裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

木曜日

チェン・ミンのチェン・ミンによる

チェン・ミンのための二胡演奏(女子十二楽坊ファン)。

昨夜は結局ベッドに入ったのが3時、寝たのが3時半だった。枕の高い(値段のことではなく、実際の高さ)のが好きで低い枕だと寝つかれないのだが、今使っている枕がヘタれてきて段々ぺっしゃんこになってきている。座布団を二つ折りにしてその上に敷いているのだが、座布団もぺしゃんこになりかけ。旅行で困るのはそれで、ホテルや旅館の枕は柔らかすぎて、すぐ低すぎの枕になってしまう。和風旅館なら座布団があるのでそれを枕に重ねる。ホテルの場合が困る。だから予備の枕が備え付けてあるとそれだけでうれしくなる。二つ重ねて高くできるからである。フロントに言って持ってきてもらえばいいのだろうが、
「こいつ、二つ枕が必要なんて、女でも引っ張り込むのか」
と思われるのもイヤだし。最近は枕お申し付けがサービスになっているホテルも増えてきているようだが、私のような嗜好の人間が多いのだろう。

9時起床。やはり3時半就寝がよろしくなかった。入浴して自室で朝食、昨日、西武デパートで買ってきたスイカ。やはりサントクのに比べて甘さが段違い。日記つけ、佳声本テープ起こし一章チェックして送る。佳声先生、佳枝さんからのメールによると、某企画に大いに乗り気で、各地公演等でDVDや本のチラシをまく、と張り切っているらしい。

昨日これも西武デパートで買ってきたあなごの味噌寿司というもので昼食。あの八百善のものだが、普通にタレで煮ればうまいものを、なんでわざわざ味噌で味付けなくてはいかんのか、という代物だった。

雨はまだ降っていないが出がけにポツポツ。傘をとりに一旦戻る。乗ったタクシーの運転手さんによると、今日はこれから大雨、だそうな。

2時、恵比寿エコー劇場にてテアトルエコー公演『キメラの山荘』。ポスター、フライヤーのイラストを描いているのがいつもと学会本の表紙を描いてくれているマー関口氏であるのもご縁か。招待ワクで入れていただく。劇場、満席で補助を出す盛況。
この『キメラの山荘』、テアトルエコー50周年記念公演。客席にも50年ずっとここのお芝居を観続けてきた、という感じの年配の人の姿が目立った。そして、内容も、宗教団体の創立50周年のドタバタの話。オウム真理教のサリン事件をずっと矮小化したような、リゾートホテルのパーティでの笑茸中毒事件を調査しに、それを混入したという疑いのある宗教団体『森之笑』(もりのわらい)に潜入調査した刑事の話。

森之笑は自然を神とし、森林伐採や化学薬品による土壌汚染に反対するおだやかな宗教団体なのだが、笑茸事件以来、過激なカルト宗教ではないのかと公安が疑いだし、何とか教団の中に犯人を見つけ出してそれをつぶそうと刑事を内偵に送り込む。確かに教団内部は浮世離れした変人たちが多く、また女教祖はボケが来て徘徊老人になってしまっている。しかも、教団と対立して脱会した過激派の元・信者がそこらをうろついているらしい。しかし、3ヶ月間、内部で暮らすうち、刑事は(信者の女の子と恋愛関係が生まれたこともあり)人間としてまっとうなのはここの信者たちであり、自分たちの方が実は狂っているのではないかと疑い出す……。

風刺をここまでストレートに出した喜劇を観たのは久しぶりで(飯沢匡の作風を彷彿とさせる)、野田治彦という若い作家(と言っても40歳)のお手並み拝見という感じだったが、ドタバタの処理はまだ未消化ながらも、役者が喜劇慣れしているため安心して観られ、熊倉一雄(教団のナンバー2)や納谷悟朗(教団に土地を貸している地主)といったベテラン、後藤敦(潜入した刑事)、きっかわ佳代(刑事と心を通わす女性信者)、いつぞやの『サンシャイン・ボーイズ』でその胸の巨大さに驚嘆した吉川亜紀子(金欲しさに刑事に情報を売る現代娘の信者)などの若手陣のさすがの達者さで見せるし、笑わせる。ことに刑事と無線で連絡をとりあう上司役の沖恂一郎が好演というか怪演で、自分も登山者の格好で潜入してくるがバレそうになり、日系アメリカ人のふりをとっさにして(連絡用の“マイク”という言葉を聞きとがめられてそれは自分の名前、と言い訳して)突如、“オー、イェース、アイム・アメリカン、アイ・ライク・マクドナルド!”と怪しげな英語をしゃべりだすあたりは爆笑もの。

とはいえ、話は中盤以降、収斂の先が見えてきたあたりから、ちょっと風刺喜劇のパターンとはいえ“国家=悪”“自然=善”という図式を露骨に出しすぎてきて、ここらがやや、ハナにつくなあ、と思い始めてきていた……らば、ラストにすごいどんでんがえしがあり、一挙に話全体がブラックなものとなってオチがついた。

こういうどんでんがえしがいつでもうまく行くとは限らないし、ある意味そこに至るまで芝居に感情移入して観てきた客を裏切ることにもなりかねない危険性を含んでいるのだが、しかし、ここまで見事にそれまでの設定をひっくり返してまとめるその力技に、ある意味大感服。自分でも本の書き下ろしなどをしていてわかるのだが、だいたい、いろいろ広げた話の収斂の見込みがついてきて内容がまとまる、と頭の中での計算が立った時点で、作者というのは満足してしまいがちだ。予定調和というのは通俗的な心地よさがあるので、マズ、コンナトコロカとそこで筆をおいてしまう危険性が常にある。

実は読者(観客)の心の油断をみすましての、もう一発のネタが出せるか出せないかで、その作品がどれだけ印象深くなるか、その度合いが全く変わる。しかし、普通一般の作者はまず、広げた風呂敷をたためたというだけで、力を使い果たしてしまいがちだ。そこでもう一遍、たたんだ風呂敷をバッ、とまた広げられるか、で、その作者の体力・気力の充実の度合いがわかるのである。今回の野田治彦の気力の度合いはその意味ですごかった。

雨が外はかなり激しくなっている。出てタクシーで事務所へ。オノとバーバラの二人とちょっと打ち合わせ。はれつ氏とメールやりとりして、こないだの言い争いの件、和解。スタッフもブレーンも、みんな私のことを心配してくれてキツいことを言ったりしてくれること、感謝。諌臣無き国家は滅ぶ、これは鉄則。

6時、油面住区センター『コムテツ』稽古。児童館のお遊戯室が稽古場。椅子もないので床に座って。今日は立ち稽古で流れをつかむ。橋沢座長、髭も剃らないままで、かなりこの芝居作りに入れ込んでいる感じ。役者サイドはリラックス。私と乾ちゃんのやりとりに、周囲からかなり意見が飛ぶ。

9時15分、終わってJRで新宿まで。車中客演の原田さんと雑談。原稿書き仕事、スケジュールいろいろ考えて明日にする。スケジュールというより体調の問題。さてメシは、と考えて今日もK子は仕事場で遅いので和の○寅ででも、と東北沢。小柳津大将、今朝、jyamaさんなんかと総勢30名で築地買い出しツアーに行ってきたそうだ。突き出しがキンピラゴボウと鰹の煮つけ、それから生ガキ、お造りがトロ鰹とウニ、イカ。ルッコラなどの葉サラダの上にお造りが乗っており、サラダは別のバジルソースで食べる。これが絶品。最後に肉ジャガで、その肉ジャガの汁に卵黄を落とし、それをご飯にかけて食べる。体に悪そうなことこの上ないが、しかしウマイ。

スパークリングワイン小瓶開けたので、カウンターの他のお客さんにもおすそ分け。そのうちの男性二人連れが帰ったあと、聞いたら彼ら、幻冬舎の『ゲーテ』のスタッフだったそうだ。なら、そう言って名刺交換くらいすりゃいいに、と思う。自分のところの執筆者の顔くらい知っているだろうに。

タクシーで帰宅、今日は日の変わらないうちに、と半身浴などあきらめてベッドにもぐりこむ。鬱が雨のせいだけであることを切に望む。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa