裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

日曜日

雲と一緒にあの山越えて、行けば街道はギラン・バレー

 おいら病人一本注射、腕と足とは動かぬけれど。朝8時起床。朝食、あんぱん(何故?)一個とコーヒー、桃。K子に言われて『UA! ライブラリー』の新刊2点にサインをする。新刊、今回は中川秀幸『父は貧しいニコヨンの。』と、望月みさおの『霊媒尼さん』。どちらも濃いこと濃いこと。中川作品は以前イーストプレスから出した『夜霧のファンタジー』でおなじみだが、望月作品はまとめて一冊にしたのは今回が初めてで、満を待しての登場。

 平塚くんへの図版資料(この間間違えたものを持っていった)を荷造りして、買い物にいくついでに宅急便で出す、つもりが別のことを考えていて、忘れて出てしまいクサる。青山で買い物。飲料水などビンものを買い込んだので帰りの荷が重くて閉口す。途中で何か食べるつもりだったが家まで一旦帰る。

 ワカメとキュウリを添えて、金沢の冷麺。昨日ベギちゃんから、“今、彼と作っている本に一言コメント貰いたいんです”と貰ったくすぐリングスの亀頭たけるさんの同人誌『無菌パンダPR』を読む。彼はマンガの世界では佐藤丸美という名前で知られていて、単行本50冊以上出しているベテランだが、多発性骨髄腫に体を冒されていて、余命2、3年と医者に言われていま、3年目、正念場。正直言って、亀頭たけるが佐藤丸美であることを今まで頭の中で知識としては知っていても、くすぐリングス関係で彼に会って話している最中は、それがどうしても頭の中で結びつかなかったくらい、表に難病の持ち主であることを出さない。実はいまだに結びつかない。何かの冗談だろうとしか、実感というものがわかないのである。……しかし、彼はいま、確実に自分の死期と向かい合っている。

 読み終えた感想は、正直“うらやましい”だった。少なくとも彼の毎日の“生きている”実感は、私のように日々をなすこともなくチンタラ過ごしているものの数倍、十数倍はあるだろう。不可抗力的に天から与えられた生というものは、所詮、死というものを対角に置いてそれを見つめていくことによってでなくては、実感できない。“その生の実感がくすぐリングスなのはいかがなものか”という意見もあるだろう。しかし、生の実感はそういう、高尚ぶらないところでより濃厚に得られるのが本当のところだ。ベギちゃんもこないだの誕生パーティで初めて聞いたが、幼いときの心の傷があり、今、肉体を徹底して安売りしていじめることでその傷を逆に生への実感に転化しようとぐるぐるぐるぐる、底辺の世界で駆けずり回っている。この二人が幸せだとは絶対言えないが、少なくとも、我々より不幸せだ、などと気安く言うこともまた、出来ないのではあるまいか。とりあえず、生の実感というものを“うまいものを食う”とか、“古本を買う”というようなレベルでしか感じとる術を持たぬ身としては。

 実感と言えば、医者から多発性骨髄腫という病名を告げられ、60歳台、70歳台に多い病気と聞かされたときの本人の“俺ってオジン臭いのか? やっぱり猫背が悪いのか?”という感想には凄まじいリアリズムを感じた。これを書けるのは文学ではなくて、やはりマンガだと思う。もはや文学はこういうリアリズムを描写できる技術を無くしてしまった。……私も何か、彼に対し出来ることをしなければと思い、とりあえず、彼の病名をせっかく病名シリーズにしているうちに日記のダジャレタイトルに、と思ったが、どうにも長くて閉口する。どうして難病の名前というのはこう長いものばかりなのか。ナンビョーY子さんの悪性褐色細胞腫もそうだし、彼女のサイトにいる鈴木くんなどに至っては“慢性炎症性脱髄性多発根神経炎”である。舌を噛まずに読むだけでも荷である。“風邪でもひいてろ”と言いたくなる。2時半、コンビニで平塚くんに図版送り、帰って少し寝る。

