裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

水曜日

あ〜あファントーシュあまりの恋なのに

 あ〜あアニドレイ姿がよく似合う(アニドウ関係者限定ダジャレ)。台風一過の好天気。朝7時半起床。朝食を作るのがちとめんどくさい。習慣というものはたった十日たらずで身を離れてしまう。パンの買い置きなどもないので、パスタを茹でて一味唐辛子でペペロンチーノ。

 いろいろと仕事が前倒しになっており、あせる。9時、新千歳空港から母の電話、これから飛行機に乗るという。11時、羽田空港から電話、これからリムジンバスに乗るという。何時着だか係に訊け、と言うと、もうすぐ出発だから訊く暇がない、と言う。車中で運転手に訊いて携帯で連絡しろ、というと、忙しくて携帯がどこに行ったかわからないまま出かけてきた、と言う。それでは迎えに行けない、と言うと、迎えにこなくてもいいから、という。冗談じゃない、ホテルもわからないじゃないか、 といささかそのアバウトさに腹が立ってくる。

 1時間後、新宿から電話。安田生命ビルのロビーからかけているらしい。いいわよいいわよ、場所さえ教えてくれれば一人でホテルへ行くから、と言うがそんなわけにも行かない。こっちもいろいろ予定を立てているんだからそれに従いなさい、と命じて、そこを動くなと指示、タクシーで新宿西口へ。無事拾えた。荷物もそんなにないようだったので、そのままタクシーに渋谷へとんぼ返りしてもらい、K子と神山町で落ち合って、船山でランチ。四方山の話。とにかく、四十五年間勤めた店から解放されて、ハイになっている様子である。いろいろと会話。K子の仕事場などのぞき、私はそのまま母を西新宿ホテルまで送る。ネットで調べて予約したところで、私も場所がわからなかったが、小滝橋通りを入った、柏木公園の隣りにあるビジネスホテル。窓からは柏木公園を住処にしているホームレスたちと、その隣の墓場が眺められるという、なかなかの絶景。よくこんなところにホテルを建てる気になったものである。母は浴槽を見て
「まあ、座棺みたいだわ」
 と面白がっている。アメリカ移住の視察をこの17日から予定しているのだが、帰国が22日なのを間違って23日だと思いこみ、東京〜札幌の23日の飛行機を取ってしまったので、またどこか22日の宿泊を予約してくれという。さてアバウトな。

 何かK子に買い物してやりたい、というので、では明日の朝ご飯の材料を、ということで、伊勢丹まで出る。アナスタシアピーマンだのひょうたん型のカボチャだのを見て面白がっていた。大根の値段が札幌の倍で、わさびなどは逆に札幌の半額だわ、と感心している。地下の喫茶店で、今後の予定などを聞く。実家の売買のことなど、まずまず順調に運んでいるらしい。68でニューヨーク移住というので近辺では大評判らしく、鼻高々である。

 3時半ころ一旦帰宅、雑用を片付ける。某社からDちゃんに仕事(これがなかなか結構なもの)を頼みたいので、連絡先を教えてくれという依頼が知り合いの編集者通しで来ていた。一応、本人に教えていいかどうか確認とらねば、と電話。『ドニー・ダーコ』の本のことなど話す。かなりの分量の仕事を、今までのDちゃんの仕事ペースからすれば異常なほどのスピードで仕上げたわけだが、これはやはり、『文藝』での私の説教を守ろうと思って、必死にやったらしい。ちょっと感動する。精神医学者の福島章が、“なぜ人は人にものを教えたがるか”という命題に、“人間を変えることほど面白いことはないからだ”と答えていて、かなり深く納得したことがあった。ただ、面白い、という言い方には人をオモチャにしている残酷性が含まれているが、よかれと思ってした忠告・説教の類をその人が真摯に受け止めてくれた場合、こちらは不覚なまでに心を動かされる。

 で、その仕事の件(一回、こちらがその内容をカン違いして伝え、すぐ気がついて訂正の電話を入れた)であるが、やってみたいが急ぎだと間に合わないかも、とのこと。今、別のちょっと大きい仕事が入って、それにかかりきりなもので、と言う。その仕事を聞いて驚く。スケールも大きいが、これまでの彼女の仕事とはまったく毛色の違う、かなりオタク方面のもの。“はっきり言って、アレがDちゃんとどうつながるか、まったく理解の外だねえ”と言うと、“ドニー・ダーコもDでしたけど、今度の仕事もやっぱりDだから”と、この感覚はいかにも彼女である。彼女にギョウカイでの立ち回り方を教えた、などといい気になっていたら、あっと言うまに追い抜かれてしまったという感じ。内田春菊にマンガを教えたいしかわじゅんもこんな気分だったのだろうか。さるにても、人にものを教えるというのは悲喜劇である。

 明後日のTBSの収録時間等のFAX、それからフジの打ち合わせ関係の電話。早川書房から秋の読書週間フェスティバルに関しての著者サイン本の依頼。そうこうしているうちに6時半。ホテルのロビーに母を迎えに行き、幡ヶ谷チャイナハウスで夕食。なをき夫妻も来る予定だったのだが、今日がちょうど〆切の山場というので来られず。マスターを母に紹介。母が“やっぱり中国の人は雰囲気がそれらしいわねえ”と言うので、マスターは千葉出身だ、と言うと驚いて笑っていた。チャーチィ、百合根とエビの炒め物、天然物マイタケと鹿肉、豆苗、特大フカヒレの煮物、角煮と茸の炒め物、フクロタケ。母は角煮がお気に召したようである。最後は里麺。“この麺は特性だけど、その他の味付はだいたいわかったから、今度の正月に同等のものを作ってあげるわ”と豪語。なをき夫妻、明日は出てこられるとのことなので予定を立ててまた送って10時、帰宅。いろいろ催促の電話がかかっているが、今日はもうドウしようもなかった。

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