裏モノ日記

裏モノ採集は一見平凡で怠惰なる日常の積み重ねの成果である。

5日

火曜日

我重い、故に我あり

 でぶの開き直り。朝というかまだ夜中の3時に目が覚めてしまい、昨日の『知性の磨き方』を最後まで読んでしまう。さすが林望で、言ってることは面白いし刺激的でもある。いつも私が新聞書評に対して言っているのと同じことが書いてあって、そこらへんは痛快である。
「学術書を一般書評で取り上げるなんていうことは、どだい間違ったことだと思います。例えば『朝日新聞』の書評なんか見ているとね、こんな本、誰が読むんだろうと思うような、一冊四千九百円もする学術書みたいな本が麗々しく出ていてね、誰が批評しているのかと思えば、何のことはない、著者も東大法学部教授、評者も東大法学部教授だったりなんかして。そういう本はね、基本的には一般向けの新聞なんかで大きく取り上げる必要はないと思います。だって、普通の人はそんな本、読まないんだもの。どうしても取り上げたいとなればね、“これはとてもよく面白く書けている、だから学術書という枠を超えて一般読書人にもぜひ読んでもらいたい”、こういう本をね、書評すべきです。(中略)一般紙はあくまでも一般読書人向けのいわゆる“売り本”、一般書が取り上げられるべきです。本を作る方法ということだけでなしに、どうもそこのところも混同されているように思います」

 ……痛快ではあり、膝を打つけれども、しかしこれまた“知性の磨き方”とは何の関係もない。怪訝に思って前書きを改めて読み返すと、これは現代における知性のありどころを考えてもらうため、林望自身がどう知性を磨いてきたか、を語った本、であり、ハウツーの意味で“磨き方”というタイトルがついているのではない、ということがわかった。こちらの早合点である。とはいえ、そうであればなおのこと、このタイトルは気恥ずかしい。なお、前書きでは著者が自分で、講釈筆記の形で直接読者に語りかける形で書いた、とあるが、どうもあやしい。編集者のテープ起こしではないか。でなければ、林望みたいに文章にうるさい人が、“すべからく”の用法を間違えていたり、“平塚らいてふ”なんて誤表記はしないのではないかと思うのである。

 5時半まで起きていて、ウトウトして8時起床。ノドが腫れて痛い。朝食、黒パンにチーズ。イチゴ数粒。新聞で半村良氏の死亡記事を確認。直木賞作家という肩書よりもSF・伝奇作家としての扱いが大きいのはよし。そう言えばこの人、80年代末に北海道に移住したことがあった。なんでも、籍を移してくれれば住民税を安くするという話にのってやってきたらしいが、来てみたら話が違う(そりゃ当たり前だ)、というようなことで地元とトラブルが起こり、結局また東京に帰ってしまった。小説ではあんなに博識の人が、こんな単純なことでだまされるなんて、と、呆れたのを覚えている。それ以来である、半村氏の小説があまりふるわなくなったのは(少なくとも、私にとってはそれほど読む価値のあるものを書いてくれなくなった)。今回の訃報で、北海道の新聞はそのことに触れているのだろうか。

 午前中は体調イマイチ。ただし最近はこの調子になれてきて、午後から回復に向かうであろうと予測がつくので、さほどあせらない。六本木でトツゲキラーメン。少し残す。書店回り、明治屋で買物。帰宅して、1時間ほど昼寝。このギリギリの時期にと思うかもしれないが、体調がきちんとしないと何事も始まらない。起きて4時、ようやくエンジンかかりはじめて、アスペクト。半分の量を5時までかけて送る。

 5時から時間割、海拓舎Hさんと打ち合わせ。Hさんはなをきにイラストを頼みたいと言っているが、スケジュール的に合うかどうか。ホーキング青山の話を聞く。×価××の人たちはあまりこういう本を好まないらしい。今の世の中、人を動かすのは単純さだという話をする。あまりに世の中のあり方が複雑になってしまったために、一般人はそれへの対応に悲鳴をあげているのだ。身体障害者の生活を描いた本としては、ホーキングの本の方が乙武くんの本よりはるかに優れている。きれいごとで済ませていないからである。しかし、世の中の人は乙武本の方を好む。考えれば考えるほど解答の出ない障害者と健常者のギャップについてのシビアな問題提起をせず、きわめて簡単に、真心や愛があれば、という結論を出してしまっているからだ。そのようなわかりやすさにすぐ飛びつく現代人は情けないが、しかし、同情もしたくなる気がする。この世の中は頭のいい人間どもがよってたかって複雑にしすぎてしまっているのである。変に複雑がって得意になっているインテリは、この大衆の単純願望についに答えられない。

 打ち合わせ終えて帰宅、また原稿。波に乗ってきたところで8時。そこまでで終えるのは心残りだが、明日への余力とK子との約束を重視。タクシーで新田裏すがわらへ。カウンターがぎっしり。おや、景気回復かと思ったら昨日は客がふた組きりだったとか。コハダ、白身、アナゴ、甘エビなど。

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