 6時、東中野ポレポレ座ビル『BOX東中野』に行く。担当のSさんという女性と挨拶。二階の居酒屋でビール飲みながら打ち合わせ。ササキバラゴウさん、K子も。打ち合わせというよりは完全な雑談であり、バカ話。Sさん“Aさん(敢えて名を秘すが東浩紀である)って可愛いですよー。ほっぺたぷるぷるで、二重顎で、髭生やしているからハムスターみたいで”と言う。K子が同人誌渡し、ついでに上映の企画を売り込む。“あ、ソレは面白いですねー!”とSさん乗ってくる。マジに、来年にで もその企画、やろうと話がまとまる。

 7時から『宇宙戦艦ヤマト』第一作を上映。ササキバラさんと“ヤマトで客が入るかね? 10人くらいじゃないの?”と話していたのだが、意外に入って40人ほどの客数。ナンビョーさんのところの嵩くんが来ていた。他はあまり知り合いの顔、なし。……実はあのブーム以来、『さらば宇宙戦艦ヤマト』とか『ヤマトよ永遠に』は原稿書く都合上何度かビデオで目を通したことがあるが、この第一作は、総集編ということもあり、77年の公開時以来、実に四半世紀ぶりの再見である。まあ、感慨もあるかと思ってみたがほとんどなし。と、いうか、ああ、オレはヤマトに関してはこの時点で全部止まっているわ、ということを再確認。タイムラグもなく、あの当時と同じ感興を抱いてしまう(つまり、カットが拙いとか、音楽がダメとか)のである。われわれのオタク活動というのは、つまるところ、“ヤマトを劇場で公開しよう!”というのが最終目標だったオマツリであって、これが実現したところで、もう気はほとんど抜けていたのであった。しかしまあ見ていると、あの頃の“生の実感”の名残みたいなものは感じられ、テーマ曲が流れると“やはりこれは名曲じゃわい”などと思ってしまうのに苦笑。ただし、われわれがリアルタイムで見たバージョンは劇場用にラストが改変され、スターシアが実はすでに死んでいた、ということになっていたヤツだったが、これはあまりの大ヒットにシリーズ化しようとスケベ根性を出した西崎氏が、テレビ版に従ってまとめた再・再編集版であった。……しかし、今気がついたがスターシアの服装ってのは胸と背中が大きく開いた、ずいぶんと大胆なものだったんですな。

 それからササキバラさんと壇上に上がり、ヤマト談義。どうしてもヤマトを話すとなるとオタクの想い出話になり、マンネリなので、今回はテーマの“戦争の快楽”に合わせて、本来、戦争というものはカッコよく、気持ちのいいものなのだ、平和などという陳腐で退屈なものよりはるかに存在の輝きの大きいものなのだ、われわれは実は誰でも心の底で、戦争が大好きなのだ、という持論を述べる。戦争をわれわれが忌避し、遠ざけ、封じ込めておかねばならない理由は実は一にかかってそこにあり、その恐るべき快楽性から目を背けると、戦争がなぜ絶えないかという問題の本質を見損なうことになる、実際、世界の歴史に戦争が絶えないのはそのせいなのである、と語る。これは近く、唐沢流・戦争論としてドコカから発表の予定、と話しながら唐突に決定する。出してくれる出版社募集中。

 終わったあと、いろいろとロビーでお客さんから質問受ける。まず盛り上がってよかった。近くの居酒屋で一杯、とササキバラさん、SFジャパンのO野編集長及び徳間書店のみなさんと一緒に出るが、日曜のことで一杯。東中野銀座通りで焼肉屋に入る。二日連続で焼肉は二十代のころに戻ったようだ。雑談、人の悪口などいろいろ。K子、O野くんの太ったことについてさんざツッコミ、からかうが、最後、ワリカンで、と言うとO野くん、“いや、出しておきます”。そのとたんK子“まあ、O野さん、いままでのこと、全部水に流してあげるわ”“そりゃこっちのセリフじゃないですか!”に大笑い。1時、タクシーで帰宅。

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