裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

日曜日

メニューヒン花子の生涯

 国際的バイオリニストに嫁いだ日本人女性の感動的伝記映画。朝、9時起床。だらだらと起きて朝食。ロールパン一ヶとコンソメスープ。ハナタケというキノコ(鼻茸を連想させてあまりいい名称ではない)をコンソメに入れて食べてみるが、エリンギに似てエリンギより柔らかく、裂くと中がねっとりふんわりという感触で、なかなか おいしい。

 母から電話。家の床暖が壊れたらしい。風呂など寒いが、直すと大がかりになって金がかかるので、どうせあと一年少しで売ってしまうのだから直さないという。家というものも不思議なもので、主がいなくなるとどんどん、古び、ガタが来始める。日 記つけ、調べもの少し。

 昼は漠然と外に出て、カキフライを食うことに決めるが、日曜でキッチンジローは休み、手近でやっているところと言えばキリンビールのカフェレストランのランチのみ。ここは確か料理が出るのが遅いので、何か雑誌でも持って入ろう、と、近隣のコンビニに行くが、めぼしいものなし。ならばと足を伸ばして、大盛堂書店の本店の方に入る。一階は完全に女性向きの品揃え。駅前の文庫センターの方もそういう感じで渋谷は女性客しかいない、と思っているような感じがして、あまり好感持てず。何か私向きのはないか、と思って探すが見つからず、文学・芸術・宗教とかの揃っているB1に行くが、こんどは昼飯待ちながら読むには重いものばかり。ピーナッツのマンガで、ライナスがコーンフレークがベトベトになる前に食べながら読む本を探すとい う話があったが、あれみたいになってきた。

 その地下で、『現代用語の基礎知識2003』があったので立ち読み。鶴岡がマンガ文化の項目を執筆しているのである。ざっと目を通してみたが、大変に結構。いわゆる鶴岡らしさは取り上げる作品の選定(『漫画ゴラク』の作品がこういうところで取り上げられたのは初めてではないか?)に絞り、その内容解説や文体は極めてオーソドックスなものに止めたところが見識である。初めてこういう大舞台に臨むと、オリコウに見られたい病の若い書き手は、つい奇矯な論を立てて目立ってやろう、というような山っ気を起こすものだが、ここでの彼の文章はある意味地味、と言いたくなるまでに“現基知の定番”的であり、見事に与えられた役割を果たしている。感心した。もちろん、その文体がいかにも借り物に見えて息苦しそうなのだが、そこがまた 鶴岡っぽくてよろしい。こういう書き方の方が逆に本当の個性は光る。

 それには満足したが、結局地下では本見つからず、軽いものであればなんでも、とPHP文庫『人はなぜ「占い」や「超能力」に魅かれるのか』(樺旦純)を買って、キリンカフェに戻ってカキフライランチ。待つ間に読み出すが、いや、内容がないことないこと。軽いとかウスいとかはそういうものを求める読者のニーズがある限り必要なことであるが、看板に偽りがあるのは困りものである。タイトルやカバ見返しの文、前書きなどによれば“超常現象というものは多くがトリックであったりインチキであったりする。しかし、それらがあばかれ続けてもなお、超常現象を信じる人の数は減らない。それは何故なのか”がテーマ、であるはずであり、前書きではことさらに“私自身は、「科学的に何の根拠もないものは、みんなインチキだ」という結論を下す気はない”と言い、ウィリアム・ジェームスの白いカラス理論を紹介しているのであるが、それにも関わらず内容は『トンデモ超常現象99の謎』『超能力のトリック』『「超科学」をきる』などからのデータを丸まる引用してのインチキあばき。ユリ・ゲラーの超能力は全て手品、金縛りはみな感覚遮断のせい、UFO目的は認知的バイアスによる……と、ほとんどの超常現象を否定してしまっている。

 そして、その上での、題名にもなっている“人はなぜ、そういうものに魅かれるのか”という論の部分は最後の数ページにごくあっさりと、それは暗示によるものである、と書かれているだけで、
「脳についての研究は、まだ発展途上の段階である。月にロケットを打ち上げ、遺伝子の組み替えによりクローン羊まで誕生させた人間が、一方では迷信を信じ、幽霊を恐れ、言葉一つで明るくもなり落ち込みもする。そんなアンバランスで矛盾したとこ ろが、人間の持つ不可思議、かつ神秘的な部分であるのかもしれない」
 でまとめてしまっている。まあ、それでも本としての体裁はついているのだからいいだろうと思いたいところであるが、この著者の勉強が一夜漬けであるのは、これだけ超常現象否定の見地に立ち、と学会や菊池聡氏の著書から引用していながら、その暗示の威力を示すために、サブリミナル効果のことをホンモノ、として紹介しちまっていることですぐわかる。ウィルソン=ブライアン・キイの『メディア・セックス』あたりを引いて(引用文献一覧にこの本は載ってないのだが)、ウオッカの宣伝には氷の中に女性のヌードの絵が隠されているとか、クラッカーの模様の中にセックスという文字が埋め込まれている、などというヨタを信じて書いているのだ。と学会ファンには釈迦に説法かもしれないが、この著者が信じて書いているらしい“「コーラを飲め」というメッセージを映画のフィルムに挟み混んだら休息時間のコーラの売上げが飛躍的に伸びた”という話は、実験者のジェームズ・ヴィカリ(本書では何故かジム・ピカリーという表記になっている)自身が後にウソと認めている、まったくの都市伝説なのである。

 人間は、超常現象以上に、科学と名の付く記事に魅かれ、信じ込む傾向がある。心霊現象の話やUFOアブダクションを信じ込むことは暗示力よる、という著者の言はそのまま、科学っぽく書かれたサブリミナルのことを疑わずに信じ込んでしまう著者に返ってくるんだな、これが。……などと思いつつ、カキフライランチを食べて、食後のアイスティーを飲み終えるまでに、全部読んでしまった。カキフライランチは、ライスが豆ごはんだったのは点数高いが、タルタルソースだけで醤油もウスターソースもないのは減点。つけあわせが西洋風ヒジキの煮物みたいなもので、奇態な食物で あった。

 帰宅、原稿書き。googleのハイライト、やっと復調したようでめでたい。一行知識掲示板に、昨日の日記のルイベの記述に対し、反論あり。面白そうなので、いや、私はロシア語説にこだわる、と再反論しておく。どう発展するか。4時45分、出て新宿のサウナ&マッサージ。サウナ50分、マッサージ一時間。汗はたっぷりと出たがあまり体にほてりを感じず、マッサージは強く揉み込んでくれたがあまり圧迫 感を感じず。何か体と脳がうまく連携していない感じ。

 帰宅、夕食の準備。鴨と菜の花のみぞれ鍋と、蟹玉。それをおかずに、船山で貰ったアヤメ米の新米を炊いて。K子と新米を、みぞれ鍋で使った蕪の葉のごま油炒めで食べるが、思わずうーむ、とうなるうまさ。あのつさんのところの新米もうまいが、こちらも負けていない。このあいだのが端麗な美味とすると、こっちのは艶麗と表現した方がいいかも。米のうまさなどを体感したのは、ひょっとして四十何年生きてきて初めてかも。DVDで『サインはV!』など見ながら、缶ビール小一カン、焼酎の ソーダ割三杯。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa