29日
木曜日
君は覚えているかしら、あのひどいフランコ
スペイン独裁時代の思い出。朝8時15分起き。昨日が遅かったせいと、雨のせいで寝坊。朝食、コロッケトーストまた。ゆうべ遅くWeb現代からFAX転送。花田紀凱氏の雑誌からお仕事がきた。対談なのだが、対談相手をこっちで選べという。さて、どうするか。
雨で体動かず、頭動かず。まったくもってバルゴンのような体質である。1時、雨の中、時間割。大和書房Iくん。次の出版の打ち合わせ。とにかくスケジュール確保が現在の最重要事。今年の予定はどうなってます、と訊かれたので、いや、まだ全然空白です、と、決まっているものを思い付くままに並べていったら、あれ、もうほぼギッシリ状態であることに気がついた。ありがたいことは非常にありがたし、大変なことは実に大変。
帰って、昼飯は札幌から送られたカレーで。某編集部の女の子から電話。振込先確認だったが、私本人が電話口に出ている、とわかったとたん、何やらクスクスずっと笑っている。ハシが転んでも、という古いコトバを思い出した。新風舎からFAX、刊行の遅れていたゲッツ板谷、根本敬などとの共著『素敵な自分を見失う法』、今月 末配本とのこと。ひと安心。
池袋新文芸座のN氏から電話。私主催のオールナイトの企画について、打ち合わせをとのこと。そうそう、“じゃあ、くわしい話は今度快楽亭のパーティで”と言っておいて、私はさっさとテレビの仕事で欠席してしまったのだった。トーク等についてはまったく問題ないのだが、心配は、リーマン的に早寝早起きの習慣がついてしまっ たこの体が、ひさしぶりのオールナイトに耐えられるか、だな。
7時半、新宿へ出る。雨なのでタクシー。運ちゃん、こないだまで葬儀屋だったそうで、不景気をこぼす。“一応基本として葬式のクラスにゃ上中下とあるんだけど、最近は「その下はありませんか」と訊いてくる家族が多くなってねえ”。小田急でパンと果物買う。ここの閉店まぎわの混雑は壮観。伊勢丹とかは、さすがにこんな人肩相磨す状態にはならない。小田急線改札口でK子と待ち合わせ。気をきかせたつもりで切符を買っておいたら、“最近はメトロカードで小田急に乗れるのに”と怒られてしまった。
下北沢に知人が開いた居酒屋へ開店祝いに飲みに出かける。駅から徒歩6〜7分の場所に先月オープンした、酔い処『虎の子』。この知人夫婦は、私らがまだ参宮橋に住んでいた時分、いきつけだった和食屋にしょっちゅう通ってきていた人たちで、ご亭主はインテリア関係、奥さんは養毛剤の会社に勤めていた。あのころは忙しい時期になると、ほぼ一日置きくらいにこの和食屋でメシを食っていて、彼らがまた、大のグルメであったため、自然、話がはずんで、お互い同世代の子無し夫婦であったこともあり、親しくなったのであった。
その後、私らが渋谷に引っ越し、その和食屋も経営者(ヤーさん関係)の方針が変わってまずい炭火焼き屋になり、彼ら夫婦とも年賀状のやりとり程度の関係になってしまった。風のうわさでは、住んでた家のことでモメたり、奥さんも会社やめたり、大変らしいということだったが、こないだ葉書がきて、下北沢に居酒屋を始めた、とあった。なかなかの方針転換である。要予約、などとあるので高級店かと思って行ってみると、テーブルが三つ、席数が十二しかない店なので、フリだと入れないことが多いのであった。もとあった家の車寄せの部分にまで軒を延ばして、板囲い程度の壁を作り、車寄せの脇にある桜の木をそのまま丸抱えにするような形で作った、極めて風流なたたずまいの居酒屋である。江戸時代なら、旅の途中の俳人がちょっと立ち寄りたくなるであろうような雰囲気である。場所も、シモキタの雑踏から半歩離れた、落ち着きと活気のちょうど中間のポイント。
奥さんが厨房に入り、旦那はマネージャー然としてテーブルのひと隅で酒を飲んで客のお相手をしている。イスは木製の腰掛けみたいな小さいものに、奥さん手作りの白いカバーをかぶせただけのもの、雨が桜の樹をつたって流れているし、“開店当時はすきま風が寒くて”などと言っていたが、それもまた風流ではある。看板まで自分で彫ったとのこと。魯山人風の書体ではなく、彫刻刀でカリカリ彫ったレタリングであるが、全てが手作りという感じで大いに結構。照明その他はさすがインテリア屋で見事な、落ち着きのある空間を作っている。先日訪れたアイルランド人の客が大喜びしていたというが、なるほどこりゃ、癖になる客もいるだろう。ひさしぶりで話もはずみ、酒もかなりいった。料理も素朴で、素材に凝っている。薩摩黒豚の山椒焼きがとろけるような舌触り。外へ出てみると、屋根の上に突き出た桜の花が八分咲きで、霧雨の中、街灯に照らされ、きわめて幻想的な風情。寺山修司の映画に出てきそうな構図で、ちょっと世俗の気がはらわれたような感じがした。