狼少年ケン』に通じる動物たちのディフォルメされた動きといい、今ではとても描けない、土人たちの描写といい、懐かしくて。休息時間にロビーでなみきに“あの、『トラちゃん』さ、面白いよね”と言うと“ああ、やっぱり面白がった! やめてくれよお、ああいうユルいアニメを面白がるようになる老化現象にこのところ悩まされているんだからあ!”と。席が偶然隣りになった友永和秀さんなんかとも、トラちゃんやハーマン・アイジングのヌルアニメ賛歌をしばし。チャック・ジョーンズだのテックス・アヴェリーだのはスカしすぎていていかん ですナ、とか、若い連中を排除するような話。

 ああいうの、ビデオで見るとかなりツラいんだけど、上映会で見ると面白いんだよね、と言うとなみき、“ビデオはつい、リモコンに手をのばしてしまうけど、フィルムは一旦上映し始めたが最後、終わるまで見なくちゃいけない、という諦念と共に見るからだな”と。脳が防御本能で、神経の受容スイッチを切り替え、その苦痛を快楽として受け取るようにこちらの感覚を変換するのであろう。普通の快楽はただ素通りするだけだが、こっちの快楽は癖になる。酒、タバコといった嗜好品が、いずれも初心者や子供には決して快いものではないのと同じか。……ある意味、人間の快楽を考える原点になる現象かも知れない。ならない現象かも知れない。

 ここで最初の上映をしたときには、上映器機がまっさらで(なにしろこのアニドウ上映会で開館以来初めて16ミリ映写機を使った)非常にいい具合の上映環境だったのだが、今日はピントがボケ気味で、目がかなり疲れた。映写機のゴム部分が、長いこと使われていなかったあいだに劣化したものであるらしい。9時半、終映。出て、中野駅でフィン語終えたK子と待ち合わせ。『とらじ』で焼肉。塩カルビ、タン塩、レバ刺し、豚足。ビールと真露。〆メに冷麺。寒い中、タクシーで帰宅。昨日、帰宅したら、マンションの前にいた若い男女が話しかけてきて、“すいません、ここのマンションの13階って、どういう人が住んでいますか? 風俗店とかありますか?”と、ちょっとマジな顔で訊かれた。あれはなんだったのか。つい、最上階を見上げて しまう。

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