裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

土曜日

有権者のみなさまの、狂気一票を!

 あんな候補者に入れるなんて狂ってるよな。朝、7時15分起床。ゆうべは暑かったせいか中途半端な酔いのせいかなかなか寝付けず、三時ころまで輾転反側していたが、その後涼しくなり、安らかに寝られた。とはいえ、いささか睡眠不足。朝食、舞 茸とタマネギを入れたスープスパにスイカ。

 朝からカンカン照りで暑いあつい。扶桑社から『愛のトンデモ本』再校ゲラが宅急便で届く。一部、かなり手を入れなくてはならない部分が(字組の関係で)ある。すぐに手をつければよかりそうなものだが、どうもテンションがあがらない。グズグズ のまま、である。

 階段の電灯が切れたので、東急ハンズに行き、蛍光灯を買う。時分どきでもあるのでと、兆楽に行き、ルースーチャーハン(チャーハンに筍と豚肉の細切りあんを載せたもの)を食べる。案外うまくていい機嫌になる。で、帰ってみたら、蛍光灯をその店に忘れてきていた。どうも今日はボケているというか、頭全体に紗がかかっている 感じである。

 仕方なくネット散策。それも飽きて横になると、今度は起きあがれなくなる。送られてきたちくま文庫『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2』を読む。私が解説を書いているのである。映画、演芸、歌、そして世相について、徹底的に後ろ向きに、過去のことを語っている書である。それも、あくまでも時分の体験と記憶を中心にした、個人史だ。普遍的に芸能史をまとめようと志したものではない。進歩発展の気風がないといえばこれほどない文章群もないのだが、氏の文章が単なるノスタルジーの心地よさを超えた重いものをこちらに伝えてくるのは、自分の体験を記録するというその行為自体が、そのまま現代世相、現代文化に対する批評になっているからである。現代をしっかりと見据えていない者には過去も語れない。もちろん、過去に目を向けぬ ものには現代も、未来も、決して見えてはこないだろう。

 体、もう本当にシャレにならぬくらいに重い。枕元の目覚ましに目をやってはいるのだが、“あと三十分”“あと十分”“あと五分”と、起きる予定を延ばし延ばし。死ぬんじゃないかと思う。なんとか全身の気力をふりしぼって起きだし、ちくま書房に出す、トンデモ落語本の企画書を書く。企画書というよりアジ文になってしまった感じ。これをプリントアウトして、出る。ちょっと時間をくってしまい、銀座線で上野広小路についたところでジャスト6時。すでに高座ではブラッCが開口一番で落語をやっていた。席は9分の入り。開田夫妻、と学会S井氏、IPPAN氏、FKJ氏などという常連の他に安達Bさんもいる。おやおやお珍しいと思っていたら、奥の席 には浦山明俊がいた。

 次が快楽亭、今回は徹頭徹尾馬鹿馬鹿しいだけ、という『ジュテーム』。もちろん『寿限無』のパロディ。これが終わったあたりで啓乕くんなども入ってきて、席は大体9分5厘の埋まりよう。しかし、中野にいつもあれだけ入る客がそのままここに移動すれば、立ち見はおろかいつぞやの大人のオモチャ寄席みたいに高座に客をあげるような仕儀になるんじゃないかと思っていたが、ちょうど席いっぱいの数、というの はどうなっているのか? 

 後が談生、自分の作の超危険用語寿限無を紹介した後、相撲取り熱涙感動根性ホモ物語。『土俵の恋』だったか、『土俵の花』だったか。相撲部屋がデブセンゲイバーのママに買収されて、若手力士がそこでアルバイトで働くことになるうち、彼があこがれていた大関がお客にやってきて……という話。そこで仲入り、立川流ウチワとTシャツの販売がある。ちくま文庫のMくんに企画書手渡す。ロビーでジュース飲んでいたら、ひえださんが挨拶に来た。黄色いシャツ姿で、まあ普通の服装なのだが、このヒトの普通の服装の姿、というのはあまり見たことがない、というか記憶にないので、ちょっとビックリする。イメージ的にはいつも黒づくめでダビデの星を胸に下げ ているか、ジプシーか、巫女姿か、というような感じなので。

 後半、まずは××。ここに本来、出てはいけないヒトなので、名前は書かない。まあ、今度、ここに出てはいけないといっている大元である鈴本でトリをとるらしいけれど。ネタは、足立区のさびれた飲み屋が、銀座の高級フレンチの真似をして客を呼び返そうとする話。そして、トリが談之助(志加吾が名古屋へ行ってしまい、抜けたので演者が四人になってしまった)。『放送禁止落語』の解説。これだけの数の古典落語、それも名作、傑作、代表作揃いがテレビやラジオでは放送できない、という、愕然とするような事実を講義。もちろん、その、放送が出来ないモトの部分をいちいち演じてくれるので場内は大喜び大笑いなのだが、これは本に書いてもちゃんと通用 する内容。どこかで新書の企画を出せばいいのではないか。

 打ち上げは大昌園にて。快楽亭は30人くらいと踏んでいたらしいが、案外こぢんまりと、15人ほどの集まりになる。IPPANさん、Bさん、浦山は帰った。K子がいま、上野広小路だというので電話で誘導。白、いやその、××と隣り合わせの席で、いろいろ雑談。円丈と談志ってのは弟子への対し方が似ているという話。要するに“俺はあいつらにこんなに与えてきた。しかし、あいつらは俺に何も返さない!”とヒガむ、ということ。本来、弟子をとるというのは無償の行為のはずだ。落語を教え、業界の一員にしてやり、常識や人生訓まで与え、それで何も見返りをうけない。それは何故かというと、それが伝統という世界だからであり、伝統を継承していく、ということは、当人がその世界に入ったときから、期待されている義務の履行なのである。円丈、談志は、その伝統に盲目的に従うには、少し思考が近代的に過ぎるのであろう。とはいえ、その伝統が作り上げてきた文化には凄まじい愛着を感じているから、構造を徹底的に破壊するほどの行為は行えず、弟子への不満をとにかく漏らすだ けにとどまってしまうのである。

 11時くらいにおひらき。銀座線で帰る。開田あやさんから新刊アンソロ『狂艶』(竹書房文庫)いただく。『タレきどり』という、落語家とそのファンのエッチを描いた官能短編。落語会にしょっちゅう行っているような人には大ウケ(ことに事情通の人ならラストの事件のモデルがいったい誰の話か、わかって読むとなお大ウケであろう)だと思うので、ぜひ一度手にとってお読みを。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa