裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

30日

木曜日

ポリネシア伊右衛門どの

 南方怪談。朝7時半起床。朝食はイモとトウモロコシのふかしたの。メールチェック。ロフトへの問い合わせ多し。今日は外出が多いので、まず、と村崎百郎氏との対談原稿に手を入れる作業。のっけのネタが石坂浩二直腸ガン。石坂浩二の書いた料理の本がうちにも何冊かあるが、要するにこういうものを食ってると直腸ガンになる、という見本であるか。親父の直腸ガンは絶対、各組合の会長職を歴任して、パーティづくめの毎日を送っていたためであると思う。

 それから、夏コミ同人誌のネタをちょこちょこ整理。来週中に平塚くんのところに台割を作ってもっていかねばならぬ。そう言えばこれも平塚くんの作ったゑびす秘宝館のパンフ同人誌もまだ見ていない。都築響一氏からは感謝メールをいただく。是非打ち上げを、とのことだが、この秘宝館は7月28日まで展示。打ち上げまでまだかなり間がある。

 12時、京橋へ。アサコ京橋ビル内メディアボックスでジーン・ハックマン主演の『ザ・プロフェッショナル』試写。原稿アゲての出で時間ぎりぎりに家を出ることとなり、間に合うかどうか心配だったが、電車スムーズに来てくれて、5分前に着。わざわざ電話をくれて招待してくれたオフィス・エイトのM嬢と名刺交換。映画はオトナの犯罪サスペンス。M嬢から来た手書きの案内状(ちゃんとタイトルと主演者名を太字にして書いていたのが昔の手書き同人誌みたいで笑った)に“CGを使っていない”とあったが、いや、本当に最近そういう映画は珍しい(この映画だってちゃんと効果で使っているだろうが、少なくともウリにしていない)。『ハンニバル』の脚本も書いたデビッド・マメットが監督をしているが、フィルム・ノワールをイメージしたとかで、俳優たちの服装の色も非常に渋く、久々ににパソコン仕事をしている44歳中年男が観て、目の疲れないいい映画だった。そんなとこしか褒めないのか、と言われそうだが、実はこれ、最近の映画の中では珍しいことなのだ。ホントだよ。目新しさがない、という批評がアメリカではあるが、それもうれしい。目新しさばかりを追う昨今の作品は観ていてクタビレるのだ、われら中年には。クタビレた心を休めるために映画に行くのであって、そこでまたクタビレさせられてどうする。映画の中のもうこれはかなりクタビレたジーン・ハックマンを見て、彼が年甲斐もなく頑張っているのに拍手を送ればそれでいい。

 なにしろ脚本が『スティング』を意識しているらしいので、内容については。何を言ってもネタバレになるので触れられないが、マメットが自慢げに撮っている(のがわかる)ほど、ストーリィテリングは巧みじゃない。ノワール風にしたために映画に軽快さがなくなり、一人例によってけたたましいダニー・デヴィートが浮いてる。だいたいこの人の体格は出てきただけでマンガで、こういうシリアスものには向かぬ。サム・ロックウェルは演技が下手だということがモロバレである。ヒロインのレベッカ・ビジョンも魅力薄。マメットの奥さんで、彼の映画には必ず出てくるが、アメリカの宮本信子みたいなもんで邪魔でしかない。伏線のようにして出てきてそのまま消えてしまう人物が多すぎ。犯罪トリックはひとつ、感心したのがあったが、その他はまず、実行不可能としか思えない。……などと、いろいろツッコミをしながら観る。これが映画の正しい見方であろう。映画ファンは往々にして、作品を観ているこちらより上に祭り上げて観るクセがある。そんなご大層なもんじゃなかったはずだ、映画というのは。このレベルの作品が大作とも名作とも騒がれずにコンスタントに観られる、というのがあり得べき状況なのである。

 ジョーク、警句、シャレが映画全体にまぶされているようだったが、こっちの英語力では全部わかるまでに至らず。吹き替えで観ればもっと点数が上がるかも知れぬ。何カ所かは笑った。そのうちのひとつ。ロックウェルのハネっかえり若造に、ベテランのデルロイ・リンドーが説教する。
「お前は神を信じないというがな、俺の友だちは信仰深くて、どこへ行くんでも常に聖書を手放さなかった。その友だちが撃たれたとき、胸のポケットに入れておいた聖書が、弾を受け止めてくれたんだ。彼の心臓はそれで助かった」
「本当か?」
「ああ。顔の前にも聖書があれば、命も助かったんだが」

 そこを出て、どこへも寄らずまっすぐ帰宅。次の外出までの一時間で、ジョンソンアンドジョンソン社のPR誌のエッセイコラムを書き上げる。時間つぶしの読み物としてはまず面白いものになった、と客観的に評価。65〜70点というところか。送るのは夜にするかとも思ったが、推敲の必要もまずないと判断したので、ざっと字句もチェックして、メールして、予定より15分遅れでまた出る。銀座線で今度は浅草まで。小野伯父の公演のスポンサー(になってくれると伯父が言っている)K氏に会いに、観音様前で待ち合わせ。時間通りに到着。K氏、小野夫妻と共に神谷バーレストランにて話し合い。

 話し合いの経過は、私が14日の日記で予想した通り。まったく、何一つ異なっていない。予言みたいなもんである。ディープな人間喜劇と人間悲劇をいちどきに見る経験をした。そしてその後で、喫茶店で伯父と確認事項打ち合わせ。伯父、激高。結果、私と完全決裂ということになる。この間の記録、詳細に書き込んだメモを作ったが、まだナマナマしい。しばらく日数をおいて、発表するつもりである。何にしてもどうしようもないやりとりであった。

 伯母と地下鉄で日本橋まで、今日のことなどを話し合って帰る(伯父は席を立ってどこかへ言ってしまったのである)。銀座で地下鉄を降り、タクシーに乗る。母に携帯で電話するためである。母も予想していたようであり、まあ、10月が流れざるを得ないってだけで私は安心したわ、と言う。渋谷で、K子に連絡。新楽飯店で遅い晩飯。K子もまた、決裂を喜んでいた。イカボール、シジミ醤油付け、水餃子、焼きそばなど。紹興酒飲んで、帰宅。床についたが、伯父との長いつきあいのあれこれが頭に浮かんで消える。今日あるはわかっていたことのようでもあり、ここまで簡単に切れるとは思ってもいなかった気もし、六本木、銀座、横浜でのいろんなことがら、その前の阿佐ヶ谷での日々、などなどが次々に思い出され、悲しさの中に重い荷をやっと降ろした安堵感もあり、それがまた情けなくもあり、輾転反側、2時すぎ、就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa