裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

29日

金曜日

血尿物語

 最後の授業はオシッコに血が混じるほどつらかった。朝7時半起床。昨日法事の予定を母と電話で打ち合わせたせいか、父の夢を見た。また脳溢血で倒れるが今度は軽くて助かるというもの。以前は重症で死んだが今度は、という矛盾には醒めるまで気がつかないのがいかにも夢。登場人物は実在の人間ばかりだが、救急車を呼ぶ場所は飯倉ランプのあたり、実家は代々木上原近辺のおしゃれな洋裁店という、まるで現実とは異なった設定なのが不思議。

 朝食、冷蔵庫の中にひからびたトンカツを発見したのでマフィンにはさんでカツサンド。テレ朝『スーパーモーニング』見て笑ったのは、福田官房長官の会見談話、実際には普通に“〜だと思います”としゃべっているのに、テロップでは“〜でしょ”となっていること。赤塚不二夫のマンガみたいに、みんな語尾に特徴をつける気か。仕事関係連絡メールいくつか。今日も朝から雨。

 日記をつけるのに、ネットでダドリー・ムーアの死亡記事を参照しようとしたら、それに並んでビリー・ワイルダー死亡という記事があって驚く。今朝の読売にはそんな記事は載ってなかったぞ、と思い、もう一回とっくり返して調べるがやはり無し。14版の段階では間に合わなかったか。まあ、私ごときが今さら追悼の意を述べるのもはばかられるような大物で、逆に感慨がわきにくい。映画史における云々などという大仰な評論は他の人に譲るが、どの作もどの作も神経の徹底して行き届いた珠玉の芸術品という感じで、それだけにツクリモノ感があったのも事実であり、キネ旬で小野耕世氏がワイルダーの『悲愁』を古くさい、否定しなければならないものとやたら激語を発してけなしていた時も、読んだ当時その感情は理解できると思ったものであるし、リバイバルの『情婦』を丸の内に観にいったとき、当時のガールフレンドが観終わって怒って私を置いて一人で帰ってしまったこともあった。まあ、彼女は黙壺子フィルム・アーカイヴなどの常連客で、『ピンク・フラミンゴ』や『フリークス』の大信奉者だったから、こういう王道には反発を感じたのだろう。かのポーリン・ケールがワイルダー映画を徹底して無視したのも、ヌーベルバーグからアメリカン・ニューシネマ全盛のご時世であれば無理もなかったと納得できる。もちろん70年代当時の波をザップリかぶって映画マニアとなった私にとっても、ワイルダーなどというのは旧世代ハリウッドの最後の生き残り、化石まがいの爺さんであり、毎回名画座に足を運ぶときには“ひとつこてんぱんにけなしてくれよう”と意気込んで出かけ、そのたびに手痛い返り討ちにあって、そのまま館内に居座って二回は観て帰るというハメに陥ったものであった。今でも実はワイルダーを絶賛するには、心のどこかに“それでいいのか?”と問いかけてくる声がする。そして“それでいいのだ”と自分で自分に納得させてからおもむろに褒めにかかる。あまりに完璧なものを褒めるのは、どこかにその権威によりかかっているような気恥ずかしさを感じるのである。それほどの名匠であったのだ。

 12時、どどいつ文庫伊藤氏、月例で来宅。今日はちんちん先生こと菊池氏を同道している。菊池さん、『週刊実話』で土俗民俗学者としてインタビュー受けている。少し雑談。私のクズグッズコレクションをいたく嬉しがってくれる。なんだかんだと雑用で時間が過ぎ、出かけねばいけない時間となる。今日は留守中にK子と平塚くんが家に来て、パソコンのハードディスクのバックアップをとってくれることになっていたが、都合で日延べになった由。

 時間がせまってきたので昼は新宿西口で立ち食いのザルソバ。ツユがはねて、着ていた白のセーターにシミがついてしまう。写真撮影もあるはずでコレハイカンとあわてて、地下街の化粧品屋でシミ抜きを買い、なんとか無事元通りにして、3時、マイシティ8階伊勢丹プチモンドへ。奥の個室にて切通理作さんと、双葉社のムック用に『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』対談。編プロの人によるとなんとこの対談で8ページとっているそうで、それじゃかなり話さねばならないじゃないですか、と言うと、いえお二人なら大丈夫でしょう、出来るだけカットしたくないんで、とのこと。で、話し始めるがトッパナから二人とも飛ばす飛ばす。

“なぜこの作品をかたくなに認めたがらない人がいるのか”という点から私のノスタルジー凶暴化論、みんな21世紀にはスターチャイルドに進化しなくちゃいけないと思わされていた『2001年』呪縛からの解毒剤論、金子ゴジラとの比較論にまで及んで、6時まで、とても8ページじゃおさまるめえ、というくらい話した。途中で、“あの作品のどこで泣いたか”について話していたとき、編プロのお姉さんがぼろぼろと大粒の涙を流している。二人、思わず“あ、あの映画を思い出して泣いているんですか?”と訊ねたら、“イエ、コンタクトがずれちゃって・・・・・・”。

 すでに夕暮れを過ぎて夕闇迫る中、買い物して帰宅。仕事机に一応は向かうがグッタリして何もやる気起きず。夕刊にはさすがにワイルダー死去、大きく載っている。8時、K子と神山町豆腐料理『二合目』。おぼろ豆腐がさすがにおいしい。刺身、アイナメの木の芽焼きなどはさほどでもなし。NHK関係の客が場所がら多いが、カウンターの隣に座っていたオバサマ二人連れ、“こないだ彼が日本に来たときお会いしたでしょ・・・・・・”などと気取って話しているので、彼って誰かいな、と思っていたらなんとカルザイ議長。スケールの大きいザアマス話である。帰宅9時45分、光文社から打ち合わせ日程電話一本。

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