裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

木曜日

死霊のこのわた

 恐怖の珍味。朝、7時起床。背中がこわばって洗濯板が入っているみたいな感覚だが、痛みはすっかり無くなっている。やはり風邪だった。ゆうべ寝るときにカイゲンと麻黄附子細辛湯をのんでおいたのが効いた。ただし、足に力が入らない。フニャフニャしている感じ。食欲もあまりなし。朝食はプチトマト十個、それとオレンジ。甘 さを舌が感じず、半分残す。

 日記つけ、SFマガジン原稿書き出す。途中、快楽亭の師匠から電話(この人も芸人に似ず朝が早い)。今年の暮から来年にかけて、中野武蔵野ホールで立川談志出演の映画を連続して上映する試みがあるのだが、日替わりで上映前にトーク解説を置くという。その中の一日に出演してもらえませんかという依頼。しかし、快楽亭という御仁は企画好きである。面白いと思えばすぐに何でもやってしまう、というバイタリティが50を過ぎてもあふれているところが凄い。見習いたいもんである。

 12時半までにSFマガジン原稿400字詰め10枚弱、書き終えてメール。最初タラタラ書いていたが後半テンションが上がって、とうとうワンテーマを枚数内で書ききれず、次回へ続き、と相成った。構成としては失敗なわけだが、こういう、書いている作業が非常に楽しい場合はそれに従うのが吉。文章がどんどん脳内からついて出てキーボードを押す指の先からほとばしるという感じ。モノカキを職業にしていて こういう感覚を得られるというのは幸福なことであろう。

 銀行での振り込み作業や資料のチェックなどいろいろ用事があるので、六本木へと出る。足はかなりシャッキリしてきた。三菱銀行及びABCに立ち寄って雑事を済ませ、さて風邪気払いにトツゲキでも食うか(あそこのオヤジはよく、“ウチのスープはユンケルより濃い”と自慢していたし)、と思い、東日ビル地下に行ったら、
「トツゲキラーメンは九月三十日をもって閉店いたしました。三十二年間、ありがとうございました」
 という貼り紙。しばらく呆然という感じでその前に立っていた気がする(実際は三秒くらいだったろうけれど)。まあ、最近はこのビル地下は来るたびにゴーストタウン化してきており、時間の問題とは思っていたが、まだ隣のソバ屋や喫茶店は営業している。なんとなく感じとして、この地下街ではトツゲキラーメンが最後の最後に閉める店、と思いこんでいたので、ちょっと意外。以前にも書いたが、大の美味というわけでもなく、人にすすめられるような店ではなかったが、他に似たような味の食い物がない、まことにユニークなラーメンであった。十五年間ここの味に慣れていた舌の空虚感というものは、やはり大きい。貼り紙には“トツゲキラーメンはこれからも頑張りますのでよろしくお願いします”とあったが、どこかでまた開店するつもりな のであろうか。

 さてあるべきにもあらずビルを出たが、代わりにどこで、という案もなく、明治屋で買い物をしたついでに、銀ダラ弁当というのがあったのでそれを買い、帰宅して食う。味付けした銀ダラをほぐしてご飯の上に敷いたものだが、案外おいしく、風邪あげくの腹に心地よい食い物だった。体調が復してきている証拠である。この調子のうちにと思い、これも遅れていたモノマガジン原稿5枚半、ザックリと片付ける。これも出来上がってみると、文章は非常に楽しく書けたが、構成はずいぶんといい加減なシロモノである。脳が病み上がりで何かハイになっているのだろうかと思う。

 ところで上記の“さてあるべきにもあらず(ずっとそこでそうしているわけにもいかないので、の意)”という表現、私は高校のころ幸田露伴の『幻談』という小説で知って、それ以来便利に使っているのだが、どれくらいの使用例があるのかと思い、ちょっと検索をかけてみた。そうしたら、用例がその『幻談』の他には『御伽草子』『問はずがたり』『後拾遺和歌集』『雪の翼(泉鏡花)』『義経記』『太平記』『愚管抄』等といった、大学受験古文IIか、というくらいすさまじい作品名がズラリと並んだ。そういうのと一緒に『裏モノ日記』というタイトルがチンとおさまっているのに爆笑。これで検索してきた受験生、国文学科の学生の皆さん、もしいらっしゃっ たらすいませんでした。

 原稿書き上げた両マガジンとも図版用のブツを送らねばならぬ。とりあえずバイク便をモノマガに出す。それからSFマガジンに電話して(編集者をとりに向かわせます、とのことだったので)時間とかを訊いたら、イラストの井の頭さんがバイク便を使ってほしいとのことでした、と言うので、また電話してバイク便。出し終わって、 ホッと一息ついて外出。晩飯の材料を西武のデパチカで買う。

 帰宅、メール通信いくつか。ベギちゃんはおとついの好美のぼるナイトでのルリ役の興奮、いまだ醒めやらぬとのこと。あと、昨日のはホントにギックリ腰ではないのか、というご心配のメールもいただいたが、以前一度ギックリはやりかけて、その感覚はいまだ鮮烈に記憶している。今回のはまったくそれとは違うので、乍憚御休心可被候。ニューヨークのK子と母から電話。二人とも大変楽しそうである。大いに弥次 喜多を発揮しているらしい。

 気圧が夜半に入り乱れがち。仕事続けたがはかどらないので放擲し、10時過ぎに晩飯。小アジの焼きびたし二尾、鶏肉団子。ご飯の代わりに長野の末廣庵で買ったソバ粉を練ってそばがき。さすが末廣庵のもので、香りが素晴らしい。缶ビール、日本酒、焼酎炭酸割。LDで昨日の流れでまた刑事コロンボ。レイ・ミランドが犯人役の『悪の温室』。コロンボを大尊敬する、大学出お利口バカ刑事の印象が強すぎて、ストーリィの方はさっぱり覚えていなかった。まあ、パッとしないオチで、初期コロンボの中では凡作だろう。これ含めてたった二本の出演ながら『古畑任三郎』の今泉刑事(西村雅彦)のモデルともなったこのウィルソン刑事、演じたボブ・ディシーという役者はコメディ専門の人らしく、他には『弾丸特急ジェットバス』という映画の中で乗客の一人を演じていた。声優では、北浜晴子が、その代表作のサマンサやルカーといった“よき妻、よき母”的な声とはまったく違った軽薄女の役を演じていて、驚いた。注意して聞いていても北浜晴子と全然わからぬ。

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