裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

12日

月曜日

地球に落ちて北尾トロ

 廃本研究に、ですか。朝7時半起床。窓の外に雪がチラついているのに驚く。三寒四温というが、まったく三月というのはあなどれぬ。朝食、マフィンサンド。今日は新聞休刊日。仕方なく、昨日の新聞をもう一度読む。書評欄における東工大助教授上田紀行氏『ドキュメンタリー映画の地平』(佐藤真・著、凱風社)評、文体がこれでもアカデミズムのヒトか、と驚くくらい破格にポップ。
「ドキュメンタリー映画は暗い? 難しい? 退屈? どうも一般にはそう思われているらしいけれど、それは違うよ」
 で始まり、
「でもここで紹介されている映画を見たくてもなかなか見られる機会がないのが残念だなあ」
 で終わる。『POPEYE』の書評欄かと疑いたくなるほど。なぜこの本をこの場所でこの文体で書評せねばならないのか、と首をひねりたくなるし、無理に軽めにしようとしたあまりの不明瞭さもいくつか散見される。とはいえ、書評のシンを的確につかんでいることには感心。それに比べるとオーソドックスで地味だが、私のヒイキの木下直之氏による『戦後の出発』(北河賢三著・青木書店)評、いつもながら短い枚数の中で(今回は特にスペースが小さい)書評の必要条件を全て満たして過不足ない。お見事。ここらへん、半人前のモノカキはとかく短い枚数の中に(そもそも半人前には短い枚数の原稿依頼しかない)“自分はあれも知ってるこれも知ってる”と詰め込み過ぎて、結局、肝心のことを伝えきれないまま終わってしまう。

 あと、これだけさまざまなメディア批評があふれている中で、“あれもいい、これもいい”と嗜好の広さをただ誇るような批評子も、かえって存在価値がない。テレビの美食番組のレポーターではないのだから、はっきりと自分の好みの方向性を打ち出して、その範疇でものを語ってくれる人の方が“これだけさまざまな情報があふれて いる中で、いったい何を見ればいいのか”とトホウに暮れている、忙しい一般社会人 のナビゲーターたり得るだろう。折口信夫が、“なんでも誉めるのは悪口を言っているのと同じだ”と言っていたではないか。

 昼飯、パックの御飯と冷凍庫のササミをほぐしたもの、それに菜の花を刻み、カン詰めのコンソメスープをかけ、スープ茶漬け。CDで圓生の『高尾』を聞きながら。タアイない話だが、さすがと感心したのは例の“君はいま駒形あたりほととぎす”の 句の駒形を、“コマカタ”と発音していたこと。芥川龍之介が

「駒形は僕の小学校時代には大抵“コマカタ”と呼んでいたものである。が、それも とうの昔に“コマガタ”と発音するようになってしまった」

 と書いていたのをつい先夜、フトンの中で読んだばかりだったのである。

 仕事していたら電話あり、鹿野景子さんの友人のものですが……と名乗って、K子の弟が交通事故で亡くなった、という報せ。あわてて仕事場に電話したが、すでにあちこちから連絡あったらしい。K子らしいが、きわめて冷静。と、いうより冷淡。まあ、実家と縁を断ち切ってすでに二十数年だからなあ。ちょっとこちらの方が、見も知らないのに親戚が死んだということでオタオタしてしまった。彼女に連絡取るためにいろんなところに電話したらしく、マンガ評論家の藤田尚氏だとか、いろんな人から電話かかってきた。

 体力がなく、海拓舎の原稿、出します々々と言ってどんどん延ばしている。現在、一日に十枚が執筆の限度で、連載原稿をやってしまうと、そこでテンションが尽きてしまうのだ。なんとか、これを回復させねばならん。4時、鶴岡から電話。河井克夫氏と名刺交換していろいろ話したとか。で、河井氏、いま、松尾スズキ氏と一緒に訴えられているという。二人でロフトプラスワンに出演したときに、松尾氏が“最近の観客には、危機感がない”と発言し、それに合わせて河井氏が、パフォーマンスで客席にいきなりカニを投げ付けたのだそうだ。で、それが聞いていた客の顔に当たり、顔がカニミソまみれになった(ここらへんは鶴岡情報なので信用できないが)。それで、怒ったその客が両人を訴えたのだとか。細かい事情は知らないが、この人にしてこの訴訟あり、という感じで、なにか感動すら覚える。

 5時半、六本木に出て、ギャガコミニュケーションズ試写室。イギリス映画『恋はハッケヨイ』。デブの女性が女相撲にスカウトされ、大活躍というハナシ。ちょうどいま、官能倶楽部パティオで、太田大阪府知事の土俵立ち入り拒否問題について、許せない、いや伝統だ、というやりとりが盛り上がっていたところで、お仕事で出かけたのがこの映画。西手新九郎見事なうっちゃりだね。監督も脚本も女性だというこの映画、ストーリィ展開にかなり無理があるし、盛り上げの演出も稚拙なんだが、題材のユニークさと、主演女優のシャーロット・ブリテンのガンバリでまず、見られるものになっている。と、いうより、イギリス人ってホント、相撲が好きなのねえ、という感じ。監修に、全英相撲協会チェアマンのシド・ホアーがついていて、考証をかなり綿密にやっているらしいが、それでいてなお、異文化の理解には徹底して深いミゾがある、ということをつくづく感じさせてしまう。なにしろ、主人公の四股名が『巨大な白いクラゲ』ってんだから(他の名前も『コビトカバ』だの、『大きなオクラの木』だの……)。女相撲の選手がヨコハマからやってきたスモウトリ(もちろん男)と対戦する、というのもムリがあるだろ、という感じ。まあ、こっちはソレが面 白くて喜んでしまっているんだが。異文化は異文化。変に理解しめしたところで、本家から見ればこんなもの。むしろ、その“異”な部分を価値として楽しむべきなのだ。女相撲のリーダーを演じるアネット・バッドランドは、『ジャバーウォッキー』で、マイケル・ペリンを追い掛けるデブの花嫁役だった人。

 タクシーで東新宿。K子と待ち合わせて、焼肉『幸永』。最近の人気で、なんと、地下に別室が出来た。とはいえ、厨房のわきの、寒々しい部屋。なんか、ワビしい感じがするなあ。もっとも、極ホルモンやスライステール、やはり美味。弟のことでいろいろと、一般人から見れば鬼畜のような会話をする。ホッピーを二ハイ。雨を心配していたが、さほどでもなし。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa