10日
金曜日
悪罵のルンナ
♪ルンナ、悪口ばなしをしましょ。
※ 仙台講演、一乃谷
朝7時起き。入浴、日記つけ。9時朝食、青豆スープ、豊水、ピオーネ。モウラ原稿(K子の試験前泊り込み用前倒し分)書き出す。予定ではこれを10時半くらいまでに片付けて出発、の予定だったがちょっと遅れて、11時までかかる。あわてて出宅、出掛けにK子とばったり会ったので、原稿の指示などして、タクシー飛び乗ったのが11時10分。
新幹線は11時56分発である。普通なら余裕で間に合う時間だったが、金曜日でゴットー日、道がもう馬鹿混み。おまけに運転手さんの信号運がまあ、悪いのなんの。ほぼ全てと言っていい大きな交差点で赤に引っかかり、それも変わったばかりの段階で引っかかるので、まるまる待たねばならない。
ついに56分の『はやて』、逃す。こういうことも初めてである。オノと携帯で連絡とり、8分後の“やまびこ”に乗っていくことにする。出発は8分後でも、到着は45分遅れになるらしく(やまびこは遅いのだ)、講演の時間をずらしてもらうなりなんなり、善後策とってもらうようオノに依頼。オノ、講演先、それからマネージメント会社などとひっきりなしに連絡、なんとかなりそう。
あとはもうなるように、と、落ち着いて車内で原稿書き。〆切がだいぶ延びてしまった『Memo・男の部屋』。こういうときに、自分でも面白いと思える文章が書けるのが不思議。
仙台着、中央改札口に出迎えの女性待っていて、共にタクシー。雰囲気でなんとかなった様子なのでホッと。
彼女から前もって、
「今日は聞き手が工業高校の生徒たちで、ほとんど男子で、一部定時制の子たちもおります。ちょっと、お話中ざわつくかもしれませんが……」
とのこと。もちろん、前もって知っていたので、トリビアのクイズはじめ、高校生向けにして作っておいたが、果たして。
会場は市内の文化会館。控え室でオノが心配そうに待っていた。
「寿命縮みましたよー!」
と。関係者との挨拶、舞台上のパソコン操作の説明もそこそこに、すぐ講演開始。なるほど、司会の先生の話し中はかなりザワついていたが、私が壇上にあがると、やや静まる。テレビに出ている人間がどんなヤツか、ちょっと見てみようという好奇心からのざわつきだろう。
ここで
「えー、今回はお招きに預かりまして……」
などとやっては、また一気にダラけて、びっくり水を足したあとの鍋のように、すぐまたざわつきだす。
「こんにちは! 唐沢です! いやー、仙台、なつかしいですね!」
と、テンションをいつもの講演の1.5倍増しくらいにして、とにかく、いったんかかった網からのがさないように、徹底してスピーディーに話を進めていく。
最初に雑学がいかに面白く、かつ大事かと言う話をして、自分の住んでいる地域を誇るにも雑学が必要だ、という話から、
「ダースベイダーは宮城県が生んだ(伊達政宗の黒漆五枚胴具足と、宮城県出身の石森章太郎原作の『変身忍者嵐』の血車魔神斎がモデル)」
などというトリビアに持っていく。笑いもとれたし、まずまずの講演だったのではないか。最後まで客席がザワつかなかったのには内心、満足した(もっとも、後でネット検索してみたら、“非常に長い!”という意見があったのに苦笑。いつもよりずっと短い1時間の講演だったのだが、やはり20分以上、人の話を聞いていられない子もいるようだ)。
壇上で花束を受け取る。講演中で“仙台は三大不美人出身地として知られているが”というようなトリビアも(ちゃんとフォローして)披露したのだが、花束を渡してくれた男女生徒が、オノに言わせれば“超美男美女のコンビ”だった。
控室戻って、校長先生、その他関係者のみなさんに挨拶。続々と来るので疲れる。長々と話してくる人もいるが、これは私の話がよかったからだろう、と思うことにする。最初遅れたときにはどうなることかと心配したが、まず終わりよければ、でホッと息をつく。あのつくんも来てくれていた。ホテルはこのすぐ近くだというので、タクシーを断って、歩いてホテルに向かうが、私の講演が式の最後のプログラムだったらしく、生徒たちがみんな、ゾロゾロと街を歩いている。目立つ目立つ。ジロジロ眺められた。
で、ちょいと迷った末にたどりついたのが『ホテルソブリン』という、ロココ調のホテル。もっともこの通り近辺の建物にはロココというか洋式のヘンな感じなのが多く、ラブホかと思ったら酒屋だったりする。7時に一乃谷は予約だそうで、それまで3時間ほど、部屋で仕事。ここは無線LANをフロントで無料で貸し出してくれる。ネット継続、早いはやい。ここでなんとか『男の部屋』、原稿アゲて送る。急場の連載原稿はこれでほぼ片づき、ホッと。外を窓から見るに、雨が降ったような。
6時45分に階下に下りて、オノとあのつくんを待つ間、隣のコンビニでATMで金を下ろそうと思ったが、これが誤算。こちらのコンビニは、東京のように、どこにでもATMが備えつけてあるというものではないのであった。しまった、今日の一乃谷が高かったらどうしようと、ちょっと心配になる。
やがて外はもうネオンのちまたになり三人揃って店へ。近いこと。大将に挨拶、大将ニヤニヤしながら、両手に一尺(33センチ)はあろうかというイワナを持ち、
「今日はこれで骨酒やるから!」
とのこと。みんな期待に胸をときめかせて席につく。今日は他のお客さんも何組も入り、にぎやか。やっと仙台にもクジラ食が定着したか?
わくわくしつつテーブルに。傍見頼路さんも到着、もうこの人も仙台は二年目の冬。もっとも京都生まれなので寒さには馴れているかと思ったら
「京都は確かに寒いけど、こんな早く寒くはならない」
と。なるほど、こないだ見た京都はまだ紅葉も三分の一くらい。
ビールで乾杯。突き出しがクジラの皮と里芋の煮物。里芋が自家製だそうで、ねっとり感がまるで違う。それから、木箱入りの寄せ豆腐。こちらの豆腐店で、一日一丁しか作らないという逸品だそうな。豆の香りがして、もっちり。
それからお造り盛り合わせ、赤身(脂合わせ)、歯茎、ヒャクヒロ、皮、サエズリ、サエズリのベーコン、睾丸、肺、ハツ、食道、コブクロ、ベーコン、生ベーコン、簀の子。なんか全部あわせるとクジラが再生しそうな。肺なんて部位を食えるとは思えなかったが、普通の肉と同じく食える。以前九州で“馬の肺”を食ったが、あれはふわふわしたはんぺんみたいな食感で、なるほど肺じゃわいと思ったものだが、さすが水棲動物というか、肺もしっかり歯ごたえがある。
ここまでをビール、それから日本酒にしよう、と日高見を。そうしたら、もう次にステーキが出た。ここのレアステーキは汁に半ば沈みながら出てくる。あのつくんは、以前西玉水で食べたクジラを
「人生で食った最高の美味」
といっている人間だが、それでもこのステーキだけはあそこには真似できないだろう、と言う。それはそうで、日本酒と醤油の汁に漬けたようなステーキにマヨネーズがたっぷりかかったような、俗な食い物の旨さを徹底して引き出したような食べ物で、これは基本が大衆食堂であるこの一乃谷の独壇場的料理だろう。
もう、食うのが追いつかないよー、と叫びたくなるくらい次から次へと。この店は、肉ジャガでも鶏大根でも、なんでもクジラで作ってしまうのが特徴だが、今日は柳川鍋。しかも、ですぞ。そのドジョウ代わりの肉は、ただの鯨肉ではなく、サエズリなのだ。サエズリだけで作った鍋! ぜいたくの極地であろう。
もちろん、メンバーがメンバーだから会話もはずむ。京都生まれの傍見さんによると、京都の料理ってのは色の取り合わせを大事にするあまり、金時人参のような、色だけは抜けるように鮮やかな赤でも、味はほとんどないような野菜を作り出したという。
そして、予告あったイワナの骨酒出る。それがまあ、巨大な土鍋に一升五合ぶんの酒が入り、そこに塩焼のイワナが優雅に泳いでいるという代物。これがもう、実になんというか、どうもこうもという絶品で
あって、みんな熱々のところを啜って“ウメーッ!”とうなる。要するに、お吸い物と熱燗の酒のちょうど中間なのである。お吸い物を肴に日本酒を飲んでいるようなもので、それを別々に口にいれる必要がない、という手間入らずなもんなのである。
で、やがて時間がたって、熱でアルコールが飛び、ダシもどんどん出て、汁が黄色く色づいてくると、もうこれは純粋なお吸い物である。で、あれば、酒はまた別に飲めばよろしい、というわけで、日高見をまたとるのである。飲ん兵衛が飲ん兵衛のために考えた料理に違いない。
で、この夜の饗宴はまだ終らない。続いて出たのは牡蠣の天ぷらである。天ぷらといったって、普通の天ぷらや、掻揚げとは段が違う。約500グラムの生食用の牡蛎の身(だいたい25〜30個分くらいになるか)を叩いてつくね状態にし、揚げた、いわば牡蛎のメンチ揚げである。肝の部分の濃厚さが全体に行き渡り、身の部分の旨味がこれも叩かれることによってさらに際立つ。牡蛎の神様がいたら、ちょっといくらなんでもこれは人間がぜいたくすぎるのではないか、と怒り出すような、そんな、“蕩尽的食い物”であった。
さらにさらに、鯨の寿司が出る。もう、書き記すのも難儀な気がする。柔らかな赤身を握ったシャリの上に乗せて食すのだが、食って思わず、その濃厚な旨味に“ん?”となる。見ると、ネタの赤身の下に、そっと皮のところの脂身が忍ばせてあった。口の中で噛むと、その脂が体温で溶け、シャリにいいぐあいにからまって、天上の美味となる。
飯粒が入ったところで、さっきまで我慢していた、ステーキの汁を、飯にぶっかけての汁飯。下品極まりなく不健康極まりないが、自分の品と健康を犠牲にしてもかっこみたい逸品。余った汁をビンに詰めて持って帰った客もいるそうな。
そしてはりはり。西玉水の上品なはりはりと違い、こっちのはりはりはクジラの脂がギラギラ玉になって浮いているような、そんなはりはり。しかしここまで来たらもう、全身クジラまみれだ、とばかり、ラーメンを入れてもらって啜り込む。品と健康の他に体重も犠牲にしているな。
大将と記念写真を。何か私の日記でこの店を知った人が次々来店するそうだが、それがみんな、
「これはまだ唐沢さんも食べていない」
というものを出してもらっている。今日はそのカタキウチであった。
お支払いだが、これで一人一万を切る。私だから特別というわけでなく、このあいだ来たjyamaさんも光デパートさんもそれくらいだったようだ。おかげでATMで金を下ろせなかった身でも大丈夫だった。東京から来た客で、
「この店はイルカ使ってんじゃねえか、安すぎる」
と言うやつがいたそうである。イルカでこんな味が出せるか。
オノが東京の相方におみやげを、と申し出る。実にもう気前よく、ビニール袋ぎっちりにつまった鯨肉が。ホテルまでの道のりが近くて幸せ。あまりの旨味に口の中がマヒしたので、自動販売機で氷結レモン買って、部屋でちょっと息をつく。
明日は大阪だ。
またクジラである。