裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

月曜日

かねてよりのイコン、おぼえたか!

 松の廊下事件の裏には聖像破壊問題が! 朝6時30分起床。朝食、昨日と同じ目玉焼きにベーコンとトースト。それとリンゴのサラダ。メールなどチェックするが、どうも札幌にいると東京での雑事について隔靴掻痒的な感覚でイラつく。今日は札幌のなじみの古書店さんたちとオフなのだが、昼間は何もすることがない。それだけに原稿や雑用のことで、遠隔地にいるということがイライラのタネとなる。

 書庫の本も、この家を始末するとなると落ち着き先を考えねばならない。昨日なをきと基本的分担のことは話し合ったが、仕事上必要なものはひきとって、後はどこか古書店さんにまかせるしかあるまい。K子は家の家具類の引き取り手をチャットで捜している。親父の書斎のバカでかい机とか、居間のテーブルとかも、どんどん引き取り手が出てくるのを面白がっている。つくづく、このヒトは暇をつぶす楽しみを見つけてくる名人だと思う。私は読書と書き物、あと映画(ビデオ含む)を見るくらいしか時間つぶしの方法を知らない。

 書庫から取り出してきた未読の岩波文庫『筆まかせ抄』(正岡子規)を拾い読む。上京当時の正岡子規の随筆というよりは思考の覚え書き集。漢字優秀論から言文一致運動排斥論(これはなかなか面白い)、年末の借金取りから逃げ回った顛末記、馬琴の八犬伝についての感想(評論というほどではない)、学校の食堂で大騒ぎをやらかす賄征伐記、そして漱石との往復書簡などなど、のんきに拾い読むには格好の書。中には大きな瓢箪と小さな瓢箪の容量の差はいかに大きくとも小を大の中に入れることは出来ない、これを瓢箪相容れずという、などというどうしようもないダジャレまである。

 昼は母の作り置きのカレーを星さんと三人で。K子は志摩ちゃんと会うと言って先に一人で出る。私はゴロリと横になり、また本を読む。『筆まかせ』を読み終えて、次に『ギリシア神話小事典』(バーナード・エヴスリン、現代教養文庫)。これは高校生くらいに読んだものの再読。通俗を旨として現代的解釈からギリシア神話の人物像を語っているのが初読当時、生意気な高校生だった私には不満だった記憶がある。一般に名の通ったキャラよりも、ヘルメスの息子の美少年ケパロスとか、服装倒錯症で自分は男装しヘラクレスに女装させていた女王オンパレとか、マザーグースの『おかあさまがわたしをころした』の原話となったものであろうアテナイの王女ピロメラの話とか、ややマイナーなものにページを多くさいているのが特徴。中でも最たるものがオデュッセウスが生涯で最も魅了されたというパイアキアの王女で俊足の乙女、ナウシカの項。これを読んで彼女の項目の分量がアポロンよりも多いことに驚いた宮崎駿が、その後自分の創造した幻想世界の支配者となる少女に、その名を与えたのは有名な話である。……しかし、アポロンよりもエヴスリンが筆を費やしているキャラクターは、この事典にはいくらも他にいるのである。

 坊屋三郎が亡くなったというニュース。92歳。ロッパ日記の登場人物が立て続けにこの世を去った。数週間前に伯父が演芸協会の会合で会って言葉を交わしており、“お送りしましょうか”“いや、車があるから”“どなたが運転なさるんですか?”“オレがコロガスんだい”という会話をして驚いたばかりだったとか。この人の自伝には『これはマジメな喜劇でス』(博美館書店・1990年)というのがあるが、聞き書きをそのまま活字にしただけで、人名のチェックもろくにやっていない、スカスカの内容のものだったのが残念である。こういう本はインタビュアーがとにかく徹底して調べ、本人に嫌がられるほど聞き出さないと良い物は出来ない。誰かやっといてくれなかったんだろうか。ただし、そんな本でもいいエピソードはいくつかあった。先に死んだ清川虹子の話。まだ彼女が伴淳三郎と結婚していたとき、知り合いの女優さんが元気がないのを見て清川アネゴ心配し、
「あんた、ひょっとして欲求不満なんじゃないの? なんならウチの伴淳貸そうか。ウマイよオ……」

 夕方、一旦街に出て雑用少し。一度家に戻り、7時、再度家を出てすすきの南4条西2丁目の居酒屋『北○(まる)』。同じチェーン店がすぐ近くにあるので間違えそうになり、時間ぎりぎりに到着。やはり間違えた人が何人かいた。古書須雅屋夫妻、じゃんくまうすとその娘さん、薫風堂、それに志摩ちゃんとその旦那。旦那、巨体は相変わらずだが、きちんと髪を分けて、ネクタイを締めて事務服で来たので、いささかイメージが変わった。サハリンの話などを聞く。食って飲んで話して楽しかったが楽しすぎる席というのは何を話したか、よく覚えていないのが常。蕎麦屋で仕上げ。ここは今時めずらしく“ぬき”(種物の蕎麦の、蕎麦を抜いたやつ。酒の肴にする)がある。天ぬき、鴨ぬきなどで焼酎そば湯割を飲み、最後に田舎そば。

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