裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

4日

月曜日

WARS安二郎

「……そレが、フォースと、言う、ものなンだねエ。」(オビ・ワン:笠智衆)朝、また夢を見る。このところ何故か夢が多い。取材記者シリーズ(シリーズなのか)第二弾。今度は私は木村政彦の謎を追っている。力道山に破れた後、木村はまったく世間の表面から姿を消すが、なぜ、木村ほどの男が力道山にあんなにあっけなく敗れたのか、それを不思議に思って図書館で資料をあさっていた私は、あの試合の数ヶ月後に、木村が弟子の柔道家たち数十人を引き連れて満州へ渡っていることを発見する。なぜ満州へ、と調べると、その背後には、人体を改造して無敵の兵士を作ろうという満州軍の極秘計画があり、その実験のためには、柔道家のがっしりした肉体が必要であったことがわかる。柔道家たちを集めて国家のために働かせるには木村のカリスマが必要で、木村がわざと力道山に挑戦して破れたのは、彼が世間から一時期完全に姿を隠すカムフラージュとして必要であったからなのだった。……時代設定が戦前と戦後とゴッチャになっているが、そこはそれ、夢ですから。

 朝食はK子にカリフラワと卵の炒め物、私はコンソメスープ一杯とクレソンの蒸したの、それと玉林リンゴ。ウチでは朝メシが終わるとすぐ、夫婦で晩メシの相談をする。お互いのスケジュールの都合があるからである。特に休日はやっている店が少ないから、選択肢が限られて難しい。結局、今日もウチで食うことに。

 産経新聞に大野雄二のインタビュー記事があり、最近の自分のジャズライブでも要望が多いのでルパン三世のテーマをジャズにアレンジしてやっている、と語り、“これほど浸透するとは思わなかったが、二十五年前に評価してほしかった、というのが正直なところだ”と、確かに正直なところを語っている。赤ルパンももう二十五年立つのか、と感慨深し。しかし、あの頃われわれはいろんな音楽メディアに、アニメの主題曲にすばらしいものがある、認めろ認めろと騒いで、ラジオやテレビに特番を組ませたりして、だいぶそれまでのところから、アニメ音楽の地位を上げてきたつもりなんだが。要はそれから四半世紀たって、やっと“アニメ”というワクがはずれて、純粋に音楽としてその当時の曲を聴く人々が出てきたということだろう。とはいえ、初代ルパンの山下毅雄ファンの私にとっては、大野雄二の曲はどうも甘すぎてルパンのイメージではないのであるが。『ルパン対クローン』のときも、キネ旬で“音楽が山下毅雄だったらなあ”と嘆かれていたっけ(ただし、私はこの作品に関しては大野雄二の曲が非常にマッチしていると思っている)。

 昼前にぶらりと外へ。好天気で、公会堂・NHKどちらも催しをやっており、凄い人出。青山まで歩き、買い物して帰る。昼は2時ころ、買ってきたラム肉を焼いて、昨日の麦飯の残りで。

 麦飯のような腹持ちのいいものを食うと眠くなる。パソコンの前にハリついていると眠くなるので、書庫にもぐって、同人誌用の書評本を選定。これが、予想されていたことではあるが時間がかかる。しかし、楽しいことは楽しい。“こんな本を買っていたのか”というようなのがボコボコ出てくる。以前は買った本には最低でも一回は目を通していたんだが、それだけ忙しくなって、きちんと本を読む時間がなくなったということである。

 結局、同人誌用のは今日はめぼしいものを探索出来ず。無駄になったか、と思っていたら、山の底の方から、行方不明になっていた洋書が一冊、見つかった。扶桑社のトンデモ本の写真撮影に使う予定のもので、見つからなくなっていたもの。思わず、アッタアッタと叫ぶ。これで今日という日は有意義であった。すぐ、撮影できますと扶桑社のOくんにメール打つ。

 8時半、夕飯の準備。八代目三笑亭可楽の『らくだ』を聞きながら。聞くのは久しぶりである。兄貴分の半次が“オウ、らくだ、いるか”と入ってきて、“や、めえってやがるな”といきなりくる。圓生とかだとまず、らくだの居所を探すところから描写して、台所に突っ伏しているのを発見、寝ているのかと疑い、風邪ェひくぜ、と近寄って、ややあって死んでいることに気がつく……というダンドリを踏むのだが、そういうところ一切すっとばして、“や、めえってやがる”である。なまじ、現行の演者の『らくだ』に慣れていると、いきなり追いてきぼりをくらう。いぶし銀の芸と称される可楽だが、別役実氏によると、これでも録音のものは、その息づかいやメリハリをひろい過ぎていて、高座での噺の、あのすがれた語りを忠実に再現してはいないのだそうである。これでか、と呆れる。早口で小声で、ボソボソと面白くもないような口調で話す(クスグリや人物描写も最小限に止める)芸風は、今だと完全に観客にソッポを向かれるだろう。これにゾクゾクする喜びを覚え、いぶし銀、と讃えた当時の落語ファン、いや、寄席ファンは偉かったなあ、と感心。例え芸人であっても、向こうがこっちを喜ばせてくれるのではない、こっちが向こうのよさをわかって、初めて一人前なのである。

 夕食、シェパーズ・パイに、モヤシと豚バラの蒸しもの。ご飯は新米を炊き、アジの干物で。やはり新米のうまさは格別と見え、K子がおかわりをし、おかずが足りないというので、豚バラの残りとタモギタケを炒めて供する。“なんでこんなにおいしいのかしらねえ”と自分で不思議がっている。部屋が乾燥しているらしく、よそったご飯がすぐパリパリになる。ビデオで、大韓航空事件を描いた韓国映画『真由美』。監督は北朝鮮に拉致されて『プルガサリ』を撮ったあと、脱出して韓国に戻った申相玉。その経緯もあり、あまりの韓国側発表にスリ寄った内容であったため、『クズビデオ49日』というサイトの主催者などは、この映画を元に、あの事件は韓国側の自作自演である、と推理したほどだ。まあ、確かに、この映画で描かれる北朝鮮工作員(真由美と蜂谷真一)はあまりにマヌケ(ビザ無しで入国できる国とできない国の事前調査もしていない)だし、これだけ大がかりな事件を起こすにしてはその目的がきわめてアヤフヤなものだし、普通に考えれば謀略説が出てきて、何の不思議もない。しかし、その大胆かつ緻密な推理も、今回の小泉・金正日会談で、北朝鮮が真由美の日本語教師・李恩恵(映画では大信田礼子!)の存在を認めてしまったために、もろくも崩壊してしまった。推理小説というのはとにかく、犯人が凄まじく高度な知能を有するということを前提としているのであり、犯人がただのバカだった場合、まったく意味をなさなくなってしまうのである。

 それはともかく、映画自体は非常に裏モノっぽく、大満足であった。爆破シーンの特撮はハリウッド製だということだが、最初の飛行シーンの合成が『プラン9・フロム・アウタースペース』並であきれる。よほど金をケチったか、それとも『スペースカッタくん』並みにどっかで中抜きされたか。爆破シーンはさすがに迫力だが、それは乗客がどんどん空中に放り出されたり、火だるまになったりする描写が露骨にあるからで、まずテレビムービー並みである。おまけに音楽が70年代東映調で、爆発のシーンなどに演歌調の曲がえんえんと流れる。K子が大笑い、大喜び。

 捕まってもあくまで自分は日本人の蜂谷真由美だ、と言い張る金賢姫を取り調べるうち、彼女が食事をとるのを見ていた女性捜査官が“あなたは絶対北朝鮮人よ。日本人は食事のあとおこげにお湯をかけて飲んだりしないし、そのお湯でうがいをしたりしないもの!”というところではああ、と感心。李恩恵が日本人のことを教える場面で、“日本人はふすまの桟を決して踏んだりはしないわ”というのには、“今、そんな日本人いねえよ”と失笑。大信田礼子はワンシーンのみのカメオであったが、バーレーンの英国人調査官役のジョージ・ケネディは長々と出る。本当に仕事を選ばないのなあ。見たビデオは吹き替えだったが、これにもあまり金をかけてないと見え、モンティ・パイソン並みに使い回し。緒方賢一なんか七・八役やっていたが、ケネディのみは富田耕生が一役で演じていた。しかも、実話をもとにしているというフレコミだが、ケネディをいい役に描こうと無理しているのがありあり。航空パニックものならジョージ・ケネディを呼んでこないとハクがつかないと考えたんだろうか。イイモノを見た、という感じで酒が進んだ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa