裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

木曜日

真イカ転生

 するめになりました。朝、7時40分起床。朝食、アスパラガス。あっという間に食べ尽くしてしまった感じ。も少し熟させて、悪くなる寸前の、あのアスパラガス臭さ芬々のものを食べてみたかったが、待てなかった。K子にはトマト、サヤエンドウ と一緒に焼いた目玉焼き。

 寝床で『女優・杉村春子』(中丸美繪)を読む。徳川夢声と文学座で共演したときの写真が載っているが、夢声は杉村の人生の中では憎まれ役だったようだ。なにしろセリフを覚えない(これは夢声日記にも自分で書いていて、丸山定夫から練習の帰り途、頭を下げられて“どうかセリフを覚えてください”と言われた、とツラリとして書いている)ので有名な人である。しかも、この本によると、セリフの入っていない夢声にはプロンプターがついたが、夢声は後ろからセリフを教えられると、ひと呼吸おいて、必ず違うセリフを言ったという。夢声は結局、“役者”ではなく“芸人”であったのだろう。どんな役を演じても、それはその役ではなく、徳川夢声という人物なのである。個性を殺して、人の台本通りにしゃべるのがどうしてもイヤだったのだと思われる。しかし、脚本を何度も何度も練習して、自分の心から出る言葉と同一化させるまで身に染み込ませるのが当然の役者が、そんな相手と芝居が一緒に出来るわけがない。かなり杉村はヒステリーをおこしたことだろう。私も昔、新劇出身の人といっしょに舞台にたったとき、こっちがさっぱりダンドリを覚えようとしないでいるので、むこうがカンシャクを起こしたことがある。彼らは練習を徹底して行い、完璧にそれを演じられるところまで行ってから本舞台にかける。しかし私は、練習で完璧にしてしまっては本舞台でテンションが上がらないじゃないの、と考えるタイプなのである。実際、本舞台の第一回では、私がむしろ彼を食ってしまった(さすがに二回目は彼が本調子を取り戻して主導権を握ったが)。前にも書いたかも知れないが、その後の打ち上げで、彼がくやし そうに言ったものである。
「……なんであれを練習のときやってくれないんですか!」
 私にとってはナンセンスな言なのだが、彼、というか、役者にとってはこれが正直なところなのだろう。この本のこのくだりを読んで、夢声の方にどちらかというと私は同情的なのである。演劇から演芸に比重を移していったのも、その思いが強いからだと思う。だから、舞台上でのアドリブをどんどんと出してきて、話が毎日変わっていく、というようなうわの空が、あれで演劇たりえている、ということに凄まじい興 味を覚えるのだ。

 で、そのうわの空一座、いよいよベギラマがデビュー(コント公演)と決まったらしい。メールが来た。うわの空はこれからどんどんメジャーになっていくと思うので(甘いものにはアリはたかる)、今のあそこに籍を置くのは彼女にとり、いいことだと思う。別に、メジャーになるのがいいのではない。人が時を得て急速に勢いづいていく、その様子を近くで見ることほど楽しいことはちょっとない。あと、25日の日記で名前を出した坂本サク氏は、なんと彼女の高校時代の空手部の先輩なのだとか。坂本氏を見てずいぶん若いなあ、と思っていたのに、ベギラマはそれより二つも年下なのか。いや、何か彼女のこれまでの人生のヘビーさに、つい、実年齢よりずっとお 姉サン的イメージを持ってしまっていた。

 と学会東京大会の実務でメールやりとり。1時半に雑用で青山まで出かけ、そこでカレーを掻き込んであわただしく昼飯。そこの店に置いてあった『週刊現代』の古いので、やっと見損ねていたヤワラちゃんのセクシー写真というのを見てうなる。まあとにかく。渋谷へとって返して時間割。フジテレビ『トリビアの泉』プロデューサーM氏と打ち合わせ。深夜1時からいきなり水曜9時移行ということで、いろいろあわただしい。引き続き、スーパーバイザーとしてネタ担当をやることになる。こちらからの要望としては、深夜ワクで見ていた人たちを置いてきぼりにするような変更はなるべくしないでほしい、というだけ。番組本にもかかわることになるが、てっきりフ ジだから扶桑社かと思ったら、講談社からの出版なのだそうな。

 打ち合わせ終わって、帰宅、原稿書き始めるが、極端に体がくたびれ、ドッと横になって、ヨダレを垂らして寝てしまう。4時、起き出してまた原稿書き。6時、海拓舎H社長来宅。『壁際の名言』著者校用ゲラを持参してくれる。オビに『トリビアの泉』の名を入れたいという。ちょうど番組再開の時期と刊行が重なるし、それもいいか。再度ゲラに目を通す。ちょうど、この日記で語っている人生訓まがいのものをまとめた感じのエッセイ集になっている。読んでいる最中に永瀬さんから電話、会場費が今、申し込んでいる時間帯より30分早く終わればウン万いくら安くなる、とのこ と。撤収作業などをサクサクやればうまくいくのではないか、と話す。

 K子から『月光』のエッセイマンガのネタをよこせと言われているので、洋モノ雑誌からいくつかネタを拾い、メール。まったく、一日に出来る仕事量の少なさにはつくづくウンザリする。9時、花菜でK子と食事。タラの天ぷら、厚揚げ野沢菜添え、蕎麦の芽のオシタシなど。もりを最後に一枚。そば湯割焼酎を三杯くらい飲んだ。近所のスーパーで野菜類買って帰る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa