裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

23日

火曜日

男子の本買い

 まったく、古書市には女が少ねえなあ。朝7時起床。ちょっと早めに起きて朝から仕事をしようという算段である。で、朝食、あんデニッシュとモンキーバナナ。昨日の朝刊を読んでいたら、ワフー・マクダニエル死去という報。写真入りの扱いなのでへえ、と思う。インディアン系レスラーとしては出世頭だったか。もっとも日本での印象は薄く、“スタン・ハンセンが全日に引き抜かれた穴を埋める”と豪語してやってきて、猪木の延髄切にあっという間に仕留められてしまっていた。そのあと、ブッチャーとの抗争で売り出そうとしたがこれもパッとせず。アメリカでは黒人系・インディアン系・ドイツ系・アラブ系(加えて日系)といったレスラーの人種別抗争に高い需要があるが、日本では人種がどうあれひとくくりに“ガイジン組”であり、それを超えた個性を出さなければウケないのである。そこらへんを読めなかったのは、アメリカ・マットで売れてるという余裕からくる甘さであったろう。

 朝から仕事、と意気込んだ割に、まったく進まず、雑用いくつかこなしたきりで終わる。11時半、家を出て、NHK出版ビルの地下のレストラン“牛舎”でランチ。ここは各テーブルの上にお冷やのボトルが置いてあるのがよし。味噌汁がマグカップで出てくるのもいかにもビジネスランチという感じでよし。皿に盛られたライスを箸で食う、このおさまりの悪さが外食の昼飯らしいのである。味も内装もこの店は、まるで昭和40年代である。

 銀座線から日比谷線乗り換えで築地、聖路加タワー一階のソニーピクチャーズ試写室にて『スパイダーマン』。能登の旅行から帰ったら週刊ポストのK氏から“急いで見て25日までに原稿書け”と命令がきていたやつ。ここの試写室は初めてだったのでちょっと迷い、それでも三十分前には入ったのだが、すでに試写室は満員、補助椅子の空いているのを見つけてやっと座る。もうマスコミ試写も終わりの方で、著名人の顔はほとんど無し。

 パンフに“世界中のファンから熱望され続けながらも長年映画化が実現しなかった最後のスーパーヒーロー”とあるが、これは明らかなウソで、76年にニコラス・ハモンド(誰? と思って調べたら『サウンド・オブ・ミュージック』に出ていた子役であった)主演でちゃんと映画化され、しかもヒットを記録し続編が2本も(もっともTVムービー)作られている上に、日本のヘンシンモノの大ファンであるスタン・リーが東映に権利を与えて、巨大ロボットをスパイダーマンが操縦するという突拍子もないアイデア(版権はとったものの、こんなもんどうすれば日本の子供に受けさせられるのかと困った東映が、窮余の策でひねり出したこのアイデアが大当たりして、以後、日本で等身大ヒーロー+巨大ロボ、という図式が定着した)で影像化し、リーはこれに大喜びしたという。スーツデザインも、クモの動きを様式化したアクションも、あちらのものよりこの東映版の方がはるかにすぐれ、多分リーの指示により、あちらのTVムービー版はカンフーを取り入れた、妙にアジアンチックなスパイダーマンになっていたのもご愛敬である。

 で、映画だがここに感想を書くとそのまま原稿になってしまうので、まあ入場料金分ソンはしない映画であるということを保証しておくに止める。うまいな、やはりこういう話作らせるとアメリカは。日本のように、理念なんかなくても国は成り立つと思っている自然発生国家の民は、こうも気恥ずかしげもなく正義のためにタタカウゾとは、大のオトナはなかなか口に出来ない。人工的に国家というシステムを作り、多種多様な人種をまとめるために、正義と自由という大カンバンを掲げざるを得なかったアメリカは、それ故にこういったコトバを使って一番決まる国であり、やはりスーパーヒーローの本家本元である。そして、どちらかというとマニアックな遊びに走りすぎて、大作には不向きな才人ではと思われていたサム・ライミが、『キャプテン・スーパーマーケット』『ダークマン』という、オタクは喜び庭かけまわり一般人はコタツで丸くなる、的な規格外品ヒーロー映画を経て、見事な貫禄でエンタテインメント作品を仕上げているのにちょっと感動した。しかも、ちゃんとライミらしい気色悪さも残している(15年前のこいつなら絶対“あの”シーンから『ザ・フライ』にしちまったろうが)。

 映画ファンとしてその作りに感心し、SFファンとして『まごころを君に』のクリフ・ロバートソンを脇に置いて、自分の能力が格段に進歩していくことにとまどっている主人公に“先輩として”範を垂れさせるキャスティングにうなり、オタクとしてはラストにちゃんとアニメ版のあの主題歌(くっもの、よっおに、えっものっをねっらい・・・・・・)が流れることに拍手。これで文句を言ってはバチが当たるのだが、とりあえず二点だけ、言わせてもらうと、ダニー・エルフマンの音楽は『バットマン』にあまりにそのまんま。そしてヒロイン役のキルスティン・ダンスト、この子、美人なのだろうか。まあ、私には最近のアメリカ映画のヒロインはみんな不細工に見えて仕方ないのだが、この程度の女の子なら、そこらへんに掃いて捨てるほどいるんじゃないか。19歳であのおっぱいは見事なものだとは思うが。・・・・・・いかん、やはりいろいろ書いてしまった。

 帰宅。途中で六本木で下りて食料品など買い物する。帰ってすぐ、講談社『裏モノ見聞録』原稿にかかる。今回はネタそのものが面白いのだが、さてそうなるとなったで料理法が難しい。沖縄の中笈木六さんから電話。海賊版ビデオの話。さっき見たばかりのスパイダーマンばなし。アメリカの強さは大衆文化を大事にしているその強さである、という持論をまたぶつ。あ、上で書き忘れていたが、あの映画のキャスティングでは主人公の上司(二流新聞の編集長)役のJ・K・シモンズが原作のマンガに(てっぺんを平べったく刈った髪型とか)笑えるくらいそっくり。

 原稿、約3700字、8時くらいに書き上げるが、読み直してどうも面白くない。構成を変えて前半と後半を入れ替えることにし、カット&ペーストだとつながりがあちこちでおかしくなるので、一から書き直す。これで時間を食い、9時半になってしまった。新宿へ出て、K子と寿司すがわらで待ち合わせ。マスター、“地獄のようにヒマだ”と。これだけの腕があれば、もっと上客が来るような場所でも成功できるはずなのだが、ガンコで、“自分はそういう上品なところでやっていける男ではない”と、かたくなに自分を断じているのである。マコガレイ、甘エビ、アナゴ、ウニなど握ってもらい、赤身とアワビをつまみ。案外寒いのでヒレ酒2ハイ。酔って帰ったがWeb現代だけは、と、書きかけの原稿を片付けてメールする。酒が入って仕事をするのは、こないだの海拓舎のもそうだったが、私としては珍しい。

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