裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

水曜日

荒野の東尋坊

 福井ウェスタン。朝7時半起床。朝食、ポテトサラダとハム。果物はイチゴ。テレビで“東京地方はどんよりとした空模様で……”と言っているが、渋谷近辺はカラリと晴れた5月らしい空である。北朝鮮亡命事件で駐中国大使が“追い返せ”指示をしていたとの情報、今の日本の立場を考えれば当然すぎるほど当然の指示。とはいえ、心情的に言えば人間としてまことに情けない発言であり、こういう発言とかがボロボロと外に漏れる状況というのはどうにも困ったものである。外交と言うのは美辞麗句の陰で相手の背中にナイフを突きつける行為なのだが。ところでこの大使、阿南惟茂という名前から絶対、阿南惟幾陸相の子孫だろうが(後で調べたら六男。子福者なことである)、まだまだ日本は戦後とストレートにつながっているのだ、という感じがしてちょっと感慨深かった。

 メール類整理。某薬品会社のPR誌から久々に原稿依頼。出続けていたが依頼がなかったのではなく、不景気で出るのが延び延びになっていたのである。原稿枚数に比して原稿料のコストパフォーマンスは抜群にいいところなので、まずうれしい。それと時事通信社から、社のパソコンがウイルスに感染したというメールがあり、追っかけてそれがニセウイルスであったというメール。お騒がせであるが、同時配信先の名前から、同じところにどういう人間が寄稿しているかがわかってオモシロイ。布施英利氏や小谷野敦氏、池上冬樹氏、姜尚中氏などがいる。おやおや、ニフ時代からおなじみの左巻健男氏もいるではないか。

 シャワー使っている最中にビジネスキングから電話。昨日の件。最近、ADSLとかにしましたか、というので、フレッツに入ったといったら、不定作動はそれが原因かもしれない、とのこと。なるほど。本日も頻繁に空回り、空ぶかしをしている。昼は華奈で志摩ちゃんとK子と。明太子ごはんにざるうどん。ざるうどんは三人で分ける。ロシア語会話の教本を前にK子と志摩ちゃん、真剣に討議。志摩ちゃんの旦那が仕事でサハリンにいるので、今年じゅうにロシアに行こうという計画なのである。旦那さんはダーダーしかロシア語を知らないそうだ。食べ終えて新宿に行き、雑用いくつか片付け、トンボで帰る。空模様怪しく、気圧も乱れているが、仕事々々と廣済堂の原稿に入る。全身が何か鉄球をひきずっているかの如く重くなり、そこにむち打ちながら原稿を書くのが、ベンハーの奴隷船みたいな感じではある。なんとか4時までに15枚弱片付けてメール。

 トイレ読書で五月に入ってから少しづつ、読み進んできた現代教養文庫『菊と刀』(ルース・ベネディクト)読破。高校生のときに買った本で、これまでにも何度か読み齧ってきた本だが、何の気なしに読み始めたら面白くて通読してしまった。ちょうど北朝鮮亡命事件の報道があったときに、この本を読了したのも何かの因縁のように思える。特に第十章、『徳のジレンマ』における、“日本人における義理と人情”の考察はそのまま、阿南大使の件に当てはまる。
「日本人は善行の試金石として使用すべき普遍的な徳を持ち合わせていない」
 などというのはまるでこの事件の論評として用意されていたような文句だ。阿南大使だって決して非人情な卑劣感であるわけもない。しかし、およそ日本人にとって最も大事なことは主君(日本政府)に対する義理であり、己れの正義感や倫理観をその前に封殺することが日本的美学なのである。

 原稿書き上げた安心感からか、パソコンの前でカクッと時折頭が落ちる状態。新宿に今日二回目だが出て、サウナ&マッサージ。マッサージはむちゃくちゃに力の強い兄ちゃんで、二の腕を二本指でぐいとつかまれたら電気が流れたようにしびれた。そんな刺激の中でグーグー寝てしまうこっちの体力の低下もすごいが。そのあと、地下鉄大江戸線で東新宿幸永。Web現代YくんIくんの新旧担当者と焼き肉食いながら好美のぼる復刻本の打ち合わせ。Iくん、現在の職場であるメチエの新刊『フッサー ル起源への哲学』(斎藤慶典・著)をくれる。後書きに曰く
「ちなみにIさんははじめて任された選書の仕事が本書で、これまで哲学書なんぞ見たこともなかった(?)氏は本書の原稿を前にしてしばしうめき声を発していたそうである」
 ご苦労様。ホッピーがぶがぶ飲んで雑談(本の打ち合わせはK子にまかせ)していたが、やはり東大卒の人の前で(いかに本人が東大卒に見えなくても)東大の悪口を言うのはいい趣味ではない。反省。沙村広明氏のことなどいろいろ聞く。四頭目の狂牛病牛発見もものかは、店は大繁盛であった。半ケツでビキニの黒ショーツまる見えの女が向こうの席にどっかとあぐらで座っており、気が散って仕方がない。その彼女と話しているのが大兵肥満、色浅黒く頭が禿げ上がって無精ひげでギョロ目で出っ歯という近来にないヒヒ親父で、なかなかいい取り合わせだと思った。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa