裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

27日

土曜日

鉄火にしやがれ

 寿司ネタシリーズ第一弾。なかなか注文の決まらない客に職人が腹を立てて。朝、7時起床。朝食、最後の温泉卵。ミルクコーヒーに二十世紀。二十世紀梨を食べはじめたのは、“どうせ旬の短いものなのだから、あるうちは連続して食ってみよう”と いう思いつきからであったが、案外長く店頭に出ていますな。

 原監督辞任報道でずっとTVに渡辺オーナーの顔が出ている。いしいひさいちの社会風刺ものマンガの特徴は、似顔という枠にとらわれず、その人の人格(まあ、だいたい悪い人格だが)をそのままキャラクターにして、本人の元の顔がわからないくらいに崩してしまうことにあるが、このナベツネだけはどんどん、本人のご面相がいし いマンガに似てきている。

 12時、家を出て半蔵門線。センター街は一時はイラン人の天下だったが、最近は黒人がほぼ、外人ワクの100パーセントを占めるようになった。あやしげな商売をしているのでなければ日本人女性と肩を組んでいるが、今日は男子高校生と肩を組んでいる黒人を発見、何かに勧誘しようとしているのか、それともホモか。

 地下鉄で神保町へ。腹がへっていたので、まず白山通りの『いもや』で天丼をひさしぶりに食う。いつも、食ったあと油焼けした胸をジュース飲んでやすめていた角のゲームセンターはうどん屋かなにかに改装中。食べてから駿台坂下古書センター、趣味の古書展。まだこの地下の催事場には慣れない。1時間ほど見て回り、大した掘り出し物もなかったが、昭和二十年代の『全貌』『旋風』などの政治雑誌、昭和四十年 代のB級エロ雑誌などがバラで三十冊ほどあったので買う。

 中央線で新宿まで出て、買い物してタクシーで帰宅。『全貌』読みつつベッドに寝転がる。当時日本中を席巻していた共産主義化運動への抵抗誌で、ソ連べったり、中共べったりの学者や進歩的文化人をナデ斬りにしている。そのくせ右翼的・国家主義的なところは皆無というのが、今の目から見るとユニーク。ひたすら反共一本槍、なのである。戦前・戦中は国家主義的言辞を弄していて、敗戦となるやコロリと共産主義養護に転向した学者たちの戦前の発言をほじくりかえし、『学者先生戦前戦後言質集』と称して意地悪く提示するところなどは、かつて著名人士の妾の名前を調査列挙した黒岩涙香の『萬朝報』をホウフツとさせる。中野好夫、清水幾太郎、蜷川新から国分一太郎、女流詩人の深尾須磨子まで、当時の現役一流学者・文化人がズラリ。さらに記事の末尾に“読者の方で、この人物こそは是非とも『学者先生言質集』に登場させたい、という御希望がありましたら、御遠慮なく、どし々々編集部へお知らせください”などと書かれているのでは、学者先生たちもたまったものではなかったこと だろう。

 5時過ぎ、また家を出て今度は銀座線で上野広小路まで。お江戸広小路亭でトンデモ落語会。6時ちょっと前に入ったら、もう客席は超満員。入り口のところにベンチがしつらえられていて、そこに安達O、Bさんがいた。隣りに座らせてもらう。客席にはひえだオンまゆらさんご夫妻、筑摩書房Mさん、K書店S川さん、浦山明俊氏、M田くん、と学会のK川、S井、FKJ、IPPAN、植木不等式に藤倉珊各氏などの顔も。知り合い土がこれほど高い会もちょっとない。おまけにNHKのYくんも新潟から上京して、友人を連れてくる。ギシギシの人いきれ状態で、後から来た開田あやさんやK子は入り口のスリッパの堆積の上に腰掛けて見ていた。

 開口一番はブラ汁、いつもはきっちり話を語る彼が今日はノートを読み上げながらの『立川流トリビアの泉』というネタ。“あの番組、みなさんご存じの唐沢俊一先生がスーパーバイザーとして名前が出ておりますが、スーパーバイザーってのは一体ナニをしているのか”に苦笑。ネタ的にはもう少し錬り込んだ方がいい。しかし、このブラ汁も、トリの白鳥も、ストーリィを語るという形から、トーク的ネタにシフトしようと模索しているのは、こういう会の客をひっぱるにはやはり談之助タイプの芸の方が有利、と判断したのか? どちらかというとトーク的だった志加吾が抜けて、話を語る昇輔が新加入したことで、バランスをとろうと思っているのかもしれない。

 次の談之助はしかし今日は古典『しわい屋』のパロディ。談志ケチばなしだが、話をしながら、“しかし、今日の落語にはまったくギャグがありませんねえ。全部実話ですから”には笑った。まあ、この人は古典をやろうと新作をやろうとトークが基本になる。しっかりと話を演じたのはブラック。前日の五六五六会館の打ち上げから、ずっと飲みっぱなし、と言っていたが、長目の古典風ばなしを演じる。続いての昇輔は、“もう、こういう話が通じるお客さんのいるこの会に出られるのがうれしくてうれしくて”と、仮面ライダーばなし。“いい歳した男なら、ケータイごっこみたいなことをしている555なんかじゃなくて、CSで『ストロンガー』を見ろ! キチガイみたいなわけわかんないストーリィなんだから”などと言って拍手がくる寄席は確 かにここしかないだろう。本ネタはアンパンマンばなし。

 仲入り後は快楽亭に引っぱり出されたというモロ師岡の一人コントがあって、それから談笑。“まあ、前半はロリコン、あいのこ、小人ですからねえ、寄席と言うよりは見世物ですから”と相変わらず。“ブラックさんどうしたんですかねえ。楽屋で聞いてても、おまんことか言わないし。芸術祭とろうとすると人間、ああなってしまうんですかねえ”とやや、本気に寂しそう。ネタは千早振るっぽい、百人一首新解釈モノ。トリは白鳥、カッパのぬいぐるみをかぶって出てきて、“もうこれからはきちんとストーリィをやるのはやめた、当分これで行く”と、フリップを使ってのUMA解説ネタ。まだイタについているとは言えないが、さて、新境地を開拓できるか?

 終わって大昌園で打ち上げ。昇輔はK子のトイメンに座る(高座で“ボクをこの会に推薦してくれたのはソルボンヌK子さんで、その理由が「アイツは高座でうろたえるから面白い」ってものでして……”とやっていた)。私は芸人席へ。白鳥さん、談笑さん、カワハラさんなどといろいろ会話。昇輔さん、やってきて“カラサワ先生の顔が客席に見えたんで、平山亨ばなしなどをフッてみました”と。しばし平山さん談義。胃がやっと回復したせいもあるが、焼肉、豚足、レバ刺し、どれもうまく、最後の冷麺までやたら食いまくる。真露に酔っぱらったか、カワハラさんつかまえて、
「談笑はとにかく今後の落語会のキーマンなんです、凄いヒトなんですから、大事に育ててやってください!」
 などと説教した記憶が。隣の席の人が“この女性だれ? 談笑のコレ?”と小指を立てたので、“その通り、彼女はこの落語会の有名人で……”とか答えて彼女をヘキエキさせていたような気も。銀座線で帰宅、1時くらい。明日はこんどは談之助とロ フトだ。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa