裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

16日

金曜日

マブチモーオタ

 真渕くんは今日もモーニング娘。のコンサートに行きました。朝、7時半起床。朝食、発芽玄米粥、梅干。ブラッドオレンジ小一個。新聞にロバート・スタック死去の報。14日、84歳。日本とのかかわりで言えば、国辱映画、とまで言われたサミュエル・フラーの『東京暗黒街・竹の家』に主演したことで有名。この作品に描かれた戦後まもない日本の情景は、今見ると実にキッチュで凄まじい。DVD出ないかな。

 小雨パラつくが昨日ほどでなし。日記のタイトル駄洒落をまとめて、日記本MLにアップ。ちくま文庫の色川武大原稿ゲラチェック。論旨がわかりやすいように一行、付け足す。しかし、武大(本名)というのは、字面だけ見ればいさましいが、この名で最も知られているキャラクターは、水滸伝で、女房の藩金蓮にあいそをつかされて殺される、寸足らずの醜男(武松の弟)であろう。なんでまたそんな名を息子につけたか。色川氏の親は水滸伝を読んだことがなかったか?

 3時に京橋で映画を観る予定なのだが、原稿も片付けねばならない。Web現代を大急ぎでやる。無理にもと急いで、10枚、2時過ぎまでに何とかアゲた。新宿アートビレッジや恵比寿のスペース50のことなどを書いたので、だいぶノスタルジックな気分に書きながらひたってしまった。ああいうアヤシゲな場所がどんどん、東京か らなくなっていくなあ。

 書いてすぐ家を飛び出し、銀座線にて京橋フィルムセンター。“逝ける映画人を偲んで”の上映、今日は小林悟『怪談異人幽霊』。DVDも買っているんだが、しかしまあ、一度スクリーンで観てみたいと思って。10分前に入ったが、平日の昼間だというのに場内は8分の入り。みんな、こういう映画好きなんだねえ。昼飯を食っていなかったので、ロビーでサンドイッチ食べていたら、春風亭昇輔さんに挨拶された。快楽亭に“ぜひ観とけ”と勧められたとか。しかし、フィルム残っているもんですねえ、と言うので、いや、倒産のときに差し押さえられて四散したものが、きっとあっ ちこっちに残ってる、探せばもっと出てくるよ、などと話す。

 すいません、唐沢俊一さんですか、ファンです、と、また女性から声かけられた。こないだここに『悶絶! どんでん返し』観にきたときも読者に挨拶されたし(後で掲示板に書きこんできてくれた)、まあ、私の読者ならば、こういう映画をそれは観 にくるよなあ、と思う。

 小林悟はピンク映画専門に実に400本以上の作品を残した多作家。
http://www.jmdb.ne.jp/person/p0181230.htm
 ここを見ると、いかに凄まじい作品歴か、ということがわかる。よくまあ、これだけエロタイトルを並べて、同じ題名が重ならなかったものだ。1978年度の作品タイトルが『感じるわ』『見られたいの』『そこがいいの』『もれちゃう』『どうにでもして』と連続ものみたいになっているのが笑える。81年の『舌めたしかえし』というのは誤植か? 何と読むのだろう。で、今回の『異人幽霊』はフィルムセンターのパンフレットにも“極めて珍しい一本”と書かれた珍作である。見て、なるほど、珍しい、と感嘆。逆に言うと、普通にはそれ以上の価値がない、と言っていい出来である。大体、“異人”というから横浜か神戸の異人館が舞台だと思うだろうが、全然そんなものは出てこない。殺された外人女が幽霊になって出るので異人幽霊である。 現代劇で異人はないだろう、異人は。

 なんで外人を出したかというと、AIPを通じてアメリカで公開するために、あちらの人を多くキャスティングしたらしい。タイトルにも、『怪談異人幽霊』と出た下に“GHOST FROM THE CONTINENT”と英題が出る。大陸からの幽霊というのも凄まじいが、しかし、外人をキャスティングしたといっても、あちらから呼んで来られるわけもなく、要するに素人をたくさん出しただけのわけで、演技レベルが全体としてぐっと下がるという効果しか果たしていない。特に幽霊になるペギーという女性役のロミー・マイがひどい。それを殺す夫役はエンベル・アルテンバイ。特撮ファンには、『スーパージャイアンツ・人工衛星と人類の破滅』『ガンマ3号宇宙大作戦』などに始まって、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『仮面ライダー』『レインボーマン』『コンドールマン』『ジャスピオン』と、華麗な出演歴を誇る人だが、大月ウルフなどに比べてイマイチ存在感が薄いのは、その演技力にいささか(いや、かなり)難があるからで、それがこの作品では堂々と主役格、セリフも多いが、ヘタクソさがかえって際だつのである。扇町京子と森の中での情事中、蛇が出てきて、扇町が“キャッ、蛇よ!”と叫ぶと、アルテンバイ先生、それに答えて
「オー! スネーク!」
 と叫ぶ。ここでもう、大笑いである。妻を崖から事故に見せかけて突き落とし、道路に飛び出して車を止めて、その運転手に
「マイワイフ、……崖カラオチタ!」
 と日英チャンポンで叫ぶ。これまた大笑い。さらに、妻の宝石と、扇町の銀行預金 を合わせると三千万の大金になる、と話して、
「ワタシタチ、オーガネモチね!」
 と喜ぶシーンでは息がつまりそうになった。『コンドールマン』では彼は食糧危機の日本に輸入食品を高く売りつけにくる輸送船の船長役で、やはり“コレデ、ワレワレハ、オーガネモチね!”と叫んでいた。この人の決めゼリフか、と可笑しかったの である。

 ストーリィもいいかげんで、幽霊の復讐ばなしか、と思って見ていると、途中でなんとそれまで主役だった扇町京子がいきなり殺され、脇役だった一条美矢子が唐突に主役になる。そして、彼女の婚約者で弁護士の梅若正二(赤胴鈴之助!)による法廷ドラマになってしまうのである。『女吸血鬼』『花嫁吸血魔』『九十九本目の生娘』などでもドロブケを演じ、新東宝の老婆役ならこの人、という五月藤江も事件の鍵を握る別荘の婆や(アルテンバイは“メイド”と言っているが)役で本領発揮、別荘番役で実生活での彼女の夫、国創典も顔を出していた。いや、それより、映画中にこの当時のお定まりで、キャバレーでのお色気ダンスのシーンがあるのだが、そこで踊るダンサー役が“一条ゆかり”というのにひッくり返った。よく、ストリッパーの一条さゆりと、少女マンガ家の一条ゆかりを間違える人がいて、“マンガ夜話で今日は一条さゆりを取り上げていたが……”などと書いているサイトを見るたびに笑っていたが、実際に一条ゆかりを名乗る踊り子がいたとは。たぶん、弟子スジにでも当たるん だろうが。

 とにかく、B級映画というのは楽しめる。映画そのものより、情報が楽しいのである。地下鉄で昇輔さんとアルテンバイ、よかったですねえ、というような話。落語家の桂蝠丸さんは、扇町京子がフェイバリットアクトレスなのだそうで、今日の映画は見せたかった、と昇輔さん言う。ソレハ珍しい人だねえ、などと。私は昔、この人の顔が大嫌いだったが、今日見たら、知り合いの顔に少し感じが似ているような気がして、ちょっと親近感がわいた。昇輔さんは銀座で降りる。これから清瀬まで行って、入院中の柳昇師匠の見舞いだそうである。

 銀座線表参道で降りて、紀ノ国屋で買い物。荷物が多くなったのでタクシーを使うが、青山通りがバカ混み。上空をヘリコプターが何機も旋回しており、運転手さんと“こら、何かあったね”と話す。後でニュースを見たら、4時ころに桜丘町で路線バスとトラックが大規模な衝突事故を起こしていた。帰宅して、メールなど確認し、それからまた家を出、吉祥寺まで。講談社Yくん、Iくんと『はなさき』で食事。Yくんに原稿の図版用ブツと写真を渡す。Iくんからはメチエ『籤引き将軍足利義教』をいただく。こないだ日記に書いたのを読んで、持ってきてくれたらしい。感謝。

 Iくん、実は、と切り出すが、なんと結婚するそうである。聞いてK子と驚く。いや、そりゃもう彼も年齢から行って、結婚しても何の不思議もないが、風俗マニアの彼がいきなり身を固めるとは、と思ったのである。聞いたら出来ちゃった婚らしい。これもまた、いかにもIくんという感じである。相手はタレントとかか、と聞いたら普通のお嬢さんだという。彼女の家に結婚させてください、と言いにいって、何も知らない両親が、“そんなに急ぐこともないんじゃない?”と言うのに、“いえ、実は 彼女のお腹にはボクの子供がいまして”と言ったときの親の顔が、
「よくマンガで、驚いた表現に目を見開いて、口をあけたまま固まる、というのがありますが、まさかあれがリアルな描写であるとは思いませんでした」
 というものだったそうだ。マア、何はともあれおめでとう、と酒を注ぐ。結婚はいいが、彼がパパになる、というのはちょっと想像しがたいものがある。

 豚耳の煮こごり、酢味噌和え、キンメダイ刺身、それから今日のメインはソイの南蛮漬け。Iくんばなしで盛り上がり、酒を三人(Yくんは最近アル中気味なので今日は控えてウーロン茶を飲んでいた)で一升、あけてしまった。かなり酔ったが、それでも普通に電車に乗り、普通に歩いて帰宅。二日続けて編集部におごってもらったのは何か申し訳ない。11時ころ就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa