裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

金曜日

王様の耳は日吉ミミ

♪王様は、ロバの耳、よくある話じゃないか〜。

※『ポケット!』最終回 『ポケット!』打ち上げ

朝6時50分起床。寝たのが12時ころだから寝は足りているはずなのに、まだ眠いのは、人間の睡眠がレムとノンレムで1時間半単位で切り替わるからで、もう20分早く、6時半に起きればそんなに眠くない、との説がある。本当かね。それにしても、このあいだの陽・昇の漫才にもあったが、
「人間、一生の半分は寝ている」
というセリフ、感覚的には正しいのだが、実際は毎日8時間たっぷり寝ていても、3分の1しか寝ていない。

ネットなど見て、7時半、入浴。ラジオ収録のある金曜は8時半朝食、ということになっているのだが、母から電話がない。こっちから電話をかけても留守電ばかり。母の室に様子を見に行くが、鍵があかない。どうやら、昨日、もう鍵を取り換えてしまったらしい。何かあったのか、こういうときに限って、と心配になり、ドアを引いてみたら、空いた。鍵は取り換えたが、かかっていなかったようだ。部屋に入ってみると、別段なんという変わった様子もなし。部屋を出たところで、買い物から帰ってきた母とバッタリ。牛乳が切れて買いに行っていたらしい。昨日の怪事件のあとの今日の連絡不通だもの、ちょっと心配になったが、拍子抜け。

朝食、ヨーグルトとリンゴのサラダ。食べて、『創』対談チェックのみやり、すぐ家を出て、TBS。中野監督、海保さん、スタッフ全員さすが最終回だけにみんな早い。CDで、お別れに流す曲ということで山本正之の『少年の夢は生きている』にしようかと思ったが、その曲がTBSになく、かわりに『愛のロリータ』がある。いつもなら怖くてかけられない曲だが、最終回だし、ということでそれを使うことにする。これが結果的によかった。

一方で中野さんの選曲も今回は沢久美『ミミの甘い生活』(男性バックの“アッアー”という声が最高)と、『北酒場・西部警察編』という、スゴいもの。最終回でなくてはこれもかけられない。

話も、テーマがきっちり“最終回”に絞れたので、大変にまとまりがよく、珍しく時間ピッタリで大団円に持っていけた。いや、オーバーさせなかったのは、『愛のロリータ』をかけていたときのI井Dと海保さんの表情が“だ、だ、だ、大丈夫?”というものだったので
「切っちゃダメよ」
というメッセージとして。

と、いうわけで終わり。手前味噌ではあるが、一年半の放送の中でも、かなり内容のある、いい回になったと思う。局のエラい人が花を持ってきてくれたので受け取る。オノが心配そうにI垣Pに
「あの方たちは今の収録、聞いてたんですかね?」
と訊いていた。それでケシカランと怒られたら、再開もままならなくなると心配してるらしい。

夜の打ち上げの場所と時間を約して出て、中野監督とオノとランチ。どこか、今まで入ったことのないところに、というので、ステーキハウス『テキサス』で。中野監督、焼かれて出てきたステーキに、マスタード、黒胡椒、ガーリックチップス、生おろしガーリック、醤油、と、テーブルの上にあるものほぼ全部かける。会社で今、流行っている食べ方だそうだ。考えてみれば、夜も肉なのだが、まあいいか。

オノは明日の金沢行きで私に渡すものを家に忘れてきた、とかで自宅へ帰る。一人事務所で、7時までダラダラする。本当はダラダラしてはいけないのだが、つい、ダラダラしてしまう。結局、書かねばならぬ原稿書けずに7時。新宿までタクシー。そこから山手線で日暮里まで。10分前に着いたが、もう海保アナとオノ、中野監督、来ていた。残りのスタッフ(別番組の仕事終えてから来るイニャハラ氏除く)は、着いたことは着いたのだが降り口を間違え、ドタバタしたらしい。

もんじゃ焼きの『大木屋』へ。この店で『ブジオ!』の打ち上げもやった。店に入ったとたん、“よお”と声かけられた。うわの空の三橋さん。自分の仕事関係仲間と来ていたらしい。同席の女性が“あ、有名人だ〜”と握手求めてきた。おかたいボランティア関係の仕事だが、フラメンコもやっているとか。今日はその他にもう一組、サラリーマンらしいお客さんも来ており、満席状態。

一年半お疲れさまです、“ちょっと”お休みということで、とI垣Pから乾杯の挨拶、で、あとは宴。まずはカンパチの新鮮な刺身から。そしてすぐ肉、海保アナと中野監督は初めてなので目を丸くしている巨大なかたまりが目の前に。イニャハラさんも間に合った。

さらに牡蛎のバタ焼き、そしてメンチ。メンチはさすがに二テーブルで一個だったが、9人なので、まず半分に切って五等分すると一切れ余る。ハルミさんが悪びれず“それ頂戴!”と二切れ目をとり、陶然とした表情になった。時間が9時になったのでラジオを付ける。ただ、肉やメンチの興奮で、みんなあまり聞いていなかった模様。とはいえ、『愛のロリータ』、ちゃんと流れたこと、確認する。最後のもんじゃで全員ノックアウト。I垣さんはまた、大将と支払いのときに漫才みたいなやりとりをしていた。三橋さん一行、先に帰るというので握手と名刺で連絡先交換。

I垣さん、海保さん、S川くんを送って、サテ次行こう、とオノの先導で『酔の助』へ。お母さんの無愛想さにみんな笑う。下町の人間というのはお互い精神的距離が近いので、お愛想を必要としない(それが下町以外の住人に対しても出る)のである。誤解は受けやすいと思うが。

で、飲んでいたら、見知ったような顔。立川三四楼(元・ブラッC)だった。落語会の流れらしい。何と談四楼師匠、左談次師匠、それと前座名人さん。最初は席を別れて話していたが、談四楼師匠と三四楼が帰ったあと(談四楼師匠、毎度“くれぐれもブラックのやつをよろしく”と挨拶してくれる)、さだやん師匠、こちらの席に。ちょうどこっちも『ポケット!』の打ち上げだったというのも西手新九郎。先日も、そう言えばメンツは中野監督とだった。前回は中野監督のオンステージでさだやんさんおとなしかったが、今日は地の利もあるか、さだやん師匠オンステージ。人物月旦から何から、これまた皮肉と悪口の羅列、それが周囲を爆笑させるほど面白い。

さだやんさん、私の日記を“長すぎる”とクサシながら褒めてくれる。家元が談笑のパーティでの私のスピーチを褒めてくれていたことも“こっそり”教えてくれる。悪態をつきながら、である。悪口の年期が違うなと思う。この味をラジオで出したかった!

日記つながりで言えば、さだやん師匠の日記で、私が大感動した文章がある。あまりに感動したのでコピペして某所にとっておいたくらいだ。ちょっと無断で紹介してしまおう。

「鍋を囲んで、わいわいがやがや、落語論、政治経済、噂話、人物分析。だいたい、最後は悪口になるのだが。これは必然だな。
その方が精神状態には大変よろしいかと。
だれが、いつ、どこで、どんなシュチエーションで、どんな発言を、拠って彼は愚鈍魯鈍キンである(唐沢注:“キン”は寄席用語で“馬鹿”のこと)。論理のお勉強も出来るし、語彙も増えるし、なにより、その人物を良く観察し理解しきっちりフォーカスを当てた議論が肝心。言っている者自身が皆に激しい突っ込みを入れられてしまうのだ。なまやさしい事ではないのだ、油断禁物、人の悪口。そのまんま、自分に跳ね返ってくる事が実に多い。
しかも、その中にギャグの二つ三つは入れないと場の空気が和まない。悪口の為の悪口、ネタミ、ソネミ、嫉妬からくる悪口は最悪の烙印を押されるのである」
                              (2006年4月10日のミクシィ日記より)

“いい悪口”を言うには、その対象をきちんと把握し、分析しないとダメ。つまり、頭が悪い奴には悪口も言えないのだ。今日はその神髄を見たような気がした(もっとも、本人はかなり酔いが回って全く記憶にないらしい)。そろそろ、と腰を上げたのがすでに三時(酔の助のお母さんも、よく追い出さずにいてくれたもの。口は悪いが人情は厚い)。しかし、私、明日は金沢だぞ。大丈夫か。

オノはみんなと別れ際、ハグしあっていた。思えば彼女が私のマネージャーになってから体験した、最初のメジャー仕事だったかもしれない。感慨深いものがあったろう。彼女と中野監督とタクシーで帰宅。監督を下ろして、青梅街道沿いでちょっとローソンで下ろしてもらってトイレ使い、明日の朝用のパンとコーヒー牛乳を買う。帰宅、就寝は4時過ぎ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa