裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

13日

日曜日

全身松井

 原一男監督、井上光晴に続きゴジラ松井を撮る!(しかし退屈で眠くなる)。朝4時に目が覚めてしまい、仕方なく原稿書きなど。5時ころ、窓外に声。深夜ライブの帰りの連中か、一人がやたら大声をあげて荒れており、駐車禁止標識のコーンを蹴っ飛ばして倒したり、バイクを横転させようとしたりして、他の十人ほどの連れが彼をなだめたり、倒れたコーンを直したりしながら原宿方面に歩いていった。窓からのぞいていたら、その荒れ男、肩を抱いていた友人の男の首をいきなり押さえ込むようにしてキスをしたのに驚く。ふざけたのか、それともゲイ関係のライブだったのか?

 6時半にまた寝て、8時起床。それでも寝足りた感じはある。こういうときの夢というのは、何か変で、ものがなしいものが多い。しかも妙に細部までリアリティがある映像で。しかし何なんだろう、あの夢の中の絵というのは。意識下に隠されているものとしたって、意味がない。今日のは、浅草っぽい、さびれた街の、やたらだだっぴろい射的場に、雨宿りで駆け込むというものだったが、入り口のところにある傘立てに、色とりどりのビニール傘がさしてある。十本くらいある傘のうちの、そのうちの二本が、傘立ての一部が地面に穴が掘られてその中に埋まっているために、柄の部分しか見えてないのだ。こんな、何の意味もない“設定”を、どうして私の脳髄はひ ねり出したのだろうか?

 朝食、マッシュルームスライスサラダ。昨日パエリアに使うつもりでつかわなかったカニ足を加える。果物はスイカ。読売朝刊を見るに、阪神14点という試合結果があり、あれ、昨日の新聞を間違えて読んでしまったか、と一瞬思う。2日連続巨人に二ケタ勝利。相撲の方でも武蔵丸が休場したが、巨人も今期はもう、休場ということ にしてはどうだろうか。

 書評欄の大原まり子氏、今回の書評(文藝春秋アド・ハドラー『こんなダンナが欲しかった?』)はきわめてまともで読みやすい文章。含まれている情報料も適度で、読んで感心する。こういう軽い感じで書けばきちんと読めるものを書ける。変に背伸びして、何か難しいことを語ろうとか、文学的表現をしようとか思わない方がずっと いいものを書けるのに。

 午前中からずっと、日記本セレクト&カット作業。昼は金沢のSさんからハチバンラーメンがお中元で届いたので、さっそく、冷凍庫の中の豚バラをネギとエリンギと一緒にニンニク醤油で煮て、簡易チャーシューを作り、キュウリの千切りとあわせ、ざるラーメンで食べる。麺の熟成加減、やはりこれまで食べたどのラーメンにも増して結構である。すすりこんだ瞬間にウマイッ、と口中全体がヒクヒク動いて喜ぶので ある。

 セレクト、サクサクとすすめる。12時半から5時までかけて、16回に分けて、MLにあげる。第一次セレクトで選ばれた、月5本から10本のものを読み返して、採用日を決め、内容で残すべきところカットするところを分け、人名・店名・イベント等の注釈、記述への短評を書き添える。作業分量に直せばかなりのものになるのだが、原稿を執筆するのに比べ、どうも達成感のない作業で、体(と、いうか神経)ばかりがクタビレる。ゲラになってくれば違うんだろうが。5時までに、2002年5 月分までをアゲた。

 その後、中野へ。アニドウ上映会。JR駅で、60がっこうのおじさんが改札前の階段で頭から血を流して倒れていた。救急車を待っているのか、駅の係員がガーゼで血をぬぐっている。ピクリとも動かない。“どなたか階段から落ちたところを見ていた方はいませんか?”と駅員が叫んでいた。その騒ぎを背中に、中野ゼロホールへ。この、ゼロホールへ続く道はちょっと奇妙な通りで、店は並んでいるが商店街というのでもない、線路沿いなのだが線路が常に見えているわけでもない、一種独特なイメ ージのところ。雨がパラパラと降ってくる。

 ホール到着、6時15分。開場までしばし待つ。舞台の方からは本日、活漫(漫画映画につける弁士の解説)をつとめる片山雅博センセイの“レディースエンドジェントルメン、アンドお父っつぁん、おっ母さん”というような声が聞こえてくる。植木不等式氏来て、しばし雑談。やがて開場。加藤礼次朗夫妻、FKJ氏などの姿も見える。加藤夫妻からはヤングマガジン・アッパーズ編集部のO氏を紹介される。私の大ファンであるとか。今日の上映の正式タイトルは『日本漫画映画発達史〜嗚呼! 先駆者たち』であるが、今日びこんな古い日本のアニメ作品を見にこようという人がどれくらいいるのかねえ、と思っていたら、続々という感じでつめかけ、550席ある中野ゼロ小ホールの、7分は埋まった。ショッカーO野なんて顔も見えて、こういうアニメなど見るのか、と意外だったが、考えてみれば、片山さんと知り合いだった。ほう、外人客もいるわい、と思ったら、なんとこれがユーリ・ノルシュテイン。

 会次第は会場変われどいつもの通り。予告編上映から始まって、金太郎の表情が気味悪い鈴木宏昌『キンタロー体育日記』(1940)、かわいいネズミが野菜をねらう芦田巌『かぼちゃ騒動』(1951)。ネズミがサツマイモの子をさらい、それを縛り付けたわきで包丁を研いでいる、という図がすさまじい。で、他の野菜たちが子供を取り返すと、キレて包丁を振り回しながら襲ってくるのである。これは笑った。その包丁が、なにしろ野菜相手だから出刃包丁でなく、菜っ切り包丁であるところがまたよろしい。で、次にその作品の元ネタになったと思われる、フライシャーの『犯人は誰か?』(1939)。こういう上映作品の取り合わせが、いかにもマニアが楽しんで選んでいる、という感じがして非常に面白い。選ぶ方もさぞ楽しいだろう。

 いよいよ片山センセイ登場。この人の活漫は以前、草月ホールでやったのを聴いてから二回目。ついこないだのような気がしたが、思えばあのときはニフティ・サーブに、串間努さんがBLをやっていた日曜研究家の会議室があって、そこで木村白山の『勤倹貯蓄・塩原多助』をやるから見に行きましょう、と串間さんを誘った記憶がある。まだパソコン通信の時代だったんだなあ、と思うと、はるけくも昔という気がしてくる。しばらく、壇上でなみきたかしと掛け合い。なみきが今日はちょっとオトナシイな、と思っていたら、ノルシュテイン氏の他に、自分の母親が来ているのであっ た。親孝行、なのか?

 片山氏の活漫でスタレビッチ『映画カメラマンの復讐』(1912)。これも思い出話になってしまうが、佐藤重臣さんの黙壷子フィルム・アーカイブ上映会に通いつめていた頃、新宿ゴールデン街脇の、倉庫みたいな会場で初めてみたときの驚愕というか仰天というか(決して感動とかではないのであった)は忘れられない。今日のような解説もなければCDで伴奏もつけていない、全くの無音状態で見たのだが、それだけに、何か変な夢を見ているような、そんな感覚があった。続いて村田安司の『かふもり』(1930)、あとが玩具フィルム集。昔、映写機の販促用に、あちこちのフィルムを勝手にチョン切って20秒から60秒の長さにしてつけていたもの。北山清太郎『太郎の兵隊潜行艇』などはそのおかげで、断片なりとも残っていると、壇上から解説があった。『冒険ダン吉天狗退治』だとか、タイトルがわからない海賊退治のものとか、あと著名海外作品のパチもんとか、興味深い作品いろいろ。

 あと、フライシャーの『スーパーマン横浜に現る』(1942)と三上良二・他の『ニッポンバンザイ』(1943)を上映。かなり昔に、やはりこの二本を併映で見て、ああ、日本はやはり負けるわな、これは、と思ったのだが、今見ると、影絵アニメに独特の味があり、ラストの南洋の踊りなどいいじゃないか、と思えてきた。年齢と共に作品の感想というのは変わっていく。そこがオモシロイ。

 全部観たものを書くのは疲れる。おまけに観てない人にはつまらん記述だが、ここが日記というもの。森川信英『シンテリヤ嬢の花婿』(1954)はなんと、狂犬病予防のために犬の登録を義務づけましょう、という教育映画。シンテリヤというのはヒロインがテリヤ犬なので、シンデレラとかけているのであった。他の登場人物(犬物)も、秋田犬の秋田ケンイチだとか、ブルドッグのブル譲二(ブルジョアジーともかけている)などというもので、狂犬病の犬(この描写がアブナイこと)を倒し、彼ら求婚者の中から見事シンテリヤを射止めるのが隅田藤六。これがなんにかけてあるかは考えること。声の出演は瀬能礼子、牟田悌三など。瀬能礼子と言えば『スプーンおばさん』のおばさんや、『パンダコパンダ』のお婆ちゃん役。おばあさん声優というイメージだったが、この当時はヒロインの声をやっていたのだなあ。

 最後にまた片山センセイの活漫で木村白山『赤垣源蔵徳利の別れ』。有名な作品なので解説は特にしないが、以前、某アニメファンのサイトで、この作品の感想を書いていて、討ち入りを前に最後の別れに来た源蔵の心情と、それに気がつかない兄の家の者たちの態度について、いろいろ語っていた人がいた。……それは歌舞伎のストーリィで、別にこのアニメで語るべきことじゃない(そのストーリィをアニメという手法でどう表現しているか、についてならともかく)と思うのだが、多分、その書き手 は、この話が歌舞伎に基づいていることを知らないのだろう。こういう世代にどう、古い作品の見方を教えていくか、これは文化伝承ということの上で一番難しい問題ではある。その後、アヴェリーの短編一本をおまけ上映して(片「なんですね、最近は“エイヴリー”と呼べとか言われてますね」な「イヤです」)終わり。

 上映後、知り合い連中に挨拶し、植木氏、加藤夫妻と一緒に恒例のトラジ。K子が遅い! という顔して待っていた。加藤夫妻はノルシュテインにサインを貰った! と大喜び。ただしゴッチちゃんはノルシュテインに“チェブラーシカが好きです”とか言ったらしいが。まあ、手伝っていたというし。ビール、真露など飲みつつ、日野日出志センセイばなし、実相雄監督ばなしなど。会話がはずんで体の凝りがほぐれていく。焼き物と海鮮チヂミ、冷麺。冷麺は麺がイヤに固くてイマイチ。植木氏にハチバンラーメン一箱、おすそわけ。11時半ころ、雨のちょっと本降りの中タクシーで 帰る。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa