10日
水曜日
猫の死体ほどの庭
こないだうちのタマを埋けたらちょうどぴったり。朝、6時半目が覚めてネットなどのぞき、再度フトンにもぐりこんで7時45分、改めて起床。朝食、K子はヴィロンのナッツパン。あまりにカンカチに固くなっていたので、いったん蒸し器でふかして、その後トーストする。外側はカリッと、中はしっとりで結構になる。私は昨日の ドーナツ残り。
新聞にレニ・リーフェンシュタール死去の報。101歳。リーフェンシュタールの評価として私が鮮烈に覚えているのは、二十代の半ばくらいに読んだ、現代教養文庫『ベストワン事典』(W・ディビス編、1982)におけるもの。この本は、映画や小説、アニメから絵画彫刻俳優、さらに日用品まで、全てのものの“質”におけるベストを独断してしまおうという無謀なことを敢えてした本であったが、その中の“宣伝映画のベスト”として挙げられていたのが、彼女のナチス宣伝映画『意志の勝利』であった。そして映画担当の筆者アレクサンダー・ウォーカーは言う。
「ベストというカテゴリーには、よく考えてみれば道徳というものは含まれません」
この一文が当時の私に与えた影響というのがいかに大きかったか。実際、その当時は、『機動戦士ガンダム』を“戦争の悲惨さをテーマにしているからいい作品だ”というような評がまかり通っていた。そうではない、アニメを批評するのに作画や演出技術、キャラクター設定という基本的なものをなおざりにして思想や哲学なんてものを基準にしてどうする、と、大向う相手(本当に衆寡敵せずという感じだった)に論陣を張った、その(大げさに言えば)思想的バックボーンになったのがこのリーフェ ンシュタール評価だったのである。
そして、ウォーカーによるこの文章の末尾の一文。
「(この映画は)悪は平凡である、という信念を根底からくつがえします」
彼女が戦後、長く“評価せざるべきもの”とされていたのはまさに、彼女の映像の持つ、この恐るべきパワーによるものであって、逆に言えばそれは彼女の勲章であったのではないか。ちなみに女史は佐川一政氏あこがれの人だった。彼女のきわだったエリート的自尊精神は佐川氏の美学にまさに一致していたが、それ以上に“過去の犯罪行為により、その才能を無知な世間に押しつぶされている”というイメージが、佐川氏に(あくまで氏の内部で、であるが)自分との同一性を感じさせていたのだろう と思う。
なんとか午前中に、と思って講談社Web現代書き始める。午前中とはいかなかったが、1時までに10枚弱、書き上げてメール。電話で担当Yくんと、今夜のロフトで図版CD−ROM受け渡しの件を。昼は参宮橋に行ってノリラーメン。店長と、夏バテについての話で盛り上がる。二人の夏バテ回避法で一致したのは、“汗をかいて 濡れたシャツはとにかくこまめに着替える”というもの。
あとはロフトの準備。コピーしたりビデオさがしたり。こう、いつもいつもドロナワで準備するたびに自分の計画性のなさがイヤになり、もうやめよう、準備の出来ていないライブなんてものはしばらく休もうとか思うのだが、終わってみると、ああ、またやりたいな、と言う気になる。ドロナワ準備もそれなりのアドレナリン放出を誘う快感になってしまう。不思議なものだと思うが、このドロナワ性格のみは改めねば いかん。
5時、家を出てロフトプラスワン。楽屋にすでにベギラマと児玉さとみさん入っていて、練習の最中。二人とも、送ったネタを非常に面白がってくれており、ことにベギラマは『百合子の冒険』のストーリィに大喜び。練習の他、“アイツは実に困ったもの”ばなしなども。大笑い。斎藤さん含めていろいろ打ち合わせ。斎藤さんにやっとコミケでのレトロエロ朗読CD−ROMの売上げ代金を手渡し。楽屋に古いファンのHさん、マッドブラバスターLEE、それから三本義春くんなどが来てくれる(三本くんは雑誌の取材。ドイツ三本のときとは打って変わった、平凡な好青年という感じの外観に戻っている)。あと、講談社Yくんにも無事、CD−ROM渡せた。開場前に壇上でビデオカメラ設置や朗読の仕方の算段。アスペクトのK田くん来て、『裏モノ日記』販売の準備。出入り口脇の受付のところで、『念力家族』の笹公人さんに会う。一目みただけで“あ、この人が笹さんだな”と直感でわかったのは、念力かと思えるくらい、作風(歌風)と本人のイメージが一致。
鳴り物(クラクション、ベル、張り扇など)を新宿ドンキで買う。ここのドンキに入ったのは初めてだが、堂々とした外観に比べ、内部は古ビルの中にただ棚を並べました、という凄まじい雑然ぶり。いかにもそこがドンキホーテらしい。楽屋ではまだベギラマが児玉さんに発音、文章の区切り方などのレクチャーを受けている。児玉さんは、パチンコ大学(アオリ文句禁止以前に普及しまくっていた、『開け! チューリップ』で有名なパチンコ屋の店内放送のあの口調を教えるスクール)に通いたかった、という話をする。それは私もマスターしたかった。あと、青森(児玉さんの出身地)の見世物小屋の呼び込みのおばさんからスカウトされた話なども。7時半、ライブ開始。客はほぼ9分の入り、しかもデジカメ率がやたら高く、何かというとパチパチ撮られる。これは児玉さんファン、ベギラマ(プリンセスみゆき)ファンだろう。
最初に紙芝居についてのヨタ話して、その後児玉さんの『鉄腕アトム・みどろが沼の巻』。さすがにプロ声優、堂に入ったもの。トカゲの毒液で人の気が狂うところ、ロボットの爆発でトカゲたちが一斉に死んでしまうところなどで、会場爆笑、拍手。次がベギラマの『百合子の冒険』、ノリにのった朗読。なにしろこれは話自体がトンデモないので、受けることは折り込み済み。『うわの空』ライブできたえただけあって、悲鳴をあげるところとかが以前の朗読ライブよりずっとよくなっている。紙芝居の絵をライティングしなくてはいけない関係上、今日は客席の様子がいつもよりよく見える。そしたら、その一角に、なんと梅田佳声先生のお姿が見えた。うわあ、こんな会に来てくださっていたのか、と仰天。お嬢さんとご一緒であった。壇上から声をかけて、後半に上がっていただくことにする。
休息時間は本の販売とサイン。世界文化社Dさん、銀河出版Iくんなどに、とにかくトリビア騒ぎが一段落ついたら再始動を、と平身低頭。終わってまた壇上。佳声先生をお呼びする。
「いやあ、百合子の下の毛、どうなるんでしょうねえ」
といきなりカマしてくれて(主人公の百合子が南方の人喰い土人の島に漂着して女ターザン風の冒険をする話なのだが、そもそもの発端が、自分はもう十九になるのにいまだに若草の下萌のないことを悩んで、船から身を投げて死のうとしたことなのである。つまりパイパンだったのである)、場内爆笑。このたび発掘された戦前のグロ 紙芝居の話などをしてくれて、特にベギラマが身をよじっての大ウケ。
「客がウスくなるとね、親方が特にどぎつい、“ゴクスゴ(極凄)”なのをくれるんですねえ」
との説明がよかった。ゴクスゴてのはいい語感ですな。
その後、紙芝居的語りの原点のひとつ、ということで、牧野周一・説明によるアニメ『のらくろ』を上映。その後、本当は私もカストリ雑誌からとった紙芝居をやるつもりだったのだが、なにしろ佳声先生が客席にいたんじゃおそれ多くて、こんな練習不足じゃお見せできない。急遽雑談と、それから、『念力家族』の朗読に切り替え。これもちゃんとウケてくれて、いやあ、今日の客はいい客だなあ、と感謝。斎藤さんに“十時半ハネでお願いします”と頼まれたのに、ちょうどという時間で終われたのは実に結構。お客さんにも、児玉さん、ベギちゃんにも、“是非、近々に『百合子の冒険』の後半を!”とリクエストされる。このネタ、よほど今日の客にハマったようだ。完全版作っていろいろ回るか、などと思ってしまうところが、またまたライブの魔魅にハメられた証拠。今朝からのあの憂鬱はなんだったのか。……もっとも、今日の憂鬱は、あるネタを探して、それがとうとう見つからなかったことによるものが大きく、それが、後から考えてみると、やらなくてよかった、という結果であった。私はこういう、基本的なところでの運に恵まれている。佳声先生はなんと、まだ壇上で話している私に、これを、とおみやげのお菓子を差し入れてくれた。受付に言って、先生の飲食代は出演者扱いで無料にしてもらう。
楽屋で児玉さんと話す。やはり声優さんにとって、紙芝居や朗読というのは、一人で何役も、それどころか効果音までをも全部演じられるところが魅力のようである。麻上洋子が講談の世界に入ったのもそれだろう。福原鉄平くんはじめ、常連のみなさんに挨拶して、ふうと一息ついて、青葉で打ち上げ。ベギ、LEE、その友人のマンガ家さん、阿部能丸くん、笹公人さん、談之助さん、K子、開田あやさん、角川のSさん。笹さんはやはりオカルト好きで、いろいろとソッチ方面に顔を出し、変な体験もしているとか。著名なUFOコンタクティーA氏の会などに出席して、実際に空じゅうを光り輝くUFOが舞い踊るという、『未知との遭遇』のような光景に出会ったこともあるという。驚いて、そりゃホントに見たんですか、と訊ねたら、
「はい、凄かったです。……もっとも、その前に参加者全員にチョコレートみたいなものが配られて、それを食べたんですが」
とのこと。何か極めて怪しい。他に、角川のSさんから、春樹社長(当時)のいろんなエピソードを聞く。笹さんからは和田誠氏の歌集もいただく。いろいろといただ きものが多い一日であった。
青島ビール、紹興酒で、アヒルのロースト、しじみの醤油炒め(これがうまい)、カエルとニンニクの炒め物、焼きそばなど。笹さんの腕を見たら、包帯が左肘に巻かれて、何かデコボコしている。ついこのあいだトラックにはねられて骨折したとかで腕からボルトが突き出ているのだそうである。ワヤワヤと話して、談之助さんとは筑摩書房の本の打ち合わせなどし、店を出たのが12時。空に月が煌々とまぶしいほどに輝き、ちょっと離れたところに大接近中の火星が赤く輝く。ゆうべは火星はまったく月の脇にくっつかんばかりにしてあり、銀座の路上で、よく見ようと、思わず道路の真ん中に出てしげしげと眺めてしまったほどであった。帰宅12時半。メールのみ確認して、やれやれと就寝。