裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

7日

土曜日

レ・セミダブル

シングルベッドでは窮屈な体格になってしまった。噫無情。

朝6時半起床。さほど眠くないのは夕べも少酒だったせいか、いや、それより雨あがり気圧が上向き加減だからだろう。入浴後メールチェックし、K子の買ってきたサンドイッチで朝食。ブラックコーヒー、ラムネ一本。今日は博多でぴんでんさんの結婚披露宴に出席するんである。

8時、準備して家を出る。タクシーつかまえるのにちょっと難渋。運転手さん話し好きらしく、昨日の大雨大風の中、やはり羽田に向かった話してくれる。客が高速に入る手前で車を止めさせて、携帯で飛行場に電話して
「飛ぶの? 飛ばないの? 飛ぶんだったら高速入るし、飛ばないんならこのまま新幹線乗るけど!」
と叫んでいたそうである。

高速が混みまくりでちょっと緊張するが、箱崎ジャンクションから先はスイスイと。レインボーブリッジのあたりで空、晴れ渡り、見事な光景。ただし海面は昨日までの雨で茶色に濁っていた。新空港までの直線コースはみな、レースの如く飛ばす飛ばす。無事空港へ。知り合い(マイミクのM川さん)に声をかけられた。使用機のシートを交換する、というので15分ほど搭乗案内が遅れる。誰か前の乗客が吐いたか何かしたのだろう。

福岡空港は街中にあるので、窓外を見るともう、ビルの屋根に機腹がこすれそうなくらいすれすれを飛んでいる。到着、エロの冒険者さんと新郎のぴんでんさん自身が迎えに来てくれていた。新郎の車で天神まで。車内、K子暴君のようにふるまう。これでウケるのだから得な芸風である。ぴんでんさん曰く、披露宴を十月にしたのも、最初9月を予定していたらK子に“9月は能登に行くから、10月にして!”と“命令”されたからだとか。

獅子児さん、しおやさんはじめ他のAIQメンバーたちと落ち合い、『魚魚(とと)や』で昼食。イカの生き作りが特注されたのでエロさんしおやさんと私の三人のみビール。このお造りもよかったがお好きなだけ、とテーブルにおかれた自家製イカの塩辛がまた結構。定食(さしみ、てんぷら等)を頼む人がほとんどだったが、“玉レバー丼とラーメン”が気になった(ちょっと前の週刊誌のグルメ欄で、ここのではないが玉レバー丼が紹介されていた)のでそっちにする。正解で、甘辛く味付けされたレバーと玉ねぎの風味がマッチして昼食には最適。ここの店を紹介してくれたTさんは豚汁定食目玉焼きつき、というのを頼んでいた。目玉焼きをご飯にかけて食べるのだとか。もともとは冬季限定メニューだったものを毎日々々注文して、ついにオールシーズン食べられるようにしたのだとか。なんという執念。

雑談いろいろ、博多の横暴なラーメン屋(決まった順番で箸をつけないとどんぶりをとりあげて“帰れ”と言われるという店など)の話など聞いて笑う。AIQのメンバーは本当に話し好きだし、人間が面白い。

そこからK子は獅子児さんに案内されてTACの簿記学校へ。TACはカリキュラムが全国一律なので、支部があるところならどこでも受けられる。私はホテルでチェックインしたあと、しおやさんと一緒に
エロさんの家へ。日記などでかねて聞き及んでいた、エロさん家のホームシアターを見学に。

8畳ほどの大きさの部屋に、ゆったりと体を横たえられるリクライニング・チェアがおかれ、全面に大きなスクリーン、そして壁面にはエロさんのコレクションであるB級映画中心のDVDがぎっしり。これはオトコの城、であろう。しおやさんと二人、出してくれたコーヒー啜りつつ、ここで『スターウォーズ/シスの復讐』を見る。冒頭のコルサントでの空中戦など、細かいディティールがきちんとすみずみまで見られて、すごい。披露宴の時間が迫って、舞台がムスタファーに移るあたりで着替えて会場へ。

会場をエロさんは今朝までソラリアホテル(オタアミのときの定宿)と思い込んでいたらしい。実際は西鉄グランドホテル。会場前の控室で見ると、何か懐かしい、昔出た親戚の結婚式のような状況で、私のちょっと派手目なネクタイやチョッキが場違いぽくてやや汗をかく。控室で水割りなど飲みながら待つ。K子は結局、東京と博多でのコマのずれがあって、目的の授業を受けられなかったとか。“時差よ”と憤然としていた。

会場はこういうのは披露宴としては珍しいと思うのだが左右に大きな窓をとって山側、海側の景色が見えるオープンな会場。90人くらいの出席者。オタク仲間は私たちのテーブルの4人(獅子児、エロ、K子、私)くらいらしい。他は親族と新郎の仕事関係、新婦のかつての仕事関係など。やがて新郎新婦が入場してきたが、なんとそのときの曲が『仮面ライダー響鬼』のOP。一般の風を装っていても、そこはやはりオタクの結婚式。『天地大乱』で始まった加藤礼次朗の結婚式を思い出した。
新郎は紋付羽織袴の和服だが、着付けの人に
「お腹に巻くタオルがいらないですね」
と言われたというのがまさに、という似合い方であった。

司会進行をかつての新婦の仕事関係(情報誌編集者)もあって地元の放送局のアナウンサーの男性、フリーの女性アナウンサーが務めているが、彼らがいい雰囲気だった。やとわれ司会者にありがちな歯の浮くようなお世辞もなく、適宜ツッコミを入れつつ、笑いをとって進めていく。

料理はフランス料理のコース。エロさんが始まる前に、やたら
「フォアグラは出るだろうか」
と気にしていた。エロさんは弟さんの結婚式で生まれて初めてフォアグラというものを食べて(金持ちのムスコなのだが)その美味さに感動し、今回の披露宴でも楽しみはフォアグラである、これが出ないと暴れる、とか言っていた。で、メニューを見ると、メインディッシュが“牛ヒレ肉のパイ包み、フォアグラ風味”とある。“風味”というオチにK子、爆笑、大喜び。
エロさんはこういうところで絶妙のオチをとれる得な体質である。今回も食事の最中に仮歯だった前歯が突然抜けるというアクシデントや、タピオカ入りコンソメのタピオカが一個しか入ってなかった、とかいう天然の間の悪さで笑いをとっていた。ちなみに、“フォアグラ風味”とは、フィレ肉の中にフォアグラが芯になって巻かれており、ソース変わりの風味づけになっている、というものだった。

やがてスピーチの時間になり、私の紹介。
「絶賛放映中の『トリビアの泉』の……」
とか言うので、われわれの席、みんな苦笑。と学会だのポケットだのって、九州の人たちは知らないだろう。仕方なし。

私のスピーチ、“期待されている”役割、すなわち
「新郎はこのような、テレビに出ている人間も呼べる顔の広さを持っている」
を親戚の皆さんに印象づける役割を果たすべく、結婚披露宴に関するトリビアをいくつか披露。新婦の友人たちの席で、ドレス姿の女性たちが一斉に右手を上下させて
「へえ! へえ!」
とやっていたので、まず成功か。
「現在の披露宴というのはこのように、各国の文化文明の知恵を集めてでき上がっているのです。もともと、披露宴と言うのは二人が結婚した、という事実をお集まりのみなさんに記憶させ忘れないようにすることが目的であります。だから新郎はこういう席で大げさにこけたり、酒を飲んで酔っぱらって物を壊したりするような失敗をすることが大事なのです。これからお二人の生活には、楽しいことの他に大きな失敗もあるでしょうが、その失敗が、夫婦生活のよき記憶となり、お二人の仲をいっそう固めてくれることと信じます。失敗を恐れずに、むしろそれを今日ここにお集まりのみなさんに報告して笑い合うような、失敗を楽しむ結婚生活を送っていっていただきたいと思います。本日はおめでとうございます」
などと〆る。自慢するようだが(自慢だが)私のトーク中、最も上手い部類に属するのがこういう席でのスピーチである。話すたびに新郎新婦の両親に感動される。もっとも、私のスピーチするような夫婦は離婚率も高いのだが……これは私のせいではなく、所属するギョーカイの悪弊である。この二人は一般人であるから大丈夫だ(と思う)。

お色直しで何回も新郎新婦、退場と入場。二度目の入場のとき、歩いてくる途中で新郎、大げさにコケて見せてくれた。私のスピーチを受けてのギャグである。

新婦のお父様が、失礼ながらお祖父様かと思った高齢の方で、フロックコートを来ているのだが、その“体に合わなさ”(変な日本語だが)が最高にいい。『吾輩は猫である』に出てくる、迷亭の伯父さんで、まったく体に合わないフロックコートを来て上京してくるが、あれを思い出した。襟首のところなどがガバッというくらい開いているのだが、いかにも明治、という感じである。まさか明治生まれではなかろうが。

途中で新郎新婦のこれまでの歩みを編集したビデオが流れる。BGMは『プロジェクトA』である。現在の写真が出ると、司会のアナウンサー氏が
「本当にまんまるにお幸せなご夫婦で」
とやって受ける。冒頭にこの司会者が二人のなれそめを語るのだが、そこでも見合いの翌日のデートで
「ジンギスカンを七人前食べたそうで、普通ならここでアウトですが」
とやって笑わせていた。食でつながった夫婦は強いよ。

そのあとも親戚、友人たちのスピーチが続き、お色直し、水を注ぐと光る形式のなんとかファンタジーという儀式みたいなものがあり、新郎は友人たちの献杯責めにあい(こういうところの杯を全部受けているとべろべろになるため、普通は会場が中身を捨てるバケツを用意するのだが、ぴんでんさんはバケツ不要宣言をしたそうである)いわゆる“いい披露宴”であった。大学時代の友人(みずしな孝之さんそっくり)が
「あの、女房が先生の大ファンで、自慢したいので写真を」
と、並んで撮影。これも酔っての強要でなく非常に気持ちいい申し出であった。

8時半にお開き、引き出物を持って退出。かなりここまでで酔ってくたびれていたので、悪いが二次会はパスさせてもらい、K子のみ送り出す。ベッドで本を読み始めるがすぐグースカ状態に。12時過ぎ、K子ごきげんで帰ってくる。新郎の友人の紹介する博多ラーメン屋に行ったのだが、そこが大変おいしかったそうだ。これは行きたかった・酒が醒めていたので、ちょっとホテルを出て、水割り缶とおつまみを買って帰り、mixiなど見ながら啜る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa