裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

火曜日

ホイットニーあった怖い話

 私がホイットニー・ヒューストンのCDを聞いていると、その時……。朝、3時半ころ、ノドが腫れて苦しくて目が覚める。原因は風邪でも花粉症でもなくて、昨日、アビーロードで食べたおつまみのポップコーンである。ワンドリンク付きだったのでビールを頼み、おつまみでポップコーン(500円)を頼んだ。やっぱり高いねえ、などと思いながらつまんだら……これがウマい。さすが六本木のクラブ、そこらのカラオケ屋で出すポップコーンとは段が違う、と、紫煙うずまく店内で、塩っ辛いそのポップコーンをバリバリ食べたら、テキメン。文楽(もちろん先代)の『寝床』ではないが、“少ゥし意地汚なをしたとおもったらこれだ”である。葛根湯アメなめてもう一度床につく。7時過ぎにはなんとか直っていた。朝食、ナンとチキンカレー。果物はセミノールオレンジ。おいしいが剥きにくい。

 今年のアカデミー賞は『グラディエーター』が独占状態みたいだが、助演男優賞を『トラフィック』のベネチオ・デル・トロが受賞している。最初にこのヒトの顔を見たのは『007/消されたライセンス』で、ロバート・ダヴィの部下で美少年の殺し屋ダリオを演じたとき。ちょっとやおいっぽかった。007シリーズの悪役出身で、アカデミー賞取ったのはデル・トロが最初じゃないだろうか。その役の印象が強かったんで、テリー・ギリアムの『ラスベガスをやっつけろ!』で、体型をまるで変えてデブの役をやったのに驚いた。役づくりとはいえ、こんなに太ってしまって大丈夫なのか、と思ったのだが、さすがハリウッドで、いいダイエットジムがあると見え、元の優男にもどったようですな。ところで、年間最悪の映画に送られるゴールデン・ラズベリー賞は『バトルフィールドアース』が独占したようだ。サイエントロジー、嫌われてるんだなあ。

 昼は六本木に出て、立ち食いソバ。まずいものはまずいものなりにまずさをたのしもうとおもえばたのしいもの。ABCで買い物して、そこらへんブラついて帰る。山形浩生『山形道場』(イーストプレス)読む。東浩紀へのおちょくりの件などを読むと、“全日本アタマのヨイ人王者決定戦”の様子を見物しているような気になる。東氏のような早口おしゃべりタイプは、山形氏のような、あまりしゃべらない(と、自分で言っている。そんなこともあるまい、と思うのだが)タイプと対談すると、絶対に不利だということは覚えておいた方がいい。壇上で両者を並べると、無口な奴の方が絶対にアタマがよく見えるものである。しかも、相手が後からそのことを文章で皮肉る(「テレビなんかにもっと出してあげるといいんじゃないかな」という嫌味は大秀逸)ようなコンジョワルの場合は絶対注意である。相手がこういうテを使ってきたときには、とにかく相手がしゃべらない(仕事をしていない)ことで、自分がこの場をシラケさせないようつなぐのにいかに苦労しているか、ということを客に示してみせるパフォーマンスで対抗することが必要なのですね。どっちが正しいことを言っているか、なんて誰も聞いちゃいませんから。

 海拓舎原稿、まず内容と文体を完全になおした部分のみをFくんに手渡す。さて、あと数日でこれを仕上げないと。7時、毎日屋(コンビニエンス)前でK子と待ち合わせ。昨日行った“プチ・コキャン”で、睦月さんの新居落成祝いの品物をいくつか買う。メシをどこにするか、と思っていたら、K子が、コープオリンピアの半地下にある『重よし』にしよう、と言う。以前、好美のぼる夫人と南国酒家で食事した帰りに、ここの、ウズマキ(唐沢商会の目みたいな)だけが描かれたのれんを見つけて、一度行ってみよう、と話していたのだ。

 いかにも高級そうなそのたたずまいにオソルオソル入って、カウンター席につく。広い店内に、客は同じカウンターの端に常連然として座っている老人と、脇の座敷の方にいるらしい(声だけ聞こえる)一座だけ。仲居さんが、ここはオヒトリいくらいくらのコースからになりますが、と言う。ひえー、と言うようなオネダン。まあ、仕方ない、今さら逃げるわけにもいかないのでそれを頼む。ツキダシが三品(生湯葉、鰹の燻製、おひたし)、それから茶碗蒸し(ダシと卵の味だけで食べさせる、具のないもの)、鰹のたたき、稚鮎の空揚げ(土佐醤油で食べさせるのが変わっている)、生ウニとホタルイカの沖漬け、鯛のお造り(小鉢の中でぷるるん、とゆれるくらい柔らかかった)、マナガツオの西京焼き、ホタテしんじょのすまし汁、あとが御飯でシジミの味噌おじやと漬け物、それにデザートでイチゴゼリーよせと桜餅。確かにうまい。味付けは上品というより清楚。しかし、何かこう、“爺いの食うもの”って食感なんですね。鰹のたたきも、一片が五百円玉くらいの薄さ、大きさだし。それよりなにより、値段がずっとアタマの中をぐるぐるうずまいて、味わうどころの沙汰ではなかった。税金とか飲み物代を頭の中で加算して、これくらいになるかな、とハジき出した額よりは安かったけど。で、カードで支払おうとしたら、ウチはカードやっていないんです、と言う。今日びそれで商売できるのか。まあ、何とか持ち合わせがあったので恥をかかないですんだが。

 カウンターの端で板長と談笑していた常連の老人、長髪痩身のいかにも芸術家ぽい風貌の人物で、画家か陶芸家らしい。わきに編集者ぽい女性がつき、話のお相手をしている。もう一人、あとで来たのは、これは老人の主治医。二人を相手に老人、戦争中の話や自分の病気の話などをトクトクとしていたが、途中で帰る。いなくなったとたん、それまでおべんちゃらというくらい大袈裟にあいづちをうっていた秘書の女性が、“あのセンセイもいつまでも現役のつもりなんだもの、疲れるわよ”と言い出したのが、安っぽいテレビドラマの脚本みたいにわかりやすくて、ちょっと驚いた。ともかく、だいぶ財布が軽くなった一日だった。チャイナハウスにこの値段で四回、行 けたのになあ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa