裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

28日

土曜日

「馬刺、遅いぞ!」「小次郎破れたり」

 ケトバシ料理専門店『巌流島』にて。来年の大河ドラマ記念ダジャレ、というほどのものでもないか。朝、8時起床。昨日K子に合わせて飲んだ追加分の酒が残って、宿酔気味。腹がゆるんで何度もトイレに立つ。朝食、オニオンスープ。果物は富士リンゴ。K子はメシを食って台所を片付けると、すぐさま“お絵かきロジック”にとりかかる。凄まじいハマリ方である。今、やっているのは昨日、Dさんがくれた最新号である。ネタの中に“山咲トオル”というのがあるのに笑った。

 体調かんばしくなし。コミケまではじっとしていよう。CDで『伊丹十三です。みんなでカンツォーネを聴きながらスパゲッティを食べよう。』を聞く。71年に出たLPのCD化。伊丹の著書『ヨーロッパ退屈日記』の中のエッセイ『スパゲッティの正しい食べ方』を基本に、彼の高梨木聖を相手のトークを録音し、その合間にアルマンド・ロメオというイタリア人の、アヤシゲな“日本語の”カンツォーネがはさまるという、極めて伊丹十三的、70年代的な、変てこでヒップなLPである。ウンチク談義をそのままエンタテインメントにしちまうという、この伊丹十三のスタイルに大傾倒した一時期を持った末に、今の私がある。……聞いていて思い出すのは伊丹映画第二作『タンポポ』。全伊丹作品中、もっとも伊丹的であった『タンポポ』がコケたことで、伊丹十三は『マルサの女』的な作品の方へとシフトしていくのだが、もし、あれがもう少しこのLP的な、純粋伊丹的作りの作品になっていれば、今の日本映画はもう少し、知的でシャレた部分を持ち得ていたのではないか。そんな気がする。伊 丹十三が逝ったのはもう6年も前の12月20日。

 快楽亭から電話、来年の件でちょっと打ち合わせ。明日の談志映画祭、家元がゲストの日なのだが、例のコミケ開場の真ん中でやるM−1グランプリの審査員を家元がやっており、その打ち上げの後でやってくるという。コミケ会場近辺は車が混みますから、と快楽亭が電話すると、家元の息子が“大丈夫、運転手はプロですよ!”と、妙に鼻息荒く断言したというが、快楽亭“そら、運転はプロかも知れないけど、オタク事情のプロじゃないからねエ”と。そう言えば昨日、談之助に聞いた話では、志加吾はじめ前座たちの身の上、いよいよ心細くなっているという。こっちも大丈夫か、と心配になる。

 来年のカレンダーを買いに外へ出る。昼飯も食おうと思うがアテなく、まず洋モノコミック専門店となった元・まんがの森でアメコミ数冊、それからまんだらけ渋谷店へ入る。並んでいる本のいくつかに、店員さんによる推薦文がついているが、それが必ずしも褒め言葉でないのが面白い。笑太郎の『笑止千万』(辰巳出版)など“タイトルと作者名と、表紙に二つも笑の字が入ってますが中身はクスリとも笑えません”“なんでこんな作品を本にまとめようという手間を惜しまないのか、わけがわかりません”“ここまで面白くないといっそおさえておかなければ、と思わせるところが曲者”“売る気皆無としか思えない装丁もいい感じを出しています”などと、もうクソミソ。国友やすゆきの『コッコちゃん』(講談社)には“最近腹を立てていないなあとお思いの貴女におすすめ”。価値観の多様化のいきつく先が、こういう罵倒による推薦というやつであろう。さすが専門書店で、ネットと違いこういう評価に怒り出したりする奴もいない。……それにしても、この店、なんでこんなにエンエンと地下にもぐった末にあるのだろうか。ここの社長はアカシック・レコードの解読者と称するゲリー・ボーネルと『第三次世界大戦始まる!』なんて対談本を出しているくらいだから、核が東京に落っこった時のシェルターのつもりなんだろうか。世界が破滅した後もなお、地の底で生き残ったオタクたちが、絶版漫画を求めてうろついている、という図は想像するだに凄いものがあるなあ。

 結局、昼は『キッチンジロー』でカキフライライス。うまかったが、東急ハンズでカレンダー買って帰ったあと、だるくなり、ごろりと横になって寝てしまう。せどりのU氏から電話、相変わらず。コミケで会うことにしてブースを教えたが、たどりつけるか? あと、コミケ終了間際ころにもう一本電話があったが、出られず。誰から だったろうか。

『まんだらけ』で買った黒田みのるのオカルトものなどを読み、読みあきたので東洋文庫『幽明録』読みつぎ。あ、これもオカルトか。黒田センセイのは理屈がすぎてどうも読んでいてタルい。スケールが小さく感じてしまう。中国の志怪ものの、人智の理屈を超越したわけのわからぬ面白さの方が私好みである。夕刊にジョージ・ロイ・ヒル死去の報、81歳という高齢に驚く。アメリカン・ニュー・シネマの旗手としてとにかく、“新しい人”というイメージがあったからなんだが。同じく訃報欄に小さくケネス・トビー死去の報。85歳。『遊星よりの物体X』『水爆と深海の怪物』の主役、の他、出演作が『OK牧場の決闘』『原子怪獣現る』『機関車大追跡』というのだから、古い々々。この人とたった4つしか年が違わないということを見ても、改めてジョージ・ロイ・ヒルのイメージの新しさが理解できる。

 7時45分、タクシーで新宿新田裏、すし処すがわら。ここも今日が仕事おさめ。5日が初荷だが、その日は日曜なので、6日になるのかと訊いたら、初荷というのはそれが土曜であろうと日曜であろうと、5日にやるもの、と決まったものなのだそうな。K子が“来年もよろしく”と言うと、“来年は店があるかどうか”と言う。確かにこの店の今年の不入り、見ていても暗くなるものがあった。白身、コハダ、赤貝、それにネギトロなど。つまみはアジ、ゲソ焼き、イカの耳(これが歯ごたえがあって案外面白い味)、子持ち昆布など。アナゴ食べたかったが切れてしまっており、変わりに、ワサビを効かせて巻いて貰った干瓢巻(これが意外に珍味)などをつまむ。酒はビール一本、お銚子2本、ヒレ酒2杯。最近この店は高くなったので私たちも自然足を遠のかせているが、やはりネタは他の店に比べていい。つぶれてほしくはないものである。10時過ぎ、帰宅。“日記読んでますメール”かなり集まっている。好きなタイトルはもう、てんでばらばらで統一性ナシ。
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