裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

2日

水曜日

正念場海を見ていた

 一人前の漁師になれるかなれないか、ここが運命の分かれ目だ。朝、7時半起床、台所で朝食作り。トウモロコシとミニアスパラガス、ソラマメ等を蒸かして。果物はサクランボ。板橋でドメバ男に殺された女性マンガ家(花彌真澄)の件でK子といろいろ話す。ドメスティック・バイオレンスの略でドメバというのはどうかと思うが。読売新聞では漫画家、と書いてあったが、産経新聞では“自称漫画家”である。殺されて、しかも自称漫画家、とか言われてはこの被害者も浮かばれまい。それにしても背中に三本も包丁を突き立てられていたというのが凄い。『名探偵登場』のポスター (チャス・アダムス画)の被害者の絵みたいである。

 暑中見舞いの宛名チェック。宛名リストの中に“市川崑”などという名があって仰天する。K子に訊いたら、この宛名リスト製作ソフトは安達瑤さんに借りたもので、その中に入っていた宛名が私の宛名と混じっているとのこと。なんでそんなことを。いろいろチェック。肩書抜きで、名前だけ見ると誰だかすぐには思い出せない人も多 くいる。

 K子に急かされて、午前中に『Memo・男の部屋』の原稿四枚、書き上げる。それから夏コミの開田さん同人誌の原稿、天本英世氏追悼。書き出しはかなり高らかに目標をかかげた原稿であったが、折からの気圧の乱高下で体調ぐんぐん低下し、それにつれて文章もわけがわからなくなっていく。うーうーとうなりつつ書き継ぐ。海拓舎H社長から電話。『壁際の名言』、増刷決定とのこと。なかなか早いことである。動きがこれまでの私の著作とはちょっと異なっているようだ。誤記・誤字等のチェッ クを明日朝までにやっておいてほしいとのこと。

 3時になってしまい、外出して寅ちゃん寿司で昼食。やはり江戸一にすればよかった。LOFTに立ち寄り、ヘンケル製の胼胝・魚の目削りを買う。こないだ買った日本製のそれがさっぱり使えないので、値段は倍もするヘンケル製のものを購入してみたのだが、帰宅して試しにちょっとカカトの胼胝を削ってみると、さすがヘンケルというか、極めて調子がいい。雲泥の差である。これは、刃が優れているということの他に、そもそものデザインが、胼胝を効率的に削ることを第一義にして、そのかわりに、下手に使うと深く切りすぎる危険性を、あえて残しているものだからである。たかがウオノメ用カミソリとはいえ、刃物である。使い方を間違えれば怪我をするのは当たり前のことだ。普通に使えば危険などないように出来ているのだから、怪我をするのはする方が悪いのである。日本とかアメリカでは、この、当たり前の危険性を騒ぎ立てて、どうあっても怪我はしない、しかし使い勝手の非常に悪いものにしてしまう。これは、人間をどんどん馬鹿にしていくことのような気がする。ともかく、足が病気で特殊な形状の私にとり、カカトの胼胝削りはひげ剃り並の日常行為。貝印のT型ゴールドステンレス使い捨てカミソリが近隣の店で終売になってしまって、困って いたのだが、これで解決。

 原稿書き続き。4時に完成、結局400字詰め16枚半の長文(今日書いたのは大体10枚半ほど)になってしまった。天候がよくて一気に書き上げれば、もう少し全体的にダイナミックな一本の流れがあるものになったと思うが、どうもあっちに立ち寄りこっちに逸れて、というギクシャクしたものになってしまった。もっとも、その分内容はふんだんに盛り込まれたものになっていると思う。開田さんにメール。

 さて、それから今度はウチの同人誌原稿。同人誌といっても、これは後に商業出版に持っていけるだけのものにしたいという腹がある。洋書関係で資料が数冊必要で、その資料がこないだ仕事場の洋書棚をチェックしたが見つからなかった。書庫の方の洋書の山をひっくりかえして探すことになるわけだが、これにかなり時間がかかると見込まれ、ちとこういうテンションのときは憂鬱である。とはいえやらなくてはどうしようもない、と重い腰をあげかけて、ふと、こないだ整理した仕事場の本の小さい山に目がいき、ひょっとして、と探してみたら、一時間は探索につぶれると思っていた当のブツがテンとそこに鎮座ましましていた。やや、拍子抜け。寝転がってざっと読む。ネットで検索するつもりだった作家の資料もまとめて書いてあって、こりゃ楽 だ、と大喜び。

 さっそく書き出す。前書きはまず書きながし的に完成。それから総解説部分、どんどん進んで、約半分書き上げたところで時間。家を出て、タクシーで新宿二丁目。ポーランド語終えたK子と、ルミエール前で待ち合わせ。なかなか来ないので携帯で電話してみたら、彼女、間違えてレインボーの前で待っていた。9時半、へぎそば・昆で食事。女性客が多いが、サラリーマン風の髪の薄いおじさんが、タンクトップの若い男の子を連れてくるというこの場所らしい客も。店員のおばさんに“これ、俺の息子”と紹介して、“あら、何人めの息子? うちに連れてきただけで54人目くらいじゃないの?”とか言われていた。炙り〆鯖(鯖にガスバーナーの炎を吹き付けて焼く)、おぼろ豆腐、馬刺、卵焼きなどと酒。生ビール二杯、麒麟山二杯。ヒゲの店主が例によって私の顔を覚えていて、“お久しぶりですんで少しサービス”と酒を注いでくれた。最後はへぎそばすすって。

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