裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

26日

金曜日

甘党のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

 チョコの好きな女だって? ここにはたくさんいるからねえ。朝6時半起床、入浴すませて7時半メシ。ナシ、リンゴ、ブドー。須賀さん起きてきて風呂に入っているが、風呂場でドタンと大きな音をさせたり、電気カミソリのフタを掃除したりしているらしくなかなか出て来ず、母が心配していた。ウチは昔っからセッカチな家で、朝ごはんだよと呼ばれてちょっとでもグズグズしていると、遅い! と親父の雷が飛んだ。商人の家だったせいかとも思うが、なに、単に親父がイラチだっただけだろう。

 新聞を読む。チャールズ皇太子が皇太子事務所の女性職員の不当解雇裁判に関し、
「多くの人が実際の能力以上のことができると思い違いしているようだ。これは、だれでもポップスター、高裁判事、有能なテレビ司会者になれるかのように教師が教えているからだ」
 というメモを書いたとして問題になっているという。まあ、王族がこういうことを言ってしまう(メモであっても)というのはいかがなものかと思うが、内容に関してだけ言えば現代における教育問題に対する極めてまっとうな意見であり、人によって は正論とすら評価するだろう。

 現代の青年が不幸なのは、夢と希望はタダという世界に生きているからである。あれは凄まじい効果を発揮しはするが、同様に体と心をむしばむ劇薬でもあることを忘れてはいけない。昔は“分際”といういい言葉があったし、生まれだの身分だのという、夢を諦めるための要素がいっぱいあったから気が楽だった。それに、夢を叶えた連中の情報が今のようにあふれかえっていなかった。理想ばかり遠くに見て地に足をつけず、果ては自分の理想と異なった現実に向き合うことを拒否して、やたら攻撃的になったり、引きこもりになったり(あるいは両方になったり)する者が増えているのは、“夢は必ずかなうもの”と教えこまれているためだと、チャールズ殿下でなくても思って当然だろう。安直に若者に夢を与えるということは、それを見事に叶える一人の人間と、挫折し失望する九九人の人間を製造することになるということを、オ トナたちはわかっているのか。

 夢を持つなと言っているのではない。人生で大事なのは、夢を基準線として、その実現への距離を測りながら、自分の持つ能力の限界というものを客観的に評価していくことなのだ。いい加減後戻りができない年齢になるまでに、自分をリアルサイズで見ることを学んでおかないと、後で悲惨なことになる。そして、そういう連中に限って、夢をかなえられなかったことを他人のせいにして逆恨みしてくるのである。

 須賀さんと一緒に家を出て、地下鉄駅まで案内、私はバスに乗って仕事場へ。日曜のうわの空ライブに来られる予定の関口誠人さんから、場所を知らないので待ち合わせて一緒に連れていってほしいとのメール。了解する。FRIDAYの四コマネタを やって、編集部にメール。

 昼は例のごとくオニギリダイエット。シャケのニギリメシ一ヶに納豆。今日からまたいつもの黒豆小粒に戻した。やはり美味い。この納豆の美味あるが故に、オニギリ だけというダイエットに堪えられる。

 2時、時間割。奥さんがいまベギちゃんとママさん仲間だという講談社Iくんと打ち合わせ。執筆陣に大学教授だの博士号所持者だのがズラリ並ぶお堅い学術系叢書への執筆の件と、某雑誌の創刊準備号の
「イケメン男とベッドインしたらセックスがカラッ下手だったときのアナタの対処の仕方」
 という馬鹿な内容のコラムの執筆の件と両方を相談。両方やらされている彼も彼だが(やらせる出版社も出版社だが)両方書こうという私も私だ。

 帰宅、GBのHさんに、イラストの土田さんの連絡先などをメール。アスペクトKさんから送られた、社会派くん対談、まだコラムが一字も書けていないが、とりあえずこれにチェック入れる作業を開始。BGMにジャッキー吉川とブルー・コメッツの『EVERGREEN TOP 40』。1970年にブルコメが出した、『ポピュラー・ヒット25年史』というレコードのCD化。『テネシー・ワルツ』からプレスリー・ナンバー、『16トン』など終戦から四半世紀間のカバー・ポップス・ヒットメドレーをブルコメと、仲良しのいしだあゆみ、小坂一也、平尾昌晃などが吹き込ん だもの。

 日本語化されて歌われる英語のバタ臭いこと。今の若い歌手の方がずっと自然に、ずっと上手く英語を発音しているのに、どうしてこの時代の歌手たちの歌う英語の方がよりアメリカを感じるのか。確実に“異文化”だったアメリカへの思い入れがあるからだろう。今の歌手の歌う英語は“ケ(日常)”で、この当時の歌手の英語の歌は “ハレ(非日常)”なのだ。お祭りなのである。テンションが違うのである。

 有名な曲ばかりなのでみんなどこかで一回や二回は聞いたことがあるのだが、拾いモノが初めて聞いた、いしだあゆみが日本語歌詞で歌うドリス・デイのお色気コミッ ク・ソング『ガイ・イズ・ア・ガイ』。
「いつでもママはしかるけれど
 不思議に胸がときめくの
 だって無理ですワ私だって
 アバンチュールを楽しみたい」
 ……音羽たかし(キングレコード社員の合同PN)の古くさい訳詞もキッチュでいいが、22歳のいしだあゆみの歌唱が実にフシギな感じなのである。

 1970年と言えばいしだあゆみ、前年の『ブルー・ライト・ヨコハマ』の大ヒットに引き続き『あなたならどうする』を発表した、ブレイク最中の年。そのイメージと180度違うコミック・ソングをよく事務所も歌わせたし、いしだもまた手慣れて歌いこなしている。22歳とは思えない大人っぷりで、しかもコケティッシュ。

 チェックに案外時間がかかり、8時に帰宅の予定が20分ほど遅れる。今日はわが家で改めて須雅屋さんの受賞お祝い。S山さん、植木さん、破裂の人形さん、少し遅れて皆神さん、それに私とK子。古本ばなし少し。古本はときどき前の持ち主の毛などがはさまっているからイヤだと言われるが、声ちゃんが緊縛ヌード写真集(『人間時計』)出したときは、剃毛した陰毛を一冊々々の奥付につけていたではないか、と 言うと
「でも、あれは声ちゃんのものとわかっているわけですから買う方も納得して」
「わからんよ、まんだらけの社長のものかもしれん」
 自分で言ってちょっとオエッとなる。

 最初こそすがやさんをおもんぱかって古書談義、受賞談義だったが、もうこのメンバーであるから、中途からワヤクチャになり、完全にすがやさんを置いてく。親殺しの話だとかなんだとか。そんな話をしながら、よくみんな飲むわ食うわ。前菜がカツサンドと能登の揚げ栗、それからあのつくんから送られた聖護院大根と小ハマグリの煮物、今日、母が破裂さんとアメ横で買ってきたまぐろのタルタル風。〆に里芋をご飯と一緒に炊き込んだ芋飯。これが一番の好評。植木さん例によりダジャレ連発であるが、この芋飯を見るや、ただちに“玄関あけたらサトイモご飯(玄関あけたらサトウのご飯)”とやって、これは母にもK子にも大ウケ(ただし、後日植木氏の日記を読んだら、他のシャレは記載してあるのにこれは載ってない。たぶん自分では記憶していないのであろう)。11時少し前に解散、私は疲れがたまっていてすぐ寝る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa