20日
日曜日
フォアグラは少年探偵団
早口で読むこと。朝6時起き、サンドイッチとリンゴで朝食を摂り、タクシーで羽田まで。天気予報、雪ということだったが小雨程度。ただし、テレビでキャスターが“予報より遅れましたが必ず降ります”と、だからご安心ください、とばかりに大雪を強調。睦月影郎、開田裕治&あや夫妻、立川談之助という常連メンバー(通称日本全国あっちゃこっちゃ旅して回ってウマいもの食べるのにイノチかけるぞ団。この名称の弱点は表記すると全メンバーの名前を列記するより長くなってしまうこと)による金沢食いまくりツアー。待ち合せにみな遅刻しないできちんと集まるが、開田さんがちとフラフラになっている。無理もない、なにしろ昨日までサイン会のため在台湾で、夜十時に帰国したあしたの今朝である。しかも、何かアチラで食い物にあたったらしく(あやさんは平気)、今朝、ひょっとしたら行けないかも、というくらいの状態だったという。談之助師匠も前々日まで三日徹夜で原稿書き、睦月さん同様で昨日の睡眠時間二時間、私たちも寝こそ足りているが前日まで固めて仕事こなしており、疲労度はかなりのもの。モノカキの旅行は仕方ないとはいえ、いささか不安を抱いたまま、ANA8時40分発で金沢へ。離陸直前、確かに窓外の雨が雪に変わった。
一時間未満で金沢空港到着。開田さん、席につくやいなやグーと寝ついて、だいぶ回復とのこと。空港に、金沢の食器問屋丸一の若旦那、桜井氏が待機している。桜井氏はSF大会でいつも怪獣酒場を開田さんと主催しているベテランのオタク。去年の夏コミでK子が“冬の金沢にカニ食べに行くからいい店案内してね!”と強引に押しつけ、今回の旅になったもの。これを迎え撃つ準備に燃えていて(笑)、移動用バン の中でかける音楽テープも自ら編集したものという凝り様。
そこから今回の旅で唯一のお仕事、ブック宮丸北店でのサイン会。専務さん(全支店総括)に挨拶、近くの料理屋で昼食ご馳走になる。早くもビールが入る。サイン会大丈夫かいな。この宮丸書店、金沢に何軒も支店を出しているところで、一般書籍からかなりマニアックなものまで揃っている、金沢のオタク御用達の書店だとか。特に驚いたのは、こういう大型書店には珍しく、マドンナメイトなどの官能系の文庫が大きく棚をとられてズラリ揃っていること。中でも睦月さんのは動きがいいようで、またわれわれのトンデモ系もよく売れているらしい。専務さんに、最近の書店状況についていろいろ聞く。出版社サイドはまだホラーやりたがっているが読者にはそろそろ飽きられている由。まったくダメなのは現代思想系らしい。東浩紀ですら名前覚えられていなかった。地方ではこの程度だろう。ABCなどにばかり通っていると、こう いう状況を見誤るな。
1時からトークライブ。店の喫茶コーナーに30人くらいの聴衆集めて談之助師匠に司会担当させて。K子はテーブルの端の席でレディースコミック制作の実演。メンバーがメンバーだけに、だいぶアブナい話やエロ話も出る。聴衆の他に同じフロアのお客さんたちも聞いており、子供などもいるのでビクビクものだが、客はワイワイ盛り上がるのでムゲに止めるわけにもいかず、専務の方をチラチラ盗み見る。専務が一番笑っていた(笑)。こっちの心づもりでは20分くらい話して、あとはサイン会にと思ったが、ウケるにまかせて1時間以上しゃべる。専務さん締めくくりの挨拶で、「これまでうちの店も東京から作家の先生をいろいろお招きしてきましたが、だいたいお話はタンタンとしたもので、今日のような個性あふれるトークは始めてです」 専務さん、そら、われわれがみんなマットウなモノカキではないからですて。
それからサイン会。本の他に色紙持ってくる人が多かった。一応は盛況で、サイン会企画した桜井氏への面目だけはなんとか果たした模様で、ホッとする。桜井氏、こないだこの店でやった京極夏彦氏のよりトークは面白かった、と言う。ギャランティ いただき、酒までおみやげに貰う。
桜井氏の運転で、バンに全員乗り込み、2時間強。延々と山の中に入って行く。能登の海が見え、道路表示に鳳至とある。ふげし、というと落語の『阿武松』に出てくる、能登の国鳳至郡鵜川村、父っつぁんの名前は長兵衛、そのせがれで長吉と申します、というあの鳳至である。談志のクスグリで“教わった通りしゃべってるんで、どこだかさっぱりわからない”というのがあるが、こんなところにあったか。鵜川村ならぬ矢波町にある民宿『さんなみ』へ。この宿の名前、出すべきかどうか迷った。なにしろ以下の記述を読めばおわかりと思うが料理無茶ウマの宿で、人に教えるのがこれほどもったいない宿もないのである。しかし、すでにテレビでは何回か紹介されているというし、この宿のホームページもあるとのことで、仕方なく出す。行こうなど とくれぐれも思わないように(笑)。
2年前新築したというこぎれいな宿。今回はわれわれで独占である。もっとも、三部屋しかない。われわれ夫婦、開田夫婦、それに睦月&談之助&桜井氏と分かれて部屋を取る。風呂へ入り、夕食。ここのご主人は凝り性で、全ての食材を自分でとる。魚は船に乗って網をうち、野菜は畑で作り、なんと米まで自作しているとか。特製囲炉裏を囲んでの食事は、いしる(イカを醗酵させて作った魚醤)料理で、貝鍋(貝を煮た鍋ではなく、大きなホタテの貝殻を使って小鍋にし、いしるでイカや野菜を煮て食べる)、ゴマ豆腐、イカの細切れをもち米に炊き込んで御幣餅のようにして串に刺し、囲炉裏であぶったもの、寒ブリとイカの刺身(イカはいしるにつけて味わう)、目鯛塩焼、卵たくさんのコウバコガニ、それから特別サービスです、なんだかあててごらんなさい、と言われて出された××の××××(教えてやらない)、さらに究め着けが寒ブリと大根(もちろん、畑で取れた聖護院)の煮物。酒は葉竹という加賀の辛口。まことにまことに結構。メンバーがメンバーだけに話題がいつもの通り、宿は民芸調、そして流れる音楽がご主人の好みというシタール。実に何というか、不思議な空間でありました。桜井氏のお店がここに食器を入れている関係で知ったそうで、ここにわれわれを招待するのを手ぐすね引いていたらしい。桜井氏は年期入ったオタクだから、われわれのことをかなり吹聴して主人に伝えていたらしいが、こんな変な一行が来て、さてなんと思ったか。無口なご主人とは対照的な、明るい奥さんと話し て、酔いがだいぶ回った。
部屋に戻り、宿帳を見る。久本雅美、柴田理恵なども来ている。ここでさらに酒を飲んで話したが、疲れも出て、われわれと開田夫妻は十時ころ部屋に引き上げる。残りの三人は一時ころまで話しこんでいたらしい。