9日
火曜日
バテ続く
まだダルい。肉体的な疲れというよりも、養子の結婚式ではからずも親父の名代で自分の口から、薬局を養子に継がせることを世間に宣言して、長男として41年、無形ながらも肩に背負ってきた責任のようなものを降ろした安堵感による虚脱なのかも知れない。昼飯(芥子メンタイで)のあと、アリナミンと附子(トリカブト)の漢方薬のんで、肉体のダルさはなんとか解消。さて、残った仕事。
1時、M社Tくんと打ち合わせ。と、言うより、いま彼が編集で進めている本、あまりに他の共同執筆者(私が推薦したメンバー)からの苦情が多く、このままでは出せない、という談判。Tくん、悪気がある人物でなく、無能なわけでもない。ただ、彼の人間的リズムが天然に、他の人の調子を狂わすのである。
恵贈本いろいろ。小説における“少女”の系譜の本とか、古本屋さんが書いた映画評の本とか、直接関係ない出版社や著者から、その道の先達と私を見て送ってくれる本が最近増えた。みんな感心だなあ。私なんか昔、先輩のモノカキのうち誰ひとり尊敬したりしなかったもんだがなあ。
4時、E社Kくん打ち合わせ。“お疲れのようですね”と言われる。舌は動くが、表情が出ない。とにかく、この半月でG社、G書房と年末進行(単行本の)済ませ、残るはこのM社とE社(まあ、まだF書房とか残ってるんだがそれは別)。これを乗り切ると今年も終わり。
若い人によくあるタイプで、世間との折り合いをうまくつけられない自分、というものを対外的には嘆きながら、それが自分の内面のピュアさゆえ、という逆自尊心を満足させている人がいる。実は私も昔はモロにそれで、妙に社交能力などがある奴をひそかに軽蔑したりしていたものだ。
今は、そういう世故に長けた人物をすなおに尊敬できる。と、いって自分の本質が変わったわけではない。ピュアな自分、という幻想は常に心の中に抱きながら、それを押し隠して世間をダマしている自分、というものに内心の満足を感じているのである。それに、世間との折り合いがうまくつけられないのは、実際のところ、己れの無能力というのが原因の九割であり、そんなことを対外的に喧伝するのは恥ずかしい、ということがわかってきたからでもある。モノカキなどという狭い業界にいると、なかなかそのことに気がつかないんだよなあ。
夜、仕事の合間にメシ作り。鳥モツポン酢、ラムのジンギスカン風、あんかけ豆腐など。いずれも少しづつ失敗。やはり合間仕事というのはよくない。
原稿の資料も兼ねてLDで和製ターザン映画『ブルーバ』を見る。監督の鈴木重吉はプロレタリア映画あがりのベテランということだが娯楽映画のセンスはひどいもので、最初はケナしながら、最後は大笑いしながら見る。ラスト、主役のブルーバはまるで活躍せず、ライオンたちに悪い土人や悪い通訳を食い殺させて(ガイコツがさらされる!)オワリ。ひでえ(笑)。