裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

火曜日

若草のエシャロット

 まあ、エシャロットの芽が出ているわ(元ネタがマイナーすぎるかも知れないが、アニメ『若草のシャルロット』である)。朝8時起床。朝食、豆のサラダ、紅玉。新聞は休刊日。テレビは北朝鮮から拉致被害者が24年ぶりに帰国するニュースで持ちきり。24年という時間の長さ、と昨日の読売にもあったし、思えば私も24年前は若くて生真面目、将来に夢を託して頬を輝かす好青年であった、と書きたいところではあるが、実際の24年前と言うと、オタク道修行の真っ最中、古書店めぐりとアニドウでの上映会や会報作りの活動と名画座めぐり寄席めぐりにあけくれていた頃である。あの頃の自分と今の自分が、何ともストレートにつながるのに驚く。何のヒネリもない。人生というビデオテープの中途をカットして今につなげても、腹の出っ張りとか髪の毛の後退とかを除けば、まず、まあこんなものかと当時の自分にも納得できる現在ではあろうと思う。24年が長いか短いか、それは人それぞれである。

 結局、拉致被害者の人々の内面をどう斟酌しようと、それは他人の勝手な解釈、それも多くは自分主体の感傷にしかならないわけで、たぶん日ごろ萌え、とか書いているサイトで今日だけはなにやら神妙に“時の重みとは”などと哲学的なことをぶっているところが多いことと予想がつくが、思えば愚かなことである。平静な日常の中で淡々と受け止めるしかないことだ。

 昼前に資料調べをしていたら、太田出版編集Hさんから、“会場予約をしました”との電話。来年6月のトンデモ本大賞授賞式東京開催、そろそろ会場押さえをしておかないとアブナい(半年先の土日はすでに押さえられている可能性がある)と、土曜日にメールしておいたのだが、して正解だったらしい。編集者さんという職業は大抵の場合(その編集が有能であればあるほど)雑事多忙な身の上であり、尻でもつつかなければ新しいものごとには取りかかれないものなのである。で、候補になっていた三会場のうち、メイン候補だったところは案の定というか、ダカラ言ッタジャナイノというか、すでに6月の土日は満杯。夜のみ(4時〜8時)なら空いているというが設置・撤収含めて正味4時間しかないのではちとあわただしすぎる(音響・照明関係のチェックというのはどんなに急いでも最低一時間はかかる)。第二候補は某大学の施設なのだが、事務課の方でなんだか煮え切らない返事で、教務課の許可を得ないと何も決定しないという。こういうところは利用しない方が無難ならんと思い、その時 点で候補から外したとのこと。これも妥当であろう。

 で、第三候補が都内某所のホール。値段といい交通等の便といい、なによりこちらの希望日のほとんどがまだ空いているという点、まず申し分なしなのだが、区の施設であることから、会の主催者がその区の区民でないとダメ、ということになっているという。しかしこれは、その条件を満たす人物としてと学会でも東京開催大推進派である永瀬唯という人物がいて、彼を実行委員長に祭り上げ、ではない推挙して、万端まかせればよろしかろうと電話で力説。Hさん、“やってくださるでしょうか”とおそるおそる言うので、やるやる、やらいでか、とタキツケて、とにかくそれで行きましょう、と強引に決定させる。ただし、区の施設なもので(ホントウにお役所というのは)、希望月の半年前の月のイッピの午前8時45分から9時までの間に(!)窓口へ行って、もし重複して希望者がいる場合はクジビキになるとのこと。まず、そういうことはあるまいとのことだったが、もしそこで決定すれば、大急ぎでチラシを作り、冬コミの会誌にはさみこむ作業が必要となる。やれ、今年の暮もあわただしいことになりそうである。

 原稿バリバリやるつもりが、朝からその件に関しての運営委員間でのやりとりなどで、時間をとられてしまい、何も出来なくなる。昼食は冷や飯に昨日の残り汁をぶっかけたもの。パルコブックセンターで資料を探そうと思ってでかけたら、改装中で休み。空しく帰宅。海拓舎H社長から電話で、今日の打ち合わせはスケジュール的にちと無理とのこと。明日に延ばす。まあ、もうゲラチェックは出来ていて、後は手渡すだけで私の作業は終わるので、別にかまわず。これで、海拓舎、ちくま文庫、幻冬舎文庫と、三つ、作業全て終えてあとは出版されるのを待つばかりの本が揃った。いささか気が楽である。

 3時、時間割で世界文化社Dさんと。今後の執筆スケジュールなど。K子とのフィンランド道中ばなしなど聞く。K子に新連載をお願いしたいという話。終えて帰宅して、さて原稿と思うが、いろいろ雑事で気が散り、東京開催についてのMLでの提案にレスをつけたりして時間が過ぎる。

 6時、新宿に出てロフトプラスワン。好美のぼる紙芝居ナイト。すでにYくんIくんはじめ講談社関係来ていて、新刊を並べている。Yくんが夜なべでパネルにしてくれた紙芝居原稿を元に阿部能丸くん、ベギちゃんと、打ち合わせ。二人とも『にくしみ』の主人公ルリにハマって、いいなあコレ、と大喜び。阿部くんはこの作品をリアルタイムで読んでいるのであった。それにしてもオタク以上にオタクな知識と情報量を持っている人である。

