裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

9日

土曜日

カートゥーンは夜なべをして

 ひとコマ漫画描いてくれた。朝7時起床。もう、くしゃみ連発、鼻水出っぱなし。今日は花粉の飛散が今年一番だとか。如実である。朝食、オートミールにチーズ黒パン。果物はモンキーバナナ。朝刊に声優のはせさん治氏死去の報。ホームページに病状報告はあったが、本人からのメールが飄々たる雰囲気ながらも公演活動への意欲にあふれていたので、これなら大丈夫では、と思っていたのだが。66歳という年齢に改めて驚く。そんな若かったのか。私がものごころつくかつかないかのうちから子供番組に出ていて、顔と声が一致する数少ない声優の一人だった。歌もうまく、『ピコリーノの冒険』で永井一郎とデュエットした『ドラ猫とボロ狐』はわがフェイバリット・ソングのひとつ。『ネコジャラ市の11人』で田谷力三ばりの熱唱を聞かせた吸血鬼シラケラーのテーマも、いまだ二番までソラで歌える。
「血ッ血ッ血ッ血、血血ッ血、血ッ血ッ血ッ血、血血ッ血、おお、赤い血よ
 そなたのヘモグロビンは私に力をくれる
 そなたの赤血球は私の心をはげます
 そして血ッ血ッ血ッ血、血血ッ血、オッホッホッホ、赤い血よ
 そなたの白血球は夢を、はぐくむ……」(以上一番)
 確か数年前、同じく声優であった長男、長谷有洋を不審な状況下(自殺?)で亡くしている。つらい毎日だったろう。冥福をお祈りする。嗚呼、また私を“作ってくれた”人がこの世から一人、消えた。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8442/hase/content.htm

 原稿、海拓舎。12時に神山町のK子の仕事場に行き、UA!ライブラリーの新刊『ネズミ娘』『すごいけどへたな人』の、じゃんくまうすさんに卸す分にサインをほどこす。やり終わって、二人で出て、東急本店前の薄汚いビルの中の小さなイタリア料理店、カンデーラでランチ。パスタ、カニクリームのと、貝柱と春キャベツのと。パスタはまあ普通だが、自家製のバジルパンと食後のコーヒーが抜群にうまい。バジルパンなるものは毎度三笠会館で出されてイマイチと思っているだけに感心。

 そこでK子と別れ、私は西武デパート地下で買物して帰る。クシャミひどし。盛大にハアックシャンハアックシャンとやる。頭がボーッとしてきて、何も考えられず、原稿も書けず。時事通信社から送ってきた書評用の本を読む。このあいだまで読売新聞の書評欄担当者だった東大助教授の木下直之氏の著書『世の途中から隠されていること〜近代日本の記憶』(晶文社)。記念碑、肖像写真、宝物館、見世物と言った、近代史の混乱の中から誕生し、古びていき、今やキッチュとなってしまったものの記録と研究。要するに、古くは宮武外骨、今和次郎、近くは荒俣宏、それから私や串間努、都築響一、みうらじゅんなどの酔狂人たちが扱ってきた物件にようやく、東大大学院文化資源研究室助教授である木下氏が本格的に研究の手をつけはじめたということである。これを、また例によってアカデミズムが後から出てきて……と憤るのはあたっていない。木下氏はずっと以前から、自らも酔狂人としてこれらの物件を収集・記録し、美術の専門家でありながら“美術史からこぼれ落ちたもの”を丹念に拾い上げてきた人だ。いわばコチラ側の人なのである。そこにあるのは常にそういう埒外のモノを作り続けてきた人間と近代に対する畏敬に近い念であり、“気鋭の学者”のよく陥る、高みから大衆の風俗習慣を分析し、理論づけをしてみせることで知的優越を誇る、といった傲慢とは無縁の視線だ。そして、その衒いがなく読みやすい文章の魅力。去年の私にとっては毎週日曜日、読売の書評欄にこの木下氏と上田紀行氏の名前を発見するのが楽しみのひとつだった。どちらも他の書評者に比べ文章のうまさが一頭地を抜いていたが、上田氏が才気に走り、時に大きくトッパずすものを書くこともあったのに比べ、木下氏は一見地味ながらポイントを常に押え、こちらの知的好奇心を大きく刺激してハズレがなかった。書評担当者のほとんどが一新された今年の読売書評欄は、並外れて下手な人もいなくなったかわり、コレハ、とこちらの気をひく人もほとんどいなくなってしまった。

 ……と、褒めたあとで値段を見たら3800エン。これは高すぎである。写真図版が多いから仕方ないのだろうが、いいものなら高くてもよろしい、という“正論”に出版者側が何の疑問も抱いてないとしたら困ったものだ。あと、重さも。私のような寝転がり読書派にとり、本の重さは重要なポイントだ。海外旅行で、外人が飛行機の中でやたら大部な本を読んでいたりして驚くが、むこうの本は紙質のせいか、外見に比べて非常に軽い(美術関係の本などは逆にメチャ重いが)。日本の出版人は、すこし本の持ち重りにこだわりすぎのような気がする。これも、“本は書斎で読むもの”という古い常識にとらわれているからではないか。

 原稿書けぬまま、夜になり、食事の支度。大根を皮剥き器で薄く短冊にし、豚肉のしゃぶしゃぶ用と鍋にする。あと、カツオの尾の部分をフライパンでジャッと表面だけ焼き、氷水につけてたたきに。ごはんは蒸籠で蒸してシャケ、大根葉の炒めたのとまぶす。酒はマオタイのソーダ割り。K子とこれらを食べながら、ビデオ『ボーン・ディファレント』。さまざまな奇形者たちの日常を追ったドキュメントである。ことに彼らの性生活についても率直に質問し、また彼らも率直に答えているのが特長。身体機能上セックスが営めないシャム双生児兄弟、背の高い男を選んでつきあっているがやはりうまくいかないと嘆く身長2メートル32センチの女性、熱烈に愛しあってかけおちしたワニ肌男とヒゲ女の夫婦、セックスライフは極めて良好という、112センチの奥さんと198センチの亭主の夫婦、まだ当分楽しみたいから子供は作らないよ、と笑う上半身だけの男と下半身マヒの女性のカップル、最初の男とは子供が欲しいだけで結婚したのよ、夢はバニーガールね、と笑うトルソ女性、多くの子や孫に囲まれた顔面半分肥大のエレファントマンなどなど。人間バンザイを少し強調しすぎるようなところが気になるが、しかし見終わった後の印象がこれほど好いフリークス映画も珍しいのではないか。上半身男が妙にいい男なのに驚く。K子が見て『フリークス』の上半身男もハンサムだったけど、何かそういう法則があるのかしら、と言った。私はそれからフロラ・ロブスン、ローレンス・オリヴィエ主演の『無敵艦隊』、B級ホラーものビデオなど、たまっている未見ビデオを鑑賞しながら1時過ぎまで。

Copyright 2006 Shunichi Karasawa