17日
土曜日
にほんごでコソボ
民族問題は、ややこしや〜(野村萬斎)。朝7時起床7時半朝食。朝のフラフラ感また戻る。朝食キャベツサラダ、カブの冷ポタ、キウイ。朝刊にマンガ家・鈴木義司氏死去の報。悪性リンパ腫、75歳。夕刊をほとんど読まなくなったので、『サンワ リ君』休載を知らないでいたため、驚く。
『サンワリ君』はなをきがどこだかで、意味のない趣味の例として“サンワリ君のスクラップ”というのを挙げてギャグにしていたくらい、現代の漫画読者の目から見ると、トンガったところのない四コマ漫画だった。たぶん、これでしか鈴木氏を知らない若い読者にとっては、氏は“つまらないマンガ家”の代表、でしかなかったのではあるまいか。だが、それを言うなら、今の新聞の他の四コマ、例えば『アサッテ君』や『サラリ君』がどれだけ面白いか。新聞の四コマはマンガファンのために描かれているものではないのだ。むしろ、ナンセンスギャグ受容の“文法の基礎”を読者に求める『地球防衛家のヒトビト』よりも、『サンワリ君』は決して優れているとは言え ないまでも、親切なマンガ(殊に年輩層に)ではあった。
私の世代にとっては、鈴木氏は若者雑誌の代表であった『平凡パンチ』に『CVゼニー・青い目の熊さん』などという社会戯評マンガを連載していて、それなりに鋭い風刺眼を見せていたし、もう少し時代が前の『漫画読本』では、やはり風刺ナンセンス漫画を描いていて、同誌の代表作家の一人だった。……では、これらの作品を今、例えば筑摩書房の『現代漫画・鈴木義司集』などで読み返してみて、その才能のきらめきが再現性を持つかというと、かなり怪しい。
長くレギュラーであった『お笑い漫画道場』の宿敵(?)富永一朗の代表作『チンコロねえちゃん』が、現代の目で読み返してもナンセンス性が高い、笑える作品なのに比べて、鈴木氏の作品がどれも再読に耐えないのは、エロという不変のものをテーマにした富永氏に比べ、時事ネタのような移ろいゆくものを追いかけて描き続けていた創作家の、一種の宿命のようなものだろう。それらの作品は、あくまで“現代という時間”を共有している読者に対し発せられたもので、年月と共に色あせ、忘れられていく。逆に言うと、常に時代の最前線に留まることを目的とする者にとり、むしろ それは勲章なのではないか。後世に残る作品ばかりが名作なのではない。
『サンワリ君』は、『サザエさん』や『コボちゃん』と違い、家庭を持っていない主人公である。キャラクター設定自体ハッキリしない。いったいどういうところに住んでいて、勤める会社がどういう職種のところで、人間関係などがどうなっているのかはまるで描かれない。あくまで、一平均的庶民の代表として、時代のトピックスに対し、ややズレた意見を述べたり、ズレた体験をしたりする彼を描くことで、社会の末端において、ニュースというものが如何に受容されているか、を描くことをテーマにしていた作品であった。鈴木氏が功成り名遂げ、平均的庶民の視線から徐々に離れていった時点で、その切り口が鈍っていくのは当然のことだったろう。
それ以降の鈴木氏の本領は、むしろ多趣味多才な文化人としての、豊富な知識を駆使しての雑学エッセイの方に発揮されていたと思う。報知新聞社から平成8年に出ている『おしゃべり胃袋』は、雑学グルメエッセイマンガとして、読んで“これがあのサンワリ君の作者の書いたものか”と驚き、蒙を恥じたほどの面白さだった。こちらの方に主軸を移して活動していたならば、晩年のマンガ家・鈴木義司の評価はかなり変わっていたのではあるまいかとさえ思える。いまだ絶版ではないようなので(在庫切れの可能性はあるが)、興味を持った方はぜひ、この本、また他の旅行エッセイなどを探して手にとっていただきたい。
http://jp.tultur.com/-/4831901164/
8時20分のバスに間に合い、出勤。すでにして暑く、勤労意欲をなくす。ネットで資料集め。出版社の入社試験について調べる必要があって、いろいろ検索していたらなんと、どこの出版社か知らないが、入社試験に私のコラムを使っているところがある、という事実が判明した。↓『地獄就職試験』。無謀なことをする会社である。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hiro-har/kuro/nikki8.htm
どれくらいの規模の、どれくらいのレベルの出版社なのかは全て伏せられているのでわからないが(当社で本を出している作家を20人挙げろ、という設問があったそうだから、それなりの中堅どころではあると思うが)、他の受験者が年齢不詳の、まるでオシャレっぽくない、いかにも本好きの図書委員といったオタク男ばかりだったそうだから、いかにも私のコラムを試験に使いそうな会社ではあろう。少し笑った。
沖縄の中笈木六さんから電話、近況いろいろ報告しあい、最近の半チクな自称ラノベ評論家たちにいかに彼らプロ作家が迷惑しているか、の実例を聞く。それから鶴岡の電話、青山ブックセンター倒産について。あの青山本店の、おしゃれなだけで無意味に空間がある配置がキライだった、というようなことを話す。われわれの好む書店とは、例えば南阿佐ヶ谷の『書源』のように、空間恐怖症の如くに本が並び、積み上げられ、ここで火事でも起これば絶対助からないであろう、と思われるような書店な のであった。
開田さんからも電話、原稿の催促。“これから古書展に行って、帰ってから書きます”と答えると、受話器の向こうで呻き声があがる。参宮橋まで行き、『道楽』でノリミソラーメン啜ってから、初台駅まで歩き、京王線で神保町まで。愛書会古書展。70年代のセックス教則本から歌舞伎関連の資料、明治時代の生物学の本まで、実に雑多に買い物をする。重い荷物を抱えて出ると、ギラリと突き刺さるような陽光。こりゃアカンと、タクシー奮発して帰宅。運転手さんに渋谷まで、と告げたら、やたら 喜んで、手揉みまでして嬉しがっていた。
帰宅して少し休む。山田誠二さんから、新作ビデオの件で、“○○先生はこういう作品に出てくれるでしょうかね?”と問い合わせ。大丈夫でしょう、と答えておく。それから開田さんの原稿、コラムと座談会テープ起こしと二本もある。ザクザクと片づけていくが、案外はかどる。6時半にコラム、7時半に座談会原稿と、約束通りに 今日じゅうに二本、送ることが出来たのは幸い。
8時、タクシーで帰宅。今日は能登のこうでんさんから届いたサザエを喰らう会。参加者はS山さん、S井さんに、ずっとSF大会等でと学会に協力してくれていて、最近やっと正会員になったK谷さん。今回のサザエは、前回のものよりいくぶん大きめっぽい。量が多いので、四回に分けては網焼きにしたのを母が食卓に運んでくれるが、味わい濃厚にして潮の香ばしさが素晴らしい。そこらの海の家でやっているような、甘っ辛いツユでごまかす必要のない、新鮮極まりない貝なので、一切何の調味料もいらず、ただ焼くだけで、身のうちのダシと水分で壺焼きになってしまう。殻をほじり、身を引っ張り出し、ぴゅっと汁が飛び散るのもかまわずかぶりつく。十個は空にした。こうでんさんに大感謝。他にも海老のすり身のパン揚げ、角煮まんじゅうなど、ウチの料理も多々。酒も豊富、話題も豊富で愉快に時を過ごす。