裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

火曜日

マラリア四国は讃州那珂郡象頭山金比羅大権現

 熱病フラフラ藪蚊に刺されてシュラシュシュシュ。朝7時半起床。朝食・ピタパンに燻製卵とニシン。果物はスイカ。ワールドコム倒産で世界的株式不況か、というような記事が新聞に踊る中、安室奈美恵の離婚でエイベックスの株が一時ハネ上がったというニュースをテレビで見て苦笑する。SAMも日本経済のためには邪魔っけな異物でしかない。怪獣酒場関係の某氏から、土地の名物の麩のお菓子がお中元で届き、和菓子嫌いなK子がギィイと叫ぶ。平塚くんがコミケ情報をアップしてくれた。

 トイレ読書に池波正太郎『殺しの掟』(講談社文庫)を読んでいる。仕掛人シリーズに先行する殺し屋の短編集でどれも面白いが、“〜してい”という文が頻繁に出てきてどうも読書意欲が減退する。い、は居、である。
「空地には雑草が生い茂ってい、木立もかなり深い」(表題作より)
 と、いう風に使う。池波正太郎の文章のうまさには読むたびに瞠目するのだが、この“〜い”の乱用だけは神経にさわる(後期の作品にも使われているが、頻度は下がる)。どうして“〜しており”という、目にも耳にも素直な書き方をせずに、こういう座りの悪い表現をするのか。池波正太郎だからこれでまだ我慢して読んでいるのであって、同じ書き方をする作家の作品はほとんどその表現が出てきた時点で投げ出す(例えば栗本薫とかもこの書き方をする)。もちろん、書き手としては意識的にそこに読者の目を引きつけるために、わざと目に障る字句の用い方をするテクニックがある(私もときおりやっている)が、池波正太郎の“〜い”はそういう意識もなく、普通に使われている。それだから腹が立つのである。なんでこんなに腹が立つのかを考えると、私が時折朗読をするからであって、一字の“い”というのはまことに声に出して読みにくいのだ。きれいに耳に響かない。思うに、これは江戸時代の川柳に多く 用いられた表現を池波先生が採ったものではないか。
「母の名は 親父の腕に しなびてい」
 というやつである。あれは五七五に合わせるための、無理な使用例なのに。

 昼は外に出る。相変わらず暑いが、昨日に比べれば風もややあり、出ただけで汗が吹き出るという程ではない。ただし湿気は凄まじい。江戸一で回転寿司。隣りに座ったカップルの女性の方が、大変な美女なのだが、残念なことにバランスが悪い。小柄でスレンダーな体に比べ、顔が比率を間違ったのではないかと思うくらい大きい。マンガやアニメの体型そのままである。薄地のシャツを着ていたが、よく襟口から首が出たな、と感心するほどだった。昔のウィアード・コミックに、永遠の美貌を魔術で手に入れた女が、ライバルの呪いで、美しいまま、顔だけが十倍に大きくなってしまう、というオチのがあった。なんとなくそれを思い出す。和服ならこういう体型で大層似合うんだろうが。

 銀行で記帳、振込先を会社の口座にしてから、個人の口座はほとんど閑古鳥であるが、時折間違って古い方へ振り込んだりするところがまだある。古書センターをちょいと冷やかす。四千円ばかし。西武の地下で食料品買い込み。

 帰宅したら電話が連続。幻冬舎Sくん、“以前お渡ししたゲラ、やってくれてますか”ということだが、はるか昔のことなのでとんと忘れていた。来週打ち合わせ。それから廣済堂Iくん、昨日の打ち合わせのときに渡した原稿をメールしてほしいとのこと。手直しをしてから、と思っていたのだが、字組の見本を早く作ってしまいたいとのことなので、急いで送る。あと、石毛さんから、出版社とのやりとりのことなどを聞く。あまり強談判でいかない方がいいと思うが、しかし相手も相手だからなあ。講談社Yくんからは原稿催促と、好美本の解説の字数。

 メールもいろいろ。とりばかま、というHNの人(以前、裏モノ会議室で見かけた名だったな)から、自分のサイトで元・キウイとの往復書簡を連載するのだが、そこでカラサワさんからキウイに宛てたメールが引用されているがかまわないか、という件。キウイにかなり好意的なものなのでどうか、と心配してくれたのだろう。それはかまわないと返答。あのキャラに好意を持っているのは確かだ。問題は意識なのだ。ベギちゃんからは土曜の上野の件について。彼女情報ではDちゃんも最近頑張っていて、今やっている仕事では10日で60枚分の絵を描いたそうである。『文藝』で私が“とにかく量をやんなさい”と説教したのを実践しているのかもしれない。なかなか感心なことである。お中元、長野のヒコク氏から桃がひと箱、届く。好物だが、二人暮らしでは腐らせてしまう。弱った。

 しばらくネットで資料集め。自分の以前書いた筈の文章などを探すのがおかしい。ちゆ12歳で話題にされていた、読書感想文の書き方のページ『読書感想文は一行読めば書ける!』が面白い。読書感想文の課題で夏休みが陰鬱なものになった小中学生時代を送ったものには溜飲が下がるサイトだろう。実際、これは文章の鍛錬によろしい。江國滋が俳句の練習に新聞の訃報欄の、会ったことも名前を聞いたこともない人の訃報を読んで、その追悼句を作るということを勧めていたが、あれに通じるものがある。ただし、惜しいのは、このサイトでその実例としてあがっている例文が、どれもあまり面白くないことだ。発想の飛躍に欠けるというか。ロバート・ベンチリーのエッセイに、橋のかけ方を土木の知識も建築の知識もない人物が大まじめに解説するというナンセンスなものがあった(早川書房『ユーモア・スケッチ傑作選1』所収)が、あのシャレっ気を少し学んでいただきたい気がする。短いものだし、別に感想文を書くわけでもないから、これは通して読んでも無駄にはならないと思う。
http://www.ne.jp/asahi/ymgs/hon/index03_kansou.htm

 9時、夕食の準備。OTCから貰った干物を焼き、ライターのNくんから貰ったソウメンを茹でる(この季節はお中元をいろいろ消費するので食費が助かる)。あと、豆腐とアブラゲ、甘唐辛子を煮付けたもの。甘唐辛子が何か気に入って、このところ食卓に上がること頻々。9時半、K子がフィン語から帰ってきて、食事。ニュース番組で民主党の党首戦の様子を見る。昔の映像を見て、菅直人の若い頃と今との変わり様に驚く。鳩山由紀夫はそう言えば、いつの間にか右目まぶたのところにあったイボがなくなっている。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa