裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

8日

金曜日

天安門や三度笠

♪腕と度胸じゃ負けないけれどなぜか党にはチョイと弱い〜

※ミリオン原作 『青ひげ公の城』観劇

朝8時に目が覚める。5時間睡眠か。ちゃんとシャワー浴び、9時には朝食をとる。スイカ、ヨーグルト(ブルーベリーゼリーがけ)、ミルクコーヒー。

気鬱悶々であったが、あることで急に気が軽くなる。人間なんて単純なものだ。
『エンサイスロペディア』キャプション書く。100wくらいのもの二ツ程度の文字量だが、これくらいあるとちょっとした内容のある文章が書けるもの。

それから、ミリオンのリスト。これまで書いた原作が8本、本の全体の流れをチェックするために残り7本の原作のネタ出し。これが本のテーマが“猟奇”と“お涙”という正反対なものなので、それに見合った実話で、かつネタがかぶらないもの、というのを探すのが大変。とはいえ、探すとまだ人にそんなに知られていない特ネタというのはあるもの。驚くべき理由で殺人を犯す人々の心理を思うと、人間てこういう思考形態をとるんだ、とつくづく感心してしまいたくなる。

昼飯食わぬまま、事務所へ。母が来ていて、オノと笑い話していた。某社社長との会談の話、こっちが場所をカン違いしていた。なんとかいろいろ資料庫などあさって、5時半、原稿アゲる。

6時、事務所を出て新宿までタクシー、中央線で阿佐谷。その最中に電話二軒。12月からの仕事について旧友より、また某社より、報告あり。

阿佐谷でクロックムッシュを一切れとオレンジジュース買って、ザムザ阿佐谷。川上史津子さんよりお誘いいただいた、劇団☆A・P・B−Tokyo公演、寺山修司『青ひげ公の城』観劇。

劇場内に入ったときから、すでに出演者たちがそれぞれ大道具(係)になったり、ヘアメイクになったり、掃除係になったりして、また、お客を席に誘導する。このあいだの公演で見て忘れられない印象(ビン・ラディンそっくり!)を残したたんぽぽおさむさんが席まで案内してくれた。ここからもう、“舞台”は始まっているのだ。

そして、主役、というか狂言回しというか、語り手というかの青ひげ公七番目の妻役を演じるこもだまりが、本名で出てくるところから、舞台空間は急速に解体されていく。だいたい、芝居というのを観る人は、役者の素顔も知っている。芝居を観るということは、その役者が成りきっている役の心に感情移入しつつ、演技者としての役者の感情にもまた興味を持つ、という、二面の心理で舞台を楽しむ。
「この演技、うまいなあ」
という感心は“役者”の内心を忖度しての感想だし、
「主人公が可哀相で泣けてくる」
というのは“役”の心への感情移入だ。普通、芝居を観るということは、この二つの心理を使い分けつつ観ていくということであり、うまい芝居とは、最初使い分けをしながら観ている観客が、途中から役の方への感情移入一本に支配され、演劇空間にひきずりこまれていくことを言う。これが芝居を観る快感でもある。

しかし、寺山修司はこの芝居で、観客に、その中に入り浸る快感を味あわせない。芝居が順調に進行していったかと思うとまた舞台監督が出てきてダメを出したり、役者がいきなり素に戻って“休憩ですよ”と客に告げたり、なかなか観客に、芝居を楽しませない工夫がなされている。いや、そういう作りながら、
「僕の芝居のお客さんなら、こういう風に“演劇そのもの”の解体実験の知的ゲームを楽しめるよね」
という、非常にひねくれたサービスをしているのである。ここらが寺山修司という人物への生前の毀誉褒貶相半ばする評価の原因だったのだろうな、と思う。

そして、実際はその素の部分ですら、当然だが役者の演技なのに、観客はその二重構造で、鬼才・テラヤマによる演劇の解体と再構築を体験したつもりになって、それを理解できる自分の頭のよさ(テラヤマ理解度)に満足する。ところが満足しきったあたりで、最後に解体されたセットの中、こもだまりが
「そうです、こうやってしゃべっている言葉も実は台詞なんです」
と、そこらの趣向まで解体し、徹底して芝居というシステムをぶち壊し、最後に
「月より遠い場所、そこは……劇場!」
と叫ばせて終る。まさに、演劇空間というのは、そう易々とはたどり着けない、見えているのに遠い空間なのである。

私は正直なところ、テラヤマ芝居には疎い人間なので、一部ついていくのがやっと、という案配ではあったが、それでも、演技者の個性が極めて突出しているこの舞台であれば、その演技を離れた個性に注目させしていれば十分に楽しめる、と思って中盤、放り出されないようにしていた。どうも、偶然だがその観方がよかったのではないかと思う。結果的に、寺山修司の仕掛けた舞台空間解体にハマれることが出来たようだ。

たんぽぽおさむはもとより、『ガオレンジャー』でツエツエを演じていた斉藤レイ、歌舞伎の女形出身で本当に女性声が出せる福谷誠治、アイドル(何アイドルなのかな)の桃井ふりるなど、ユニークなメンバーの集合体。川上さんは台所女中で芝居の説明役も兼ねるアリスとテレスの漫才コンビのうちのアリス役。少女っぽくディフォルメした演技が似合ってた(この人は作り込む役が実にうまいなあ)。

そして、何と言っても目を引き、笑いをさらい、かつ、芝居を解体しつつも芝居は進んでいく、という、そのツナギメの役を演じていたのがマメ山田。映画で出てくると案外フツウに見えるのだが、やはり生で舞台で観ると、実にインパクトがある。実に小さい。ミスター・ポーン無きいま、舞台上にテラヤマ的異空間を現出させられるマメ山田の存在感は本当にホントウに貴重だと思う。

とはいえ、永遠に客が入り続けるのではないかとさえ思われたほどの凄い客の入り。この中で3時間過ごして、体力はかなり衰えた。川上さんにご挨拶のみして、帰宅。明日は早い(7時15分に迎えの車がくる)ので、早く寝ねばと思うのだが、サントクで買ったシュウマイと、でんたるさんからいただいたシシャモの燻製とでビール、うまいので酒が進み、ホッピー、それから水割りカンまで行ってしまった。1時就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa