裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

15日

月曜日

核拡散、助助さん

 ミトミトの光圀。朝、今日も早く目が覚める。寝床で本を数冊読み散らかし。昨日買った洋書『IT’S A MAN’S WORLD』パラパラと。戦後の男性向け冒険雑誌の表紙画のコレクション。これらの図柄は大別して二つで、一つは女性がナチスやインディアンや日本人や人喰い人種や宇宙人やその他危険な動物にひどい目にあっている(まさにあわんとしている)もの、もう一つは男性がナチスやインディアンや日本人や人喰い人種や宇宙人やその他危険な動物にひどい目にあっている(男性の場合はいま、あっている最中のものが多い)。数から言えば女性が描かれているものの方が圧倒的に多いのだが、動物に襲われているものは何故か男性主体の構図のものがメインである。クマに襲われる、サメに襲われる、大蛇に襲われる、ワニに襲われる、ライオンに襲われる、サイに襲われる、シロクマに襲われる、ヘラジカに襲われる。河馬に襲われる、大タコに襲われて川をわたる(by呉智英)、ピラニアに襲われる、マンタに襲われる、ゴリラに襲われる、巨大ニワトリに襲われる、カワウソに襲われる(襲われるものかな?)ヒルに襲われる、アリに襲われる、ハイエナに襲われる、ハゲタカに襲われる、イグアナに襲われる、ぬいぐるみみたいな大トカゲに襲われる。しまいにはヤシガニに襲われたり、センザンコウに襲われたりしている。 5〜60年代の男性たちも大変だったのである。

 朝食は7時半。二十世紀梨と(もはやこっちが主体)ピーナッツスプラウト、ハツカダイコン。例の天井からの水漏れ、一応おさまっていたがまた、ポタリポタリとしたたってきた。管理人室に電話したいが、今日は休日で管理人も休み。明後日からはわれわれが週末じゅう帰省してしまうから、明日じゅうに何とかしてもらわないといけない。太田出版本MLで、私のとりあげる予定の某書、いろいろまたヤイノの声があちこちであがるんではないかと、同じ執筆者某氏などからウレシそうな書き込み。ビデオ資料を整理していたら、快楽亭から電話。ちくま書房用の、自分の高座のテープ起こしの出来がかなりひどいとのこと。
「なにしろ、奥州伊達の……というのを“欧州伊達”なんてオコしてるんですから。アタシはヨーロッパの話をしてるんじゃないン」
 まあ、原稿には一応私が全てチェックを入れるが、あまりにひどければテープ自体を送ってもらって、こちらでオコすことも検討しましょう、と言っておく。

 雲が多いがまず好天。外出、半蔵門線で神保町へ。神田古書会館、フリーダム展。要は週末にやっている古書即売会を平日に(今日は祝日だが)開催、目録などは発行しないで、来た人の運にまかせる、という試み。本との偶然の出会いが古書集めの醍醐味、と思っている私などには有り難いものである。行ってのぞいてみるが、先日の愛書会とまったく同じ棚がいくつかあった。片付けずにそのままこっちになだれこんだのか。掘り出し物、というわけではないが、守備範囲の本でちょっといいのを何冊か見つける。だが、値段がどれも高い。いつもネット古書店で買っているものの、大体三割増しという感じ。そういう値段設定にしているのか? 結局、7冊ほどで福沢 諭吉一枚使った。

 出たら、もう三時を回っていた。これから天丼などを食べると夜の会食(今日はまたあのつくんのところからの野菜会)にキツイので、こんごう庵というそば居酒屋に行き、へぎそばの天ざる。やたら店内に貼り紙がしてある店で、新潟の地酒と料理がウリらしい。すっぽん鍋コースもやっているらしい。昼から酒を頼んでいいご機嫌になっているカップルもあった。へぎそばはツルリ感があまりない。もう少しひんやりした感じがへぎそばの命だと思うんだが。天ぷらは大エビ一、イカ一、茄子・ミョウ ガ、大葉、シイタケ、カボチャ各一といった大盛り。カボチャだけ残す。

 自分でも気がつかないうちにかなり会場内を歩き回ったと見え、悪い左足の関節がやや痛みはじめた。半蔵門線で帰宅。仕事を少ししようとパソコンの前に座るが、何故だか急に眠気がさしてきて、ガクッと、モニターの前で突っ伏すような感じになってきて、コレハイカンとベッドに逃避。買った本のうちから一冊、トンデモっぽいのを持って横になったのだが、ページを開く間もあらばこそ、底なし沼に落ち込んだよ うに、そのままグーと寝入ってしまう。

 目が覚めたらもう6時。呆れて窓外を見たら、もうそのときには止んではいたが、かなり集中した量の雨が降った跡が如実。あ、眠気はこのせいであったか、と納得。テレビで阪神優勝の報を横目で見ながら雑用をすませ、出かける支度。タクシーで下北沢まで。道々、運転手さんと阪神ばなし。前回の優勝のときはどこで見ていたか、という話になる。ところが、これがほとんど記憶にない。あの当時の阪神フィーバーはほとんど大阪一極集中で、今回のように日本中が大声援、という感じでなかったこともあるが、18年前というと私事いろいろ多難で、私としては野球どころじゃない 状態だったのかも知れない。

 広岡西武に勝って日本一になった時は覚えている。あのときは用事があって仙台に行っており、仙台空港の狭いロビーのテレビでその瞬間を見ていた。広岡達郎という管理能力に長けた、一般庶民が一番嫌うタイプの上司に率いられたチームを敵に回していたのも、あの当時の人々の阪神びいきを助長していたのではないか。あと一人打ち取れば日本一、というときにバッターボックスでガオーッ、という感じで長身のゲイル投手が吠えた場面が印象に残っている。“神さまエスさまバースさま”と謳われたバースよりもゲイルの方を贔屓にしていたあたり、私のひねくれた性格は当時から 変わっていない。

 下北沢虎の子、到着したらちょうどみなみさんとS川さん来着。なにはともあれ、ビールビールとハーフ&ハーフを頼んで、ぐーっと飲むと、気圧のせいで不良だった体調が、急激に回復していくのがわかる。なんだろう、外が湿気ひどいときには、体内にも湿気を入れろということか? もはや大豆に半ば足を踏み込みかけている枝豆が、また風味満点。むしゃむしゃと食いまくっているうちに、平塚夫妻、開田夫妻、K子着。今日はあのつくんからの野菜の他に、能登のこうでんさんから送っていただいた栗、それに名古屋のdamさんが宮崎(出身地)から焼酎を送ってきていただいて、貰い物大会となる。完熟トマトと青トマトのサラダ、茄子のしぎ焼き、しぎ焼きの胡麻マヨネーズかけ、栗の唐揚げ、栗と豚バラの煮物、ポテトサラダ、茄子とトマトのイタリア風チーズ焼き、マーボ茄子、キャベツとアブラゲの鍋という野菜飽食の 一夜。

 能登栗は大粒で、唐揚げは渋皮つきのままだったが、この皮がパリパリと衣のような感触になり、東京ではあまり口に出来ない美味。さらに豚バラとの煮物は濃厚にして素朴な甘味、旬のものとはいえ、栗をこんなにうまく食ったのは久しぶりで、能登というのは魚ばかりか、栗まで旨いのだねえ、と感嘆。キウリはこの残暑が幸いしたか、前回の、ひねこびたようなものとはうってかわった、太くて真っ直ぐで、ずっしりとしたもの、これとプチトマトに味噌をなすって生食したが、キウリもさることながら、プチトマトの味が、大げさに言うとちと驚異。最初、口に放り込んだとき、その味が外観を裏切って、いわゆるトマトの青臭さが微塵もなく、糖度は普通のプチトマトに数倍、いや十倍くらいする。巨峰を間違えて食べてしまったか、という感じなのである。料理方のキミさんに聞いたら、送ってきたうちの半分以上はもうジャムのように熟れ崩れてしまっていて、使い物にならなかったとか。それだけの熟成が、この甘味を生むか、と、トマトというものに対するそれまでのイメージを全く払拭したことだった。アメリカで昔、トマトは野菜か果物か、で裁判沙汰になったというが、 これを食べたあとなら私も果物に一票を投じたくなる。

 焼酎は二種あったうち、最初『山猫』というのを飲む。山猫というからワイルドかと思ったが極めて上品でクセがなく、くいくいと行って、あっと言うまに8人でひと瓶が空になる。続いて高名な『野うさぎの走り』。こちらの方がいわゆる焼酎風味を残していて、みんなに好評。“ビンの口が真ん中になくて、はじっこについてるんだね”“北朝鮮のビンみたいだ”“でも、ラベルを貼るところはちゃんとその大きさにくぼませて、ずれないようにしてますね”“だから、技術がなくて口がずれてしまったわけじゃない、とこれで主張してるんだよ”などと。このあいだ、フィンランドまでコンサートを聴きに出かけたみなみさんが、おみやげのオランダチーズを持ってきてくれて(地理的にやや不自然なところがあるが)、これを切って焼酎のつまみにする。ホクホクとした、焼き芋のような食感のチーズで、これが焼酎のロックに合う。11時過ぎまでワイワイと楽しく食べて話して、帰宅、SFマガジンからの原稿の文字の問い合わせ(“♪”が向こうの器機では出ないらしい)に答えて、就寝。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa