裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

火曜日

脳膜炎ゆうえんちで僕と握手!

 そう言えば昔、ノーマン・マクラレンのアニメを“ノーマクエンアニメ”とか略して(略になってない)言ってたな。朝7時45分起床。雨続きの季節は夢を見ることが少ないらしい。朝食を作っていたら小野伯父から電話。あの大決裂を忘れたかのように、芸術祭参加公演が10月の12日に決まったとの報告。申込み期日(先月末)を忘れていなかったのは感心である。スポンサーのことは露も口に出さず、客はもう押さえてあるから大丈夫なんだよ一回で100万円くらい入るんだよという。何も口をはさまずに、アアそうですか、とだけ答えておく。妙に落ち着いた口調だったが、やや、金のこと、家族とのことで微妙な口ぶり。地道に行くと言っていたので、それがいいですねと言う。じゃあ、と向こうが切るときについ“お元気で”と口に出た。もう会いたくないという意識下の声か?

 朝食、トウモロコシに二十日ダイコン、Yくんの奥さんの焼いたロールパン。K子がオムレツでそれを食べて、“ちょっと甘すぎ”。ただし“ホテルの朝食でこれくらいのパンを出してくれるところがあったら、ずっとそこに泊まる〜”とも言う。なかなかのもんである。果物は桃。下北沢で買ったもの。柔らかいがちと酸っぱい。食べ終わって仕事関係メールで午前中ほぼつぶれる。某掲示板で、以前、カラサワは館淳一の弟子でショタ小説を代筆していた、とヨタ飛ばしていた人が、“自分は事情通っぽくいい加減な情報を流したりしないよう心がけている”と言っていた。まあ、確かに駄ボラといい加減な情報は違うわけではあるが。

 今日、テレビ東京のクルーが撮りにくるとばかり思いこんでいて、時間の確認の電話をプロダクションに入れたら、土曜日の予定になっていますと言われる。本当に最近、スケジュール管理脳が破綻してしまったらしい。しかしまあ、それはそれでよしと、何が何でも今日じゅうに同人誌原稿は終わらせる、と意気込んで翻訳続き、それから中書きと後書きを執筆。

 昼は六本木にてトツゲキラーメン。廃墟のようになったビルの地下に三軒のみ営業している。食べて出たら、老婦人が立ち話で“ですから私、それはビル所有者としてのご意見ですの? って、訊いてやったんです”などと言っている。入居者なのであろう。いよいよこのビル取り壊しも瀬戸際か、という感じである。明治屋で夕食の材料など買って帰る。

 帰宅、仕事続き。久しぶりに石原伸司さんから電話。処女出版は出版社がほとんどどこにも出荷していない状況で全然ダメだが、『コミックGON!』の漫画原作が快調との由。身長125センチの風俗嬢と知り合ったが、どこかで売り出せないか、という話。この人も本当に、そういうところヤマっ気が絶えない。まあ、いいことなのかも知れないが。まず、写真を送ってくださいと言っておく。

 亜鉛錠を服みはじめてまだ5日目だが、それまでの、あの全身が納豆化したのではないかと思えるようなだるさとテンションのあがらなさ、何も考えられない脳軟化状態はどうにか脱したようで、この二日、昼寝もしないですんでいる。ただ、疲れはやはりたまっているようで、左足が水気でパンパンに腫れている。血流がよくない証拠である。マッサージを予約。その時間までに、と馬力をかけて、出てきた部分のゲラチェックと中書きは完成させ、さてあと後書き、と思って三分の二まで書いたところで時間切れとなった。枚数から言って、調子が普通のときだったら当然書き上げていてしかるべき余裕はあったのだが、これは体のせい、と判断。新宿に出て、サウナで汗を流し、背中を揉んでもらう。今日はKさんといういかにも力のありそうな女性の先生だったが、背中にさわったとたんに“カラサワさんってこんなでしたっけ?”と叫ぶように言う。背中が硬化ゴムのような感じになっている。揉まれながらイテテ、イテテと悲鳴をあげ通しだったが、そんな痛みも刺激として心地よく、ちょっとウトウトしてしまう。四十過ぎての骨折というのが、いかに人の体をむしばむか。

 終わって帰宅、夕食の用意。カタクチイワシの丸焼き、厚揚げとチンゲンサイの煮物、それと野菜鍋。野菜鍋は昼間執筆中にずっと煮込んでいた牛タンで出汁をとり、汁の中にチンゲンサイ、クレソン、ホウレンソウ、黄ニラ、アサツキを入れてたっぷり青物を取れるようにした鍋。牛タンはとろけそうに柔らかくなっていて絶妙な味。ビデオでマグマ大使、再生怪獣キンドラの回。ゴア役を大平透が、ぬいぐるみ演技も含めてつとめているのは有名だが、この回では生顔で、細菌研究所の所長の役で出演している。たまにはぬいぐるみを着ずに出たい、と主張したんだろう。演技はさすがだが、とはいえ脇役にしてはあまりに声がよすぎ。缶ビール一本と、開田夫妻からこのあいだもらった“カストリ焼酎”なるものをのむ。戦後のカストリ焼酎はでんぷんを取った後のイモを発酵させて作った粗悪な酒だったが、このカストリは清酒を作った後の酒粕を再発酵させて作ったもの(こっちが本義のカストリ)で、ほのかな酒粕の香りがのむと口中にひろがって心地よく、極めてうまい。醸造元のサイトの説明では、“戦中戦後物資の無い当時、粗悪品はメチルアルコールが出たりして失明者が出たり、時には死者も出たりしたそうです”とあるが、酒粕を発酵させてメチルは出やしない。これはバクダンと間違えているのだろう。工業用エタノールは水で薄めると飲めるため、酒とみなされて酒税がかかってしまう。そこで、飲用を防ぐというそれだけのためにメタノールをまぜ、有毒にして税金をとられないようにしているのである。戦後、人々が酒に飢えているとき、この工業用アルコールをお燗して飲むことを思いついた奴がいた。メタノールの沸点はエタノールよりやや低い(64・6度。エタノールの沸点は78・3度)ため、燗さえうまくつければ、メタノールを除去することが出来るのだ。ところがこれがうまくいかなかったりすると、モロにメチルにあたって目がつぶれたり命がなくなったりする。小栗虫太郎もこれにやられて死んでいる。戦後の英語学習漫画で、グッバイエブリボディという単語の使用法の説明に、お父さんが飲んだお酒がメチルだったのでぶっ倒れ、家族に囲まれてグッバイエブリボディ、というひどいのがあった。かなりの数の人々が、せっかくの戦火を生き延びた後でこれに殺されたことと思われる。それもこれも酒税逃れのメタノール混合のためだ。鬼才・小栗は税法に殺されたようなものである。人間、そこまでしても酒は飲みたがる。いつ当たって殺されるかかわからん、というのでこういう酒がバクダンと通称されたのである。カストリとは似て非なるものであることをここに(カストリの名誉のために?)記しておく。

 11時半までビデオ見て、階下に折り、後書きの残りをやっつけてしまい、平塚くんにメール。送ったところでジャスト零時。“今日中に同人誌原稿を全部片付ける”という当初の目的のみは辛くもクリアした。就寝、本を手にとったが一字も読まずにグーと寝入ってしまった。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa