8日
火曜日
ドラクロワ二等兵
タイトルに意味はない。朝7時半起き。布団変えたせいか熟睡して夢は見ず。やはり二日酔い気味。朝食、リゾットとイチゴ。ワイドショー、てるくはのる事件。動機うんぬんと論議されていたが、こういう事件に動機って必要か? 犯人は今日びどこにでもいる自我肥大人間で、自分が誰でもない透明な存在にあらざることさえ証明できれば方法は問わなかったんじゃないか。現代教育が個性なんてものを尊重しすぎた弊害で、今日の若者が全身腫れ物のように神経過敏になって、寝てもオレ覚めてもオレと自分の居るべき場所を探し続け、この自問で焦熱地獄をさまようことになるというのは、すでに20世紀初頭に夏目漱石が『吾輩は猫である』の最終章で不気味なほど的確に予言している。
原稿書き。切羽詰まってるものがたて続け。『カルミナ・ブラーナ』のCD聞きながら書く。耳で聞いているうちは感性で音にひたっているが、ちょっと気になる曲があってライナーを見たりすると、瞬時に“頭で”聞く方にスイッチングされる。メールで編集者とやりとり数件。昼に外へ出て、銀行で印税類の入金確認。パルコブックセンターで、人に寄贈するための自著を買う。誰だったか、自分で自分の本を買うのを“オナニーしているような気恥ずかしさ”と言っていたがまったく。丸井地下のソバ屋で天ぷらソバ食べる。1時半、喫茶店でNHKのYくんと打ち合わせ。私の出演時ではないが、『アイアン・ジャイアント』をぜひ取り上げてくれるように言っておく。Yくん、まだ三十代前半だが、“今どきの若いの”に対する不満をぶちまける。面白かったのは、学生たちとチャットしたとき、ホラー小説の話題になったのだが、みんな日本のホラーばかり読んでいるという。海外のも読んでみたらとYくんがすすめると、彼らの答え、
「翻訳ものは外人の名前とか土地とかが出てきて覚えるのがめんどくさい」
・・・・・・これはまた、団探偵長とか松木、佐理子の時代、黒岩涙香の時代、いや三遊 亭円朝の時代がくるってことかい?
西武地下で買い物して帰り、また原稿ちょっと。煮詰まってボードウォッチング。ニフティFMISTYのUFO会議室、以前“と学会員は人の揚げ足とっている暇があったら車椅子を押せ”と見当違いの批判をしていたO氏、何があったかいきなりハンドル名を“オーソン”と変えて大ブレイク。何を言わんとしているのかさっぱり要領を得ないが、余計なレスはつけないのが得策、などとスゴんでいる。いろいろご勉強のようだが、どうしてこういう人たちは『と学会』の名称を正式に書かないのだろうね? 彼も『ト学会』と書いてすましている。3時半、歯医者。歯垢をガシガシ削る。帰ってみると青くなってる(であろう)編集者の声、留守録にあり。急いでナンバーフェチ原稿と、時事通信社の書評書き上げ、送る。書評はつんく『LOVE論』 である。
何故私につんくの本を、と依頼が来たときには思ったが、昨日、一読してなるほどと思った。これは、てるくはのる的な、どこにいても自分の居場所を獲得できない若者に、自分を演出することによってそれを獲得しなさいとすすめる、そのテクニックの指南書なのである。彼は前書きの中で繰り返し、自分が音楽の面でもタレントとしても、天才でないことを強調する。
「俺は自分が“天才じゃない”ことを知っていたから、どうすれば売れるかを必死に考えた」
「俺は自分が天才とは無縁なことを知っているから、いまも“努力してなんとか自分を変えていこう”とする人間が好きだし、そういう子にはとても興味をそそられる」
つまり、これまでの芸能プロデューサーのように、万人に一人の天才を見つけだしてデビューさせようという考え方とは、一八○度、方向性が違うのだ。なんでもそこそこは出来るけれど、あと一歩でヒロインの座に届かない、すさまじい潜在数として存在しているフツーの若者たちにとって、つんくは、そんな彼女らをスポットライトを浴びるステージに立たせてしまうことができる(自分でそれは証明済み)魔法使いなのである。そして、ヒロインになるために“努力”しろ、と繰り返し説く。内容自体は古くさい努力論の説教だ。しかし、古くさいからこそ、今の女の子たちにはその言葉がすさまじく新鮮に映ったのだろう。読んで、“人間の本当の努力ってのは”というコトバが喉元まででかかるが、それをこのような本に求めるのはおかど違いというもの。個性の時代個性の時代と口では言って、どうすればその個性というものを育てられるのか、具体例をさっぱり示さない教育者の言葉より、このつんくの本の方が数十倍の説得力を持つ。
8時、替え歌パティオにてるくはのるの歌一曲アップして、参宮橋まで。タクシーでほんの5〜6分の距離だが、その間に“小雨ですかね”“少しシャリシャリしているみたいですね”“あれ、雪ですねえ”となり、着いたときには霏々たる大雪となっている。参宮橋『くりくり』でG社Nくんと食事。映画配給会社の女性を同伴。以前『踊るマハラジャ』で映画評を書いたときの担当。映画評論家たちのおウワサで盛り 上がる。あと、友人知人連の悪口(笑)。
この『くりくり』は東京の名物レストランで、中島みゆきも秘かな常連という無国籍料理店。結婚して最初に住んだアパートがここから歩いて1分の場所だったので、おなじみになった。シシカバブ、鱈のカレーソース、ルンピアなど。ルンピアはカニコロッケの中味を湯葉でくるんで焼いたような料理で、確かにここ以外で食べたことがない。四人でワイン2本あける。12時近く、帰宅。雪は止んでいた。