4日
木曜日
ダザンカイ
朝週アス一本。やっつけで一気に書き上げるが、ネタ、論、ブツが噛み合った会心の出来となる。いつもこうだといいんだがなあ。
M社の編集とちょっとトラブル。怒ったメールを出すと、向こうから長文の謝罪FAXが届くが、これでFAX用紙が切れ、他の編集部からのFAXが読めなくなる。どうも、徹底して間が悪い人物である。
トラブルと言えば先日連載を切られた小説CLUB、休刊としらされる。小説業界にとっては不況の追い打ちだなあ、と思うが、心情から言えばいい気味である。これであと一号、最終号まで続いて書かせてくれていれば、心から残念と思ったところだろう。これも、多くのライターに無用のウラミをかってしかもつぶれるという、間の悪さの例。貧すりゃ鈍する。
3時から目黒アルコタワーで座談会。昔丸谷才一のエッセイで座談会をダザンカイと言ってしまう人物(一万田尚人蔵相)のことを読んで以来、私もつい、ダザンカイと言ってしまう。日活アクションについて、コモエスタ坂本氏の著書の巻末特別ダザンカイ。メンバーはコモ氏の他にマンガ評論家の奥田鉄人氏。奥田氏は身長188センチ、フランス帰りのロックンローラーだった。まだ36歳なのに日活アクションにハマりにハマり、
「いま、浅丘ルリ子が結婚しようと言ったらすぐする」
と断言するほどの信奉者。
「いまの浅丘ルリ子でも、ですか」
「いまの、でも」
彼とコモ氏の熱い日活賛美と、私の“祝祭としてのヒーロー映画”論、噛み合っていたようないないような、という感じだったが、案外おもしろいものになった、よう、な、気が、する。
帰り、ごく短時間奥田氏と話すが、これだけイケてる氏の礼儀正しさに驚く。われわれオタク第一世代はそういうところ、回りを見渡してもまるでダメな連中ばかりだからな。
目黒から青山に出て買い物、帰ってしばらく仕事。こりゃ札幌に持ち越すな。8時半、K子帰ってきたので夕食。あんかけ豆腐、豚肉もやし、カツオづけ丼。赤影のLDなど見せてオタク教育。
大田区の武居崇氏より、自費出版誌『岸田森全仕事』を恵贈していただく。岸田森の、舞台、映画、テレビ、ラジオ、それから雑誌インタビュー記事など、マスコミに顔(声)を出したありとあらゆる仕事を網羅した、文字通りの労作。あとがきで、調査に手間がかかり、刊行に一年半もかかったとあるが、一年半でこれだけ調べつくしたということの方が驚異である。ついつい読みふけり、仕事が出来ない。
それにしても岸田森、死んだのが43歳とは驚いた。そんなに若かったのか。死んだのが12月の27日という年末であり、各新聞社がもう“今年の物故者”などという記事を出し終わったあとだった。そう言やこないだ“新聞が今年の物故者、なんて記事を載せたあとに、必ず誰かもう一人、有名人が死ぬんだよね”と言ったら、中野貴雄が間髪を入れず“それは岸田森のことですね!”と答えたのに驚いた。それだけ印象が強かったんだな、われわれみたいな人種には。