 ロフトプラスワンの新入店員になんと×ちゃんがいるのに驚いた。斎藤さんの言うところではMさんからの紹介ということだが、“日記には書かないでくださいね。カラサワさん、何でも書いちゃうから”とクギを刺されたので書かない。しかしこんな 狭い世界なんだからよ、わかるよ。

 今回、告知をうちのサイトでしかしていなかったので、客足が不安であったが、何とか7分の入りにまでは持っていける。それに、これくらいの入りのときの方が客層は濃い。壇上に上がると最前列のお客さんが“K子さんはやっぱりフィン語教室が済んでからですか?”と声をかけてくる。よく知ってんねえ。

 通称“殿様”とわれわれが呼んでいる、常連さんがいる。古書マニアで、必ず私のイベントのときは最前列に座り、かつ楽屋やロビーで、新しくみつけたマニアックな古書を見せてくれる(ただし悪いクセで客席で目立ちすぎなわざとらしいリアクションをし過ぎで、一時は扇子を開いて頭の上でアッパレアッパレという風にひらひらさせて周囲から顰蹙をかい、それ以来“殿様”のアダ名がついた)。今回も好美のぼる作品でまだ私たちが未見のものを持ってきて、貸してくれて、それはいいのだが、最前列に座っているので、壇上から見るともなく彼の方に視線をやっていると、何か顔をしかめて、身をよじっている。どうかしたか、と思ったら、休み時間に、きわめて苦しげな表情でやってきて、“申し訳ありませんが、腹痛がひどいので退席させていただきます。大変面白いのに、後半が見られないのは、うー、残、念、です”と、体をくの字に折り曲げるようにして帰っていった。急にそんなひどい腹痛に襲われるとはどういう事態か。ちと心配になった。

 他の客層は、村木藤志郎さんはじめ、上の空藤志郎一座の面々。IPPAN、Gさん、QP大人といったいつもの人々、鈴木くんやそれからそれからなど、ナンビョーさんのところ関係。しかし斎藤さんのマエセツのときの挙手で、半分以上が今日初めてという人だとわかった。最近の私のライブは初参加者が多くなってきている。他には珍しく井上デザイン井上くん、談之助さん、福原鉄平くん、開田夫妻など。

 前半はちょいと好美関係トークのあと、『ふし穴からの悲鳴』『尼寺へおいで』の二本の紙芝居。『ふし穴からの悲鳴』の主人公の霊がゾウリに乗り移っての、“使用人のくせに、使用人のくせに”というセリフに場内爆笑。パネルをビデオで映すのが最初は非常に見にくくてシマッタ、であったが、斎藤さんが機転をきかせてくれて、客席最前列で手持ちでコマを追いながら撮ってくれたので、すぐ改善。9時に前半を終了して、休み時間を利用してのサイン会。前二回、ここで講談社出版物のサイン会をやっているが、一番入りのウスい今回が一番よくハケたような気がする。やはり、発売から日のあまり立っていないものは強い。途中からK子が来たので、ただいま購入してくれた人たちにもう一回並んでもらってまたサイン。“使用人のくせに”と書いてください、などという注文があったようだ。K子、×ちゃんを見て“アラ、オト コヲ変エタノ?”と、彼女の声マネでかます。

 それから後半、時代背景ということで昭和40年代の少女フレンド、マーガレット等の雑誌を見せながらトーク。そして本日のメインイベント、怪少女ルリの大活躍する『にくしみ』。ミもフタもないセリフ、ルリの独特のスタイル、暴れっぷり、悪役なのだが最後には読者全員、ルリに感情移入してしまう抜群の個性。さらにラストでの退場の仕方のインパクト。満場大爆笑、大拍手。ベギちゃんは“次回のくすぐリングス”には“好美ルリ”のリングネームで出よう、と言い出すし、×ちゃんは“ルリのコスプレをしたいので資料を送ってください”と興奮して言う。

 サクサクと進んで、予定通り9時半にアガリ。いや、ご苦労さまでした。村木さん一座(ご贔屓のおぐりゆかさんも来てた。こないだの舞台の声が大声過ぎて枯れてたな、と思ったのだが、実際の声もかなりハスキーだった)に挨拶。村木さん、“ウチの座員がロクに気のきいたことも言えず申し訳ありません”とかます。この人も舞台上と本人のキャラの間にあまり距離がない。

 二次会行こ行こ、と声をかけて、阿部ベギの二人に開田夫妻、談之助、ナンビョー鈴木くん、福原くん、Gさん、QPさん、井上くんなどのメンツ連れて地上に上がって驚いた。カミナリがピシャッと光り、ゴーッと音が響くほどの大降りである。仰天したが、スコールみたいなものだったらしく、雨足はすぐ弱まる。急いで台湾料理の青葉(ここが一番近いという理由で)に入り、青島ビールで乾杯。あとはいつもの通りに世間ばなし、雑談。カエルだの田ウナギだのを齧りつつ、1時半まで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa