裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

17日

金曜日

泣いたマカロニ

 タイトルに意味はない。朝7時半起床。朝食、茹でブロッコリと青豆の冷スープ。小さん死去の報道を見るにつけ、それを送る方に顔がいなくなったなあ、という感がしきり。円楽の“競う人がいなくなった”という発言にたまげる。競うどころか大先輩ではないか。おまけに“しっかりとした口調が魅力の人で、その人がその口調を保てなくなった……これはきつかっただろうと思う”などと、死去直後のインタビューでわざわざ晩年のことを言うイヤミ。分裂騒動のときの借りを思いきり返している感じである。もっとも小さんの死でこの人にインタビューに行くテレビ局もあまりに無知無神経不勉強にすぎる。

 昨日の『鉄人28号大研究』を読む。コラムは私のものを含めて玉石混淆だが、マニアックなこだわりは軽く読める本の割になかなか大したものである。巻末の横山光輝への質問コーナーは、果たして載せてよかったのかと思うくらい、回答がそっけなくて(体調が思わしくなく手紙による応答だったこともあるだろうが)かえって笑える。ほとんどの回答が“よく覚えていない”、“わからない”ばかり。ここらが読者サービスを過剰にする手塚治虫との徹底したスタンスの違いである。
Q81「月刊少年ジャンプの『永遠の名作シリーズ』に十年ぶりに『新作・鉄人28号』を描かれたいきさつを教えてください」
A81「何かの経緯で、頼まれて描いたのかもしれない」
Q82「その『新作・鉄人28号』で、久しぶりに鉄人を描かれた感想を教えてください」
A82「また鉄人か、という気持ちだった」
Q83「一九九○年代に、光文社の雑誌から“鉄人の新作を描いてくれ”という依頼が来たという話は事実ですか?」
A83「ない」
Q84「一九七○年代に、ハリウッドから『鉄人28号』を実写で映画化したいという話が来たというのは事実ですか?」
A85「ない」
 むしろ、プロらしい。手塚治虫はリップサービスが過ぎて、どの発言が真意かをより分けるのに骨が折れる。例えば例の絶望書店さんが引用している『漫画の奥義』の中で、自分のマンガには岡本一平や北沢楽天の影響がすごくある、と言っている。なにしろ手塚自身の言なのだからこれに飛びつきたいのは山々なのだが、それを作品から証明できる部分はまず、ないと言っていい。手塚の絵は当初からむちゃくちゃにバタくさい。この『漫画の奥義』は日本の戦前の漫画の歴史を通しての講演である。そこで聞き手になじみのない名前を出すとき、これはボクの漫画に大きな影響を与えた人だ、と言っておけばインパクトを与えることができる。そのリップサービスの類と思っておいた方が無難だろう。聞き手に驚いてもらうためについ、事実を大きく言ってしまう。これは講演とかインタビューの経験がないとわからない心理だ。

 連載コラムのゲラチェック。やはりパソコン画面では見落としていたものがゾロゾロで、しかも考えられない初歩的ケアレスなどもある。校正さんを一度通していてこれである。書くときの意識とチェックするときの意識というのはシステムが違うのである。司馬遼太郎ですら、チェック編集者が二重三重に読み直さないと、前後のつながりが途絶えていたり、ごく基本的な論理的破綻などがざらで、危なくて印刷に回せなかったという。饒舌体の人というのはことにそうだろう。考えてみれば、打ったものを著者校正もなくそのままアップしているネット日記などというのは実にオソロシイことをやっているのだな。

 昼は青山のトンカツ屋“志味津”にて味噌カツ定食。カツの量がやけに少なく、飯をもてあます。ナチュラルハウスで買い物して帰る。にがり付きの豆乳というのを買う。このにがりを加えればそのまま豆腐になります、というふれこみのものだが、飲んで見るとなるほど純粋。ただし、純粋とは面白みに欠けるという謂でもある。シンプル&ナチュラルと言えば聞こえはいいが一歩間違えると索漠、となる。『アッパレ戦国大合戦』をなぜか思い出した。純粋に感動した、と言うきりで、そこから先がない。こういうものを味わって喜ぶ枯淡の境地に至るにはまだ早い。もうしばらくは浮世の雑味を楽しみたいものである。

 朝日新聞社から来信。第6回手塚治虫文化賞受賞式のおしらせ。前回くらいからここ、アンケート式の審査も送られてこなくなった。まだあったのか、という感じである。世間の認識もたぶんそんなものだろう。授賞式が当初の帝国ホテルから本社内の会場に変わったのもそこらあたりの事情を示している。今回の受賞作、大賞が『バガボンド』、優秀賞が『ベルセルク』だそうである。まさしくB・ショーの“岸に泳ぎついた者に投げ与えられた救命具”である。いや、それどころか“水泳大会優勝の賞品として与えられた泳ぎ方マニュアル”に近い。しかもこの二作は前回、第5回の最終選考に残ったもの。それから一年、受賞に値する作品がひとつも出て来なかったというのか。審査員がいま、どういうメンツになっているのか知らないが、よくよくやる気のない連中であろうと思う。

 マンガ家でライターのベギラマ嬢こと牧沙織さんからメール。5月31日のロフトの『くすぐリングス』のライブに解説者として参加してくれとのこと。くすぐリングスは以前Web現代の連載で取り上げさせてもらったこともあり、もちろん応諾。その他電話、メール頻繁。さすがは金曜日。河出書房新社Aさんから、中川彩子の件でまた打ち合わせを、ということ。今回の澁澤本でも、やはり編集部での一番人気は中川の絵で、次は中川本を出したい、という。さてどうなるか。ちくま書房Mさんからはメール。『トンデモ一行知識の世界』売れ行き好調につき、『逆襲』の方も文庫化承諾をお願いしますとの内容。もう一冊、『カルトな本棚』も依頼があったが、これは元出版社が倒産して、図版ネガとかがどこへ行ったかわからなくなってしまっている。出演メンバーで現在は私と切れてしまっている佐川一政さんや竹熊健太郎なんて人もいるし、さてさて。

 7時半、家を出てハンズ向かいのルノアールへ。志水一夫氏との対談集『トンデモ創世記2000』が扶桑社から文庫化されるについて、後書き代わりの新対談をやるのである。雨の中、ルノアールに入ろうとしたとき、志水さんから電話、“いま池袋です”とのこと。いかにも志水さんらしい絶妙のタイミング。扶桑社のNくん、テープ起こしの芝崎くんに志水さんの遅刻を言うと二人とも大笑いする。ここまで遅刻を自分のキャラクターにしてしまえば大したもの。それでも息せき切って駆けつけたとみえ、30分しないうちにやってきた。そこでいきなり始めたため、私が7、志水さん3の発言割合になってしまう。テープ起こしで少し私の発言をつまんでもらうと、ちょうどいい分量になるだろう。案外エエコトは言ったと思う。9時半、K子も呼びみんなで新楽飯店。オタク業界裏話をいろいろ取り交わしながら青島ビールと紹興酒で盛り上がる。Nくんは早大であの乙武くんと同窓だったとか。そう言ったらK子が“え、特殊学級?”と。シジミ醤油漬け、水餃子、セロリ芥子和え、肉団子甘酢がけなど。隣のテーブルにいたオッサンの一団、えんえんと若い頃ハマっていたアイドルばなし。“森尾由美ってあんなに可愛かったのにどうして売れなかったんだ?”などと言ってるところを見るとわれわれより一世代下と思うが、もうどうみてもオッサンである。われわれなどはすでにしてジジイか。

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