裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

木曜日

アラー三太だ

 三太、そんな誇大妄想的なことを言うと敬虔なイスラム教徒に暗殺されるぞ!(しかし元ネタの『おらあ三太だ』というのも、もはや全く通じないだろうなあ)。朝、5時45分に起床、少しネットなど回って7時に改めて起床。入浴、服薬などいつものように。朝食、クルミサラダ、仙台のトマト。カブの冷ポタ。19分のバスに乗り 込むが、やたら混み合う。ゴットーはバスも混むか?

 仕事場に到着してすぐ、小学館『女性セブン』編集部から電話、コメントを求められる。最近人気の“ヨン様”であるが、あのように“様”をつけてスターを呼ぶ習慣の理由とか歴史とかを知りたい、という質問。こういうのは私の縄張りうちなので、 すぐ答えられる。返答、以下の如し。
「もともと“様”づけの呼びかけは江戸時代、歌舞伎役者のことを、海老蔵なら“海老さま”、菊五郎なら“菊さま”と呼ぶ習慣から来ている。海老蔵さま、菊五郎さまでなく、海老、菊と省略形で呼ぶことで親しみを、そして様づけで呼ぶことであこがれを表現するという、二律背反のファン心理を表した呼びかけだった(女郎などが腕に情夫の名を“×さま命”と彫りつけるのも同様だが、さて、どちらが先か)。この伝統は明治から昭和初期まで続き、徳川夢声は大正時代の女学生たちが、当時の美男俳優に入れ込むのに、ルドルフ・バレンチノ派とリチャード・バーセルメス派に別れて互いを賛美しあい、“バレ様”“セルメ様”とそれぞれを呼んでいたことを記録している(“セルメ様”という略もヘンだが、“バー様”では格好がつかないからであろう)。ところが、この伝統は敗戦で途絶える。女性の地位向上も預かって、戦後はスターはかつてのような“あこがれの対象”から、より親しみのある存在に変化して行った。これを象徴するのが呼びかけで、中村錦之助も石原裕次郎も“錦ちゃん”、“裕ちゃん”なのである。しかし、不思議なもので、好きになる対象というのは、手近なだけではダメで、高嶺の花にあこがれるという心理もやはり必要であるらしい。それが一般の間に復活したのは1970年代の『ベルばら』の“オスカル様”あたりからで、サッカーブームの“ベッカム様”まで続く。こういった、フルネーム+様で呼ばれる本当の高嶺の花に比べればまだ身近だが、それでもやはりスターの品格があり、なかなか手に届かない韓国映画界の貴公子というぺ・ヨンジュンのキャラクターが、かつてのバレ様・セルメ様の流れを引く、“略称+様”のヨン様という呼称を復活させたのではないか」
 と。どうまとめられるかは知らないが、担当の女性編集者さんには“やっぱり電話 してよかったです”と感謝された。

 弁当早めに使う。夏バテ防止にガーリック・ステーキ弁当。1時、東武ホテルで待ち合わせ、時間割にて編集プロダクション“三件茶屋ファクトリー”Y氏。某製薬会社の新製品の宣伝用特設サイトのコラム原稿依頼。木村和久、泉麻人、それに私の三人が交替でコラムを書くという企画。私は当然雑学系担当。『トリビアの泉』、Y氏の息子さんも、いまあの番組は“見ないと翌日の学校で話に入っていけない”と、ほとんど強迫観念で見ているとのこと。こういう受容のされかたは、番組スタッフも予 想していなかったろう。

 帰宅、立川流座談会原稿、なんとか前半部分まとめて談之助さんにメール。外の気圧の乱れ凄まじと思っていたら案の定、雨。3時に時間割で河出書房新社Sくんと打ち合わせだが、行きにボツ、ボツとくる。打ち合わせはやや、このあいだまでに比べて具体性を帯びてくる。幸い、終わって出てもまだ雨ザンザという感じにはなっておらず、仕事場に帰って、少し横になる。グーと寝てしまうが、20分ほど。

 講談社FRIDAYから電話。先日の四コマネタにナオシが入る。はいはいと、すぐさまそれに応じてギャグを強調したナオシ入れたもの。そしたらまた電話で、ギャグが入ってよくなったが、さらにもう一押し雑学を入れ込ん欲しいという注文。ひさびさに“講談社で仕事をしている”という気になった。いろいろ考えて、結局最初のものとはかなり変わったものになった原作を送る。本来、こういうことは作家にとって非常な手間であり、以前はそれでケンカもしたことがあるが、“人気連載なので編集部も欲張ったことを期待するので”というのは殺し文句である。

 9時、タクシーで東北沢。バル・エンリケにて、今日はパイデザ夫妻とうちの母の会食。最初にK子が注文していたので、次々に出てくる。ハモン・セラーノに鰯の酢漬け、田舎風パテ、それからマッシュルーム炒めにムール貝のスープ煮、塩ダラとポテトのオムレツと海老のピカンテ、モルシージャ入り鶏モツ煮込み、と、次から次。ワインはセップダルトというのを最初に頼み、すぐ空いたのでK子が“同じのを”と言うと、マスターが“同じワインを頼んじゃオモシロクないよ”と、感じの異なるアマント・ワーブレという銘柄を。私は体調が気圧で不順なので、後半はほとんどビールで。〆はやはりアサリのリゾット。堪能した。

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