29日
火曜日
シャーロック・ホームズのケチンボ
ワトソンくん、経費をもう少し切りつめてくれたまえ。明け方の夢に、『ザ・リング』が出てきた。もっとも、怖かったからではなく、お笑いとしてだったが。寝床読書でジョン・ブラックバーン『小人たちがこわいので』(創元推理文庫1973年)読了。クラシック小説が好きだった中学生のとき読んで“これは新しすぎてついていけない”と放擲した(SM描写とかが出てくるのがどうも、と敬遠したのである。今の私からは想像もつかない)モダン・ホラーだが、今読んでみると堂々たるクラシックである。古代邪教と最新の細菌兵器やジェットエンジンの排気装置などの謎を結びつけるのは、祟りという古い恐怖にビデオテープという現代のガジェットを結びつける『リング』の手法の元祖。作劇法としてうらやましいのは、主人公がアウシュビッツ経験のあるユダヤ人医学者という設定で、その他にも元ナチ、ソ連亡命者など、いずれも過去をひきずっているような人物が配置されており、さらに背景に英国におけるカトリック信者とプロテスタント信者の深い怨恨、ウェールズ地方の前キリスト的な土着宗教の影など、さまで長くないこの小説の中に、実にさまざまなものが取り入れられて話を複合的にしている。あちらの作家は作品や登場人物に深みを持たせる素材にことかかない。日本で人間心理を多少掘り下げようとしても、人種や宗教は生臭くて使えず、せいぜいが離婚した元夫婦、くらいしか読者に共感を呼ぶ材料がないのである。翻訳にやや、難ありとの感。
朝食、K子にはカリフラワーとホウレンソウ(これもあのつさん家からの)の炒めもの、私はコンソメ。果物は二十世紀。これは青山のazumaにあったもの。今年 はなかなか二十世紀が終わりにならない(奇妙な文章である)。
早川書房にとりあえず一章のみ、書き直し原稿メール。それからWeb現代書き出すが、雑用多々でなかなか進まず。雑用の方を先に片付けちゃえ、と、いろいろ手をつける。昨日の某出版社からの振り込み、問い合わせた先で調べてくれてわかった。その会社から5年前に出した単行本が、なんと6月に増刷されていたのだった。その印税らしい。“担当者が退社しているので連絡がつかなかった”ということだが、口座に振り込みをしているんだから、連絡くらいとれそうなもんである。そもそも、5年前の本を著者に断りもなくいきなり増刷するというの、アリか?
と学会の桐生祐狩さんから、昨日の日記のリチャード・ハリスの記述の感想メールをいただく。彼女はお姉さんと二人、すさまじいリチャード・ハリスフリークで、家では彼のことを“ハーさま”と呼んでいるとかである。『オルカ』は確かにB級ではあるが、死に演技の見事なハーさま故にあの無惨なエンディングが合って、好きな映画であるとのこと。確かにあの映画、ジョーズの二番、という売り込み方を配給会社が露骨にやったおかげで(まあ、確かに映画の中でサメを食い殺してジョーズより強いゾ、と見せつけて、『ジョーズ2』でその仕返しにシャチが食い殺されていたが)『テンタクルズ』みたいなマカロニ超C級映画と一緒くたのイメージで記憶されてしまったが、『テンタ』のジョン・ヒューストンとヘンリー・フォンダのようなキャリアを汚す特出と違い、この『オルカ』はハリスとシャーロット・ランプリング、それにウィル・サンプスンという超渋めのA級スターがきちんと演技をして、自然の怒りの前になすすべもなく敗れ去る卑小な人間たち、というドラマを堪能させてくれていた(まあ、それだって『白鯨』の二番なんだが)。
おまけに音楽はエンニオ・モリコーネでこれが名曲、なんでそれがあんな結果に、と思うところだが、原因は監督のマイケル・アンダーソンにある。この男がイモでねえ。『ドック・サヴェジの大冒険』とか『2300年未来への旅』とか、うまくすればスマッシュ・ヒットがねらえるテーマで必ずドジこいてる人。最近作が何かと思って調べたらあのイモSF映画『ミレニアム』。センスの外れ方が徹底している。
講談社原稿書き続け。北海道新聞からゲラチェック。『ゲーム脳の恐怖』のトンデモ部分へのツッコミがちと不明瞭だったらしく、その旨指示があったので少し書き直す。担当編集のYさんは、今の若い編集連中の使えなさに、“やはりゲーム脳という説は少しは理があるのではないか”と思い始めているようである。そんなこんなで、打ち合わせの2時に、10分遅れで東武ホテル。第一出版センター(講談社出版物の編集を請け負う子会社)のI氏。時間割に移動して打ち合わせ。オールデイズ・カートゥーンの本を、私の責任編集でやってくれないかという話。向こうはハンナ・バーベラあたりを中心にやりたいらしいが、多分、そういうのは他社でも企画が進んでいるはず。私がやるとなると、さらにさかのぼったフライシャーあたり中心になると思うが、とりあえず、眠田さんあたりと共同で、ということなら、と了承する。Iさんは講談社からこちらに移った人らしく、出版のノウハウに関してはベテランであっても、現在の第一線からはちょっと外れているかな、という感じ。なにしろいまだメールも使えずFAXで原稿をやりとりするという。これでは話にならない。ライターたちとの連絡やなんかも、全部こっちがやらねばならん。編集は別に担当がつく、とい うので、そっちとの詰めが必要である。
帰宅、Web現代原稿、なんとかアゲてメール。担当Yくんと電話で図版撮影などの打ち合わせ。眠田さんに連絡メールして、一息入れて外出。HMVでDVDをじっくりと冷やかす。西武地下で買い物して帰るが、また左足が痛み出す。やれやれ。それから原稿齧り書き。朝から何となく不快であった気分が治っているのを発見。まずよろしい。9時、メシの支度する。牛タンと大根の煮物、油揚げと豆腐の煮物、鯛の味噌漬け焼き。フィン語から帰ったK子とフランスの昆虫ビデオなどを見つつ。ビール小缶一本、梅干し入り焼酎二杯。K子が腹にも少したまるものをと言うので、ソー メン茹で、さらに昨日の残りご飯をチャーハンにして食わせる。