タイトルに意味はない。８時起き。昨日、歯医者で前歯の根に神経を殺す薬を入れたが、その薬のせいで、前歯がジコジコする。微熱もあるのか、口の中がカラカラになっている。朝食、コーンスープにフルーツサラダ。

　午前中、ワイドショーに出ている岡田斗司夫氏見ながら（レギュラーだとは知らなかった。おすぎと木元教子の間の席というのがなんとも）日経ＤＩ原稿ひとつ書き上げ、イラストのＫ子に渡す。それから弁当を作り、風呂入り、電話数本。ＪＵＮＥの原稿の資料を調べるうち、いま話題の九年間の少女軟禁と相通じる事件の記録を発見した。ワイマールの市長がナチによってバイエルンの収容所に十年間閉じ込められ、その間、両足で立つこと、言葉を用いること、手でものを持つことを禁じられ、犬小屋に収容されていた。彼は桶から口でものを食い、這い回って暮らすうち、まったく人間の言葉を忘れて犬になりきり、一九四五年、アメリカ軍が解放に来たとき、おびえて彼らに向い、ワンワン吠えたという。十年という時間は一人の教養ある人間の人格を完全に破壊するに充分なのであるねえ。

　昼飯は昨日と同じしらすご飯。渋谷の編集プロダクションから業界ＰＲ誌のインタビュー記事依頼。食べて少し休み、ベッドで資料いろいろ読み漁る。小版カストリ雑誌『人情講談』の表紙文句のルビが実にいい。“完全な前戯と寝技決定版”の読みが“よがりのこえもふたりなかよく”、“売られる娘の実態”が“かくしてしょじょはうばわれる”、“色道夫婦の生態裏の裏”が“ねやのひめごとくのおく”“女を射落とす秘中の秘”が“このてをつかえばころりとまいる”“灼熱の愛欲色道競艶録”が“まなつのよるのねやくらべ”。

　起きてまた原稿。Ｈ書房Ａさん、Ｆ書房Ｙさんから電話。宣伝代理店に電話して、『アイアン・ジャイアント』の試写に人を連れていく許可を取る。評論家の日下三蔵さんからワセダ・ミステリ・クラブで講演の依頼。残念、沖縄行きと重なっているです。ＪＵＮＥ、５時ころアゲ。

　５時半、銀座に出る。アートグラフ・フォトスクールでやまだしげる氏とトーク。少し早くついたので周辺をブラついていたら、ファンだという女の子に呼び止められる。彼女、近くのドトールに駆け込んでペンを借り、サインしてくださいと手帳を差し出す。わー、とか、うひー、とか、やたら興奮していた。私とか岡田斗司夫というのは、どちらかというと現実感の希薄なキャラだから、街でバッタリ出会うというのは事件なんだろうな。６時ちょっと過ぎに会場へ。他に被写体となったアーティスト三人、司会進行に現代美術評論家の大島浩氏。聴衆は全部で十人程度だが、日記見てきてくれた人が三人（女房入れると四人）もいた。感謝します。

　他の人たちが（やまだ氏含めて）あまりしゃべらないので、大島さんと私でほとんど話す。大島さんは、被写体のアーティストたちがいずれも自分のイメージを壊そうとして壊しきれておらず、結果としていかにものアーティスト像になってしまっているのがダメ、という。私は、そういう写真が数十、数百揃うことで、逆に現代におけるアーティストと名乗るものたちの基本思考が浮かびあがってくるのではないか、と語る。対立点のあるトークは面白くなるもので、聴衆も真面目に聞いていてくれた。

　そのあと、近くの居酒屋に場所を移す。抽象日本画家の山口健児さん、漫画家の伊藤ゆかりさんなどを交え、大島さんとさっきの続き。殻を破って新しいものを追及していくが芸術の役割、という大島さんに、私と伊藤さんがソレは古い、実は幻想でしかなかった殻の方に今は注目すべき、とツッコむ。現代アーティストがおしなべてアブジェクシオン以前の前エディプス期に故意にとどまろうとしている風潮があることは、かつての父性、宗教、成長儀礼といった“殻”が無効化しているためなのではないか、などという話を聞いている山口さん、ヌーボーとした感じのいいところの坊やふうだが、年齢を聞いたらもう３５。抽象日本画などというものをやっているとやはり貧乏で、今まで親のスネを齧ってましたが、とうとう今年仕送りを打ち切られたので、本屋の店員になります、とニコニコしながら言う。まさに前エディプス期のハザカイにいる人格。そう言えば、やまだ氏が彼を撮った写真で最も気にいっているものが、冷蔵庫の中に全裸の彼が頭をつっこんでいる、という構図だったそうな。暗喩きわまりない。

　そこの居酒屋（やる気茶屋）に、『スマップ鍋』なるメニューがあった。頼んでみると、五人のメンバーにちなんだ具が入っているとかで、キムチ（キムタク）、アサリ貝（ナカイ）、カキ（イナガキ）、鶏肉（カトリ）、春菊（クサナギ）。春菊は草か？　シャレにしても苦しい。