裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

水曜日

脱腸の!

 シャレとしてのどうしようもなさより、元ネタの古さの方が気になりますな。朝、7時45分起床。朝食、トウモロコシ、ソラマメ、クレソン。果物はスイカ。またまた訃報、佐伯清監督死去。『昭和残侠伝』シリーズを創始した、という一事で映画史にその足跡を残した人。映画作家としては天才・マキノ雅弘に一歩を譲るが、しかし娯楽作品とは“定番シーンの組み合わせにある”ということを、徹底してよく心得ていた職人監督であった。変に新しいことをしたがる(新しいことしかしたがらない)坊や監督たちにツメのアカでも煎じて飲ませたい。今の時代からは考えられもしないが(私の時代ですら一種異様に思えた)、その演出する義理と人情の古くささを強調した世界に、時代の変革を求めた70年代安保世代が熱狂したのである。佐伯清自身が作詞した『昭和残侠伝』の主題歌、“背中で泣いてる唐獅子牡丹”の歌詞をもじって橋本治が“背中の銀杏が泣いている”とやったのはまさに時代の叫びであった。

 台風はそれたようだが、まだ天気はおぼつかなし。小野伯父から電話。なんだかまだ昨日の酒が残っているようなロレツで、“ちょっと頼みたいことがあるんだけど”と言う。何かと思えば、ゆうべ銀座でお旦にあって、いきなりダイヤと真珠の入った時計を貰った(この趣味だけであまりまっとうでない相手とわかる)のだそうで、そのお旦なる人物と意気投合し、来年、オノプロを再立ち上げするのにウン千万の金を出してくれることになったので、受け皿となるボードビル小屋建設企画の趣意書を書いてほしい、という依頼。ああ、なんかノスタルジー感じてしまうなあ、バブルのときに東中野にTONO企画とかいう会社作った際、おンなじようなもの書かされたっけ。凝りないなあ(まあ、さすがに金額は4分の1くらいに縮小していたけど)。とりあえず、“書くことはやぶさかじゃありませんけれど、来年のことを今、どたばたするより、今は十月の芸術祭に、意識を散らさず頑張るべきなんじゃないですか”と答えた。“以前の経験でおわかりと思いますけど、大きなお金というのはそう簡単に降りるものじゃなし、あれもこれもとやるより、芸術祭の舞台にその社長を招待して伯父さんのおやりになりたいことをしっかり見せることが大事だと思いますよ”と、なるたけ平常心を保って言うと、“何言ってるんだよ、大丈夫だよ”とハイテンションに返ってくるかと思いきや、いやにフツーな声で“……ウン、そうだな。アンタの言う通りだわ”と来たのでちょっと拍子抜けする。“いみじくも俊ちゃんの言った通り、今、大事なのは舞台だもんな”と。……思うに、伯父も本音ではいきなりウン千万をポイとくれることなど、信じていないのだろう。だが、舞台に向けてテンション高めるために、自分の回りにいろんな凄い状況が渦巻いているんだ、ということを自分で自分に言い聞かせたいのだと思う。この神経は、私にも非常に似通ったところがあるから、よくわかる。とはいえ、それをすぐ電話してくるのは(まあ、ガス抜きなのかも知れないが)困ったもんだが。……それにしても、この前あれだけの剣幕でこちらをののしり、絶縁した人間によく、しゃあしゃあと頼み事をしてくるものであると呆れるが、何らかの理屈をつけてこちらを呼び返したいのか、とも思う。危ないことである。

 昼は雨の中、傘をさして出かけて『兆楽』でミソラーメン。ムシムシと暑いが、こういうときは冷やし中華などでなく、むしろ熱いミソラーメンで暑気払い。酢を入れてスープも飲み干し、汗だくとなる。西武の地下食料品売場で晩の材料を買って帰宅する。夕方のような暗さである。

 お盆進行で〆切が早まっているモノマガジンから原稿催促。こないだメールで金曜〆切と言ってきておいて、木曜日に催促が来るとは理不尽であるが、ハイハイハイと答えて書きにかかる。ネットで資料検索するがダメ。昔、館淳一氏がインターネットに入れば資料などいらなくなると私に勧めたが、私に関してはダメである。例えば今回の原稿、ヒットラーがそのチョビ髭を、誰の髭をモデルにしたかという件を、検索エンジンにありとあらゆるキーワードをぶち込んでも出てこない。書庫にもぐりこんで記憶を頼りにそのことが記載されている本を探し、やっとドイツ労働者党の経済学者、ゴットフリート・フェーダーであることを探し当てる。

 5時半までやって原稿完成、メールする。母からメール来ていて、やはり伯父から母のところにも電話あったそうな。例の時計の話もしたので“趣味の悪い人だね”と言ってやったら、“ま、そだな”と、やはり気味悪いくらい素直だったとか。何なんだろうね。私には言わなかったが、やはりそのお旦、ヤクザと関係がある人物なんだそうで、これは絶対関わらぬようにしよう、と決意。ヘタするとマネー・ロンダリングに利用されかねない。気圧無茶苦茶、体の調子はそんなに悪くないが、左足が脚気をわずらったみたいにパンパンに腫れて、歩行もちょっと困難になる。マッサージに行き、フットケアをしてもらおうと思い、新宿へ。

 足専用のベッドに寝かされて、左足をつま先の方からつけねの方に、絞るように揉みあげてもらう。そうしたら、足はスマートになったが、今度は鼻がつまりだして、グズグズになる。水気が上に上がったためであろう。人体の単純さに呆れる。腎臓とか肝臓の疾病でむくむならともかく、いわゆる漢方の水代謝というやつは西欧医学ではよくわからぬらしく、ここの常連にいる日本の心臓外科の権威の某先生も、やはり足のむくみでよく揉まれに来ていて、“人体てのはわからんもんだねえ”と感心しているそうである。むくみとりのマッサージのコツは足と股のつけねをしっかりオイルマッサージすることだと美人のM先生が言うので、“そういうときパンツはどうすんの? 脱ぐの?”と言うと、M先生声をひそめて“ホントはいけないんですが”と言う。“まあ、もうこのトシになると、パンツ脱いでも平気だからねえ”と笑うとM先生も、“私もこういう仕事していると、平気になっちゃいました”と言う。カレシはマッサージ嫌いで、してやるとくすぐったがって怒るという。“若いうちはそうだと思うよ、女の子に揉まれて「ああ、いい気持ちだ極楽だ」なんぞと言うようになってしまうとオシマイだからねえ”と感想を述べ、足裏を揉まれて極楽々々。

 9時まで揉んでもらって、すぐ帰宅、夕食の用意。ダイコンとガンモドキの煮物、カニ缶とスパゲッティのサラダ、鶏胸肉の梅肉和え。大体成功。ビデオで『ジャイアント・スパイダー大襲来』。これまで、飛ばし見はしていたが通して見たのは初めてである。いや、ここまでB級とは思わなかった。音楽の安っぽさといい、冒頭の、どう見ても絵のブラックホールから隕石がヒュイ〜ンと飛んでくるところでまず爆笑。クモのデザインのワザとやったに違いない安っぽさにまた爆笑。人をこのクモが丸呑みにするシーンのゲテさは、映画人根性とでも言うものを見せてもらった気になって満足してしまう。つくづくB級の好きな男だな。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa