裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

3日

水曜日

ピーター・キャッシング

返済のない場合は胸に杭を打ち込みに行きますよ。

朝5時過ぎ目を覚ますが、ちょっと早すぎと思ってもう一寝入りと思ったら8時45分まで寝てしまっていた。3時間45分と言えば、一日の総睡眠量がそれくらい、という人もいるだろう。急いで入浴し、朝食。スープ、ビワ2顆、バナナ一本。シイタケ末入りトマトジュース。スケジュールチェックなど。連休はほぼ毎晩どこかしらで飲み会。
早めに弁当(ヅケ焼き)、家を出て日本橋。お江戸日本橋亭にて『南湖・たま二人会』。日本橋亭は久しぶりなのでひょっとして迷うかもしれない、と時間に余裕を持って出かけたが、案の定というかなんというか、間違って京橋で降りてしまい、また地下鉄乗って三越前まで。予想していたのが頭がいい証拠か、あれだけ通っているところで迷うのがバカの証拠か。

会場着、南湖さんが自分で受付をしていたのに驚く。このあいだの彼の人前結婚式に送った花のお礼を言われ、原稿を書いた(何と巻頭に載っていた)同人誌を貰う。『大坂城』というシンプルすぎるようなタイトルの同人誌で、どういう意味かと思ったらリリー・フランキーの『東京タワー』のパロディだそうである。『通天閣』では露骨すぎる、と思ったのだろうか。

開口一番が笑福亭たま。たまさんはいつぞや、ところも同じ日本橋亭で、昼酒に酔って道に迷い、路上で寝てしまってすんでのところでトンデモ落語会を抜くところだった(04年7月18日の日記参照)福笑師匠の一番弟子。なんと京大経済学部卒の超インテリ落語家(東京に東大出の落語家がいないことを考えると日本一の学歴を持つ落語家ではないのか)、顔も端正な二枚目。ところが口調は私の聞いた関西落語家の中でもかなりのディープな上方言葉である。

その人が出てきて、どんな演目をやるかと思ったら最初にクイズと称して、
「空手の最中に笛が鳴ると飲みたくなるものは?」
「カフェラテ(か笛らて)」
などという本当にどーしよーもないことをやり、ちょっと呆れるが本題で演じたのがなんと『江戸荒物』。大阪で江戸文物が流行ったことがあるそうで、その流行にのっかって店を開き、店番も江戸弁でやろうとする男の話。要するに、大阪人が見た江戸っ子の発音と口調の、悪意ある誤解を元にしたディフォルマシオンを、東京の客に聞かせようというかなりひねくれた発想で演じられる高座で、なるほど、さすが京大出の人の発想だと秘かに嬉しくなる。こういう思いつきが私は大好きなのである。これでもうたまのファンになった。
「シばちにシがへえってねえからシィー持ってこいってンだァ」
というような感じである。

この話、大阪では前座話だそうだが、ずいぶん前に確か桂三枝で聞いたことがあるような記憶が……(定かでない)。中に
「そこのターシをくんねえ」
「ターシ……ああ、切り藁かいな」
というくすぐりがあった。これはちょっと“切り藁”という言葉が一般的でない(最近は大阪でもタワシだろう)のでピンと来ず。

南湖さんは最初の一席が『般若寺の焼き討ち』、大阪人が拍手して喜ぶ“家康いじめ”ばなしの一席。このネタも、これをわざわざ東京でかけるという姿勢がいい。この若い(どちらも三十代あたま)二人の反逆心をよく表している。家康が厠に入って小便をするシーンで
「ジョンジョロリンジョンジョロリン」
とオノマトペを入れ、
「何もこんな描写せんでええのにしてしまうのが上方講談でございまして」
とやる。この、現代ではどうかと思う演出をちゃんと保存しているところに、大阪講談の面白さがある。

次がゲストの三遊亭歌彦。演目は『片棒』。以前どこだかでこの人の落語を聞いたときも片棒だった。談笑の『片棒・改』とか、鯉朝の『北朝鮮の片棒』ばかりしょっちゅう聞いている身としては、かえってこういうオーソドックスな片棒を聞くのは新鮮だったりする。ことに神田囃子の“てんてれつく、ひーとろとろ”のお囃子の文句を聞いているうちに、自然に顔がほころんでくる。三十数年前の純真だったころの落語ファンにもどってしまった。まあ、たまにはこういうのもいいでしょう。

それにしても、客席に一人の知りあいもいない演芸会もひさしぶり。後半は南湖が『豪傑の母』、真柄十郎左衛門の母親であった怪力女の嫁入りの話。そしてたまが『遊山船』。聞いている途中で携帯が鳴ってしまい(休日だから編集からの電話もあるまいと油断していた)ちょっとバツの悪い思いをする。

終わって、南湖さんに同人誌の原稿料いただく。固辞するがどうしてもと言われて仕方なく受け取り、打ち上げ誘われてつきあう。と、言ってもたまさん、南湖さんと私と、三人きり。連休中の日本橋の真っ昼間(まだ2時半)というので、場所があるかと思ったが、満留賀という蕎麦屋が開いていたのでそこに入って。

二人の話が面白く、板わさ、野菜てんぷら、煮かつなど肴に盛り上がる。東京のこういう店らしく、おばちゃんの応対はぶっきらぼうだったが、注文にはことごとく応じてくれて、追い出されもしなかったのは感心。いろいろと上方落語や若手落語家の裏話を聞く。ここに書けないような内容ばかりなのが惜しい。

大阪ではみんな“今のうちに米朝師匠を聞いておけ”と落語ファンが言っているそうである。すでに常人の状態ではないほどの衰え方らしいが、それだけに今、聞いておかないともう聞けなくなる、という意識が働くそうである。ここらへんが、小さんの晩年、
「悲しくなるからもう高座に上がらないで欲しい」
という声が主だった東京のファンとの違いか、と思う。

先ほどのタワシの件で、たまさんからタワシの語源について訊ねられる。
「“束ねる”から来ているんでしょう」
とちゃらっぽこを答えておくが、たまさんは感心して
「なるほど、同じ藁を束ねて切った製品でも、関西はそれの切るというところに注目して、東京では束ねる方に着目するわけですね」
と言っていて、ちょっと内心で責任を感じる(帰宅してから調べたらタワシはすなわち束子で、藁を束ねたところからついた名称とあり、間違っていなかった。ホッとした)。

4時半ころまで2時間、ビール飲んで、最後に蕎麦で〆る。ここの蕎麦は二段重ねが基本で、なかなか本式。味はそこそこ。唐辛子をかけて食べるやり方(長野の末広庵で覚えた)を教えたら南湖さんもたまさんも“これはうまい、今度人にも教えよう”と言っていた。

この店は当然おごり、夜の件もあるのでタクシーで渋谷に向かうが、三人の蕎麦代とタクシー代あわせてちょうど、同人誌の原稿料でまかなえて、余計な出費にならなかった。結構である。

ビールの酔いを醒すために1時間ほど寝る。その後、届いていた楽工社のと学会年鑑ゲラチェックをやって、それからロフトに向かおうと計画していたのだが、ちょっと確認に、と予定表を見たらなんと7時開演ではなく6時半開演。時間を見たらすでに6時5分。ちょっとあせって、タクシー拾ってロフトへ。なんとか間に合う。山本会長、皆神さんという、今日のために大阪から上京してきた二人と雑談。今日は大阪からの人とばかり会う日だな。

会場はすでに立ち見、というか、エレベーター降りたあたりの通路(というかロフトの外)にまで人があふれる超満員の状況。植木さんがまだ来てないので主催代表のIPPANさんがちょっとあせっているが、10分オシで6時40分開始の6時半に到着した。やはり私と同様、7時開演と思い込んでいたらしい。『ポケット!』のヘビーリスナーのKOWさんやコーチングブレーンのjyamaさん、カスミ書房さんや熊大・天動説の方々なども来てくれていた。金沢からはBくんも来てくれて、驚いたら本チャンの大賞に所用で来られないから、の由。ただ、あまりに客が多くて、みなさんにロクな挨拶も出来ず。

すぐ壇上に談之助さん、会長、植木さん、皆神さん、私という順に並び、私が総合司会という感じでトークを始める。最初の一時間はフリートーク、それから皆神さんのネタ(『ダ・ヴィンチ・コード最終解読』)に移って休憩、その後山本会長のネタ(自身監修したゲーム『デストロイ・オール・ヒューマンズ』、海外オタク漫画など)をやってもらいまたトーク、告知という流れ。途中で声ちゃんも来たというので、ドラミちゃんメイドのコスプレのあやさんと一緒に壇上に上げる。

トークに関しては一騎当千といったメンバー(第一回のトンデモ本大賞のとき、某出版社の編集が“路上観察学会の三倍は面白い”と言ったのがお墨付き)なので受けに関してまったく心配はないが、IPPANさんとも話したが、ここであんまりお腹一杯にさせてはかえって大賞授賞式そのものはもういいや、になってしまう可能性があり、少しトンデモネタは抑え気味にして(Bくんには悪いが)もらおう、と思い、ガリ版印刷はじめ、いろんな話題をふってバカ話率を高くする。最後の、あやさん入ってのやおい本話が大ウケだった。話が本当にトリトメなく拡散してきたあたりで
「そういう話は打ち上げでやろうよ!」
とやってポン、と〆る。

サイン本も好調、かなりの売れ行きを示す。……しかし、ということはみんな刊行時に買ってないのか? チェック原稿を楽工社Kさんに渡す。みんなはこの次の例会で渡す予定らしく、これで原稿の遅れを取り戻せた。帰り際にロフト開店時からの常連(さいとうさん曰く「私より古い」)のおじさんからいろいろ話しかけられてやや往生。会長も、例のアカギくんにつきまとわれていた。ロフトも富久町時代からいる客はやはりクセモノ揃い。外に出たら、どこかで見覚えのある顔ぶれが。中心にいたのが池田俊介さん(『キカイダー01』、『帰ってきたウルトラマン』の南隊員)で、彼を囲んでこのビルの上でファンの会合があったらしい。握手して、“リアルタイムのファンです”と挨拶。

新田五郎さん、K川さん、S井さん、クララ・キインさんなどと学会メンバーと『青葉』に場所を移して打ち上げ。青島ビールに紹興酒。シジミの辛炒め、カエルの殻炒め(こないだの飄香と同じ丸唐辛子を使っていて、会長が唐辛子と思わずに齧ってえらい目にあっていた)、アヒルロースト、マコモと豚肉の炒め等々。皆神さんに単身赴任はどうですかと訊ねると
「困ったことにすごく快適なんだよねえ」
と。ひえださんとバーバラがマイミクになりましょうと意気投合していた。

さいとうさんには11日の平山亨ナイトのこと頼まれたり、某件でなぐさめられたり、いろいろ。結局今日のここの飲食代は売り上げでまかなえることになり、金を払わずにすんだ。昼・夜となかなか経済なこと。も少し飲みたかったが、明日も大賞の打ち合せで飲むし、マアイイカと、開田さん夫妻、声ちゃんとタクシー乗り合わせで帰る。でも結局帰ってまた焼酎ホッピー割で飲んで、怪獣映画のDVDをザッピング見して1時半ころ寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa