裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

1日

水曜日

「いたしかた」がない

 うぇーん、ママがせっかく書いてくれた『初夜の心得』メモがなくなっちゃったから、やり方がわからないよー。朝7時半起き。まあ、これはゆうべの就寝が遅かったからで、まだ睡眠時間は充分でない。朝食、オートミール、しなびたデコポン。今日になってやっと読売朝刊にディフィンジャーの訃報。風呂使うが、ひげ剃りの柄の方がツメがバカになって、替え刃を噛まず、すぐポロリと落ちてしまう。替え刃を指でつまんで、苦労して剃る(この替え刃、商品名も“替え刃”だが、前の古い刃を捨てて新しく取り付けるときは“替え刃”でよかろうが、それが柄に装着されると、今度は“替えられる方の古い刃”になり、替え刃でなくなってしまう。何と呼べばいいのだろうか)。

 午前中、ずっと海拓舎原稿。1時に最後(?)の三本をメールする。本当は朝方に送る予定だったが、起きるのが遅くて朝、ずっとボーッとしていた。ささきはてる氏から電話、“『アニメージュ魂』、どうでしたかー”というお問い合わせ電話。“いやあ、私も好き勝手書いてますが、ささきさんも好き勝手ですねえ”と言うと大笑。創刊号なんで、執筆者が原稿のベクトルをどうとっていいか掴みにくかったことと、“これだけ揃っているんだから一人くらいは思い入れ過多で書いていいだろう”と、“全員がそう思った”ことが原因だろう。それが雑誌の個性になればいいんじゃないのか、と思う。ささきさんの反省点として“データをぎっしり詰めた割に、紙質の関係でちょっと軽いんっすよー”というのがあったのが面白い。データの量と雑誌の重さは関係ないようで、そのずっしりした持ち重りが、オタクたちには内容の充実度としてとらえられるという。古書市帰りの満足感なども思い合わせると、これはなかなか考察に値する視点だ。

 で、“あれはどうなんですかねえ”“あはは、あれはねえ。困ったもんっすねー”などの会話のあと、ずっと『ほしのこえ』談義を長々と。
「要するにあれは、伊勢田アニメの極端に出来のいいの、なんですよ。技術と才能の差があるだけで、コンセプトというか、作者のディボーションは等価なんです」
「え、伊勢田アニメって何っすか」
 というので、『浅瀬でランデブー』、送ってあげることを約す。この二作品の間にある違いは、『ほしのこえ』は見て泣ける、『浅瀬で』は見て泣きたくなる、これだけではないか。違うか。ささきさん、私にその視点で何か書けという。ファンにぶん殴られそうだ。

 2時、六本木に出てトツゲキラーメン。それからマツモトキヨシでひげ剃りの柄を買い、銀行で記帳。フォーク並び(一列に並んで、窓口の空いたところに先頭から順次行く並び方)をしていたら、先頭のインド人が考え事をしてるらしく、端末が空いたのに気がつかないでいる。声をかけようとするが、何しろ露骨なまでのインド人姿の人なので、みんなが躊躇していたら、バーのママさんらしい格好の人が空いたところを指さして“ミスター、ミスター! オープンヒアね!”と叫んで、そのインド人もやっと気がついた。さすが国際性豊かな六本木、おばちゃんまで外人にビビらぬ。

 3時に東武ホテルで待ち合わせなので、タクシーに飛び乗るが、道が混んでなかなかはかどらない。30分遅れで着くが、すでにロビーに姿なし。あれ、と思って外に出たら、やはり人を捜していた感じの人が、“あ、カラサワさんですか”と言う。偶然だったが出会えて幸運だった(30分も待たして悪かった、と思って後でメモをみたら2時待ち合わせになっていた。カン違いして待ち合わせ時間に堂々とメシを食いに出てしまったわけである)。太田出版『クイック・ジャパン』のMくん。睦月さんとはまだ学生時代からのつきあいで、数年前の100刊行記念パーティにも出席したという。高橋敏広取材記事の載った最新号をいただく。次号にも続きが載るが、一応高橋コレクションとは何ぞや、のまとめを書いてくれと依頼される。

 それから雑談。Mくんも貸本マンガが好きで、中でも池川伸治がお気に入りであるという。貸本マンガ論から現代マンガ論となり、手塚治虫からトキワ荘グループを経て、今のマンガシーンにつながるという“マンガ史的常識”の誤謬を語る。現在のマンガは、それまでのマンガと断絶のある、70年代末以降のサブカルチャー勃興のあたりから説き起こさねばならず、ことマンガばかりでなく、アニメ、SF、オタクといった周辺文化、さらには文学や音楽シーンとの関わりも視野に置いた、総合文化として語らないと本質をあやまる、と説く。Mくん、ふんふんとメモ取りながら聞いているので、熱心だな、と思っていたら、いきなり、それ、いつまでに書けます? と言われて驚く。メディアファクトリーのオタク史と並列して刊行したら面白いかもしれない。

 5時半、帰宅してひと休み。廣済堂の原稿などの準備をしていたら、珍しくこの時間に鶴岡から電話。『現代用語の基礎知識』編集部と打ち合わせた話。盛り上がったとか。いかに昨日仕入れた知識を十年も前から知っているかの如く語るかという業界テクニックの話など。それから、日木流奈くんはいっこく堂に売ったらどうかとか、ホーキングの物まね芸させたらどうかとかいう鬼畜ばなし。『ハリケンジャー』談義となり、宮下準一のうまさを二人で絶賛。よくロートルオタクは昔のヒーローものがとにかく優れていて、今のはダメだと言うようなことばかり言いますが、こと戦隊モノに関しては、初期『ゴレンジャー』とか、ひどい出来でしたよねえ、と鶴岡言う。アレは野球仮面あたりが転換点だよね、と私。あのノリを拡大していろんな要素をぶちこんで、スポンサーの要求という型の中にギュウ詰めに押し込んだのが今の戦隊モノの基本形だろう。あれから撮っておいたビデオなども確認してみたが、新しいことをやろうやろうとする『仮面ライダー』より、限られたワクの中でいかに工夫をこらすかという戦隊モノの方に優れたものが出来上がる図式は非常に面白い、と小一時間語る。今日は三度も熱くオタク語りをしてしまった。

 7時半、新宿に出てK子と待ち合わせ。紀伊国屋をのぞく。新刊棚に『怪網』『ウラグラ』『笑うクスリ指』三冊がまだ平積み、サブカル棚でも『ウラグラ』平積み。まず安心。『鳥源』へ行こうかと思ったが満席、ではと、靖国通り沿いに引っ越した大分料理屋『どど』へ行く。以前は風林会館のはす向かいだったが、今度は通り沿いの地下になり、いくぶん手狭になった。オカアサンの気っぷは変わらず。関アジ、関サバはさすがの味だが、ここは高いのが難点。それでもメイタガレイの塩焼きはお菓子みたいな味わい。『餅とポテトのベーコン巻』というのを頼んだらオカアサン、喜んで“これはおいしい!”と太鼓判。聞いたら大分料理でもなんでもなく、オカアサンのオリジナルだそうで、“もうこの料理とのつきあいも、30年になるのよ”と。餅とジャガイモをベーコンで巻いて焼き、バタと大根おろしを乗せたもの。“最初、これを思いついて、味見したときには痺れたわね”なんだそうである。ソレホドデモナイと思うが、おいしいことはおいしい。生小2ハイ、いいちこ水割り2ハイ。9時半には帰宅して、今日はたっぷり寝る予定。